novel

□桜恋唄
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寂しかった、という山本の言葉は本心からだったのだろう。
獄寺は熱に揺られ、浮かされる意識の底でぼんやりと考えていた。
山本はこの後、獄寺への愛撫を続ける間も、脚を開かせ、捻じ込むように己の欲望を彼の中へと納めた後も、何度も何度も繰り返し獄寺にキスをしてきた。
元々山本は獄寺とキスをしたがる方だったが、今日はいつも以上に求めてくるのが面映くもある。
こんな風に素直には、自分はなれない。
いつも山本の感情の動きに応える振りをして、便乗してしまっている。
「…っ、ああ、あっ、あああ、や、あ…やま…も…とぉ…」
激しく突き動かされて、どんなに悦くても、名を呼び掛けるのが精一杯だ。
離れていた2週間以上、寂しいのは自分も同じだった。
生まれ育った本国に戻ったというのに、そこでの自分はやはり『悪童』のままで、気の抜ける時間など一瞬たりともなかった。
日本に着いた時に「帰ってきた」と思ってしまったのもまた事実だ。
それを自分は、山本に伝えていない。
そもそも、こんな関係になっているというのに、獄寺は未だかつて自分の感情を何一つ山本に伝えられていないのだ。
「うぁ…っ!!や…っぁ…あ…!」
「獄寺ぁ…」
好きだよ、すげぇ好き、と耳元で囁かれる。
衝動的に耳を塞ぎたくなった。
もう何度も、ひょっとしたら既に何百回も言われている言葉なのに、これを言われると涙が零れそうになる。
自分がどう頑張っても言えない言葉をさらりと言ってしまう山本が羨ましくもあり、恨めしくもあった。
同時に、自分ばかりが毎回泣きそうな思いをさせられることが、不公平に思えてならなかった。
ふと、冗談めかして言ってしまおうかと思ってしまう。
お前も少しは言われる辛さを味わってみやがれ、と獄寺は力なく閉じていた瞳をうっすらと開けて、自分に覆い被さる山本の姿を見つめた。が…。
(う…わ…)
獄寺は湧き上がったばかりの小さな悪戯心を、一瞬にして忘れてしまった。
(桜が…)
僅かな風にもその枝先を緩やかに踊らせる桜が、自分たちの姿を静かに見下ろしている。
こんな真夜中なのに明るいのは、花の向こうに控える居待月が澄んだ光を降らせているからだ。
そんな透明な空気の中に、山本がいた。
切なげに唇を噛んで、頬に汗をうっすらと滲ませている山本は、獄寺が見つめていることに気がつくと、ふうわりと微笑った。
獄寺のことが何よりも大事で、愛しくてたまらないのだ、とその笑みだけで告げられた気がする。
こんな綺麗な光景を獄寺は見たことがなかった。
ここは本当に自分が生きている世界なのだろうか。
ひょっとして何らかの理由で自分はもう命を落としていて、天国で幻影に慰められているのではないだろうか。
涙で潤みがちな瞳に映る光景があまりにも幻想的で、獄寺はついそんな非現実的なことを考えてしまった。
…これが幻であるならば…
波のように寄せては返す快感の波に、思考は徐々に理性と本能の境を取り払い、曖昧に混ざり始める。
少し強くなり始めた風が枝を大きく揺らしたその時、獄寺は甘い痺れに感覚を失い始めている腕を上げ、山本の首をゆっくりと掻き抱いた。



「      」





桜の花が、ひときわ強い風に大きく舞う。
発せられた言葉に驚いたのは山本だけではない。獄寺も同じように目を丸くしてしまっている。
「ちょ…、獄寺っ!もっかい!もっかいちゃんと言って!!!」
「ば…っ!!二度と言えるか!!ってか気のせいだ!俺は何も言ってねぇ!!!」
「嘘つけぇ!なーなー頼むって!!今度は携帯にメモ録すっから!!」
「ざけんな!死んでも言えるかぁぁぁ!!!」
すべては多分、桜のせいだ。
獄寺はそう思うことにした。
でないと本当に羞恥心で死んでしまいそうだった。
でも多分、そうなったらそうなったで自分は幸せなのかもしれない。
この花の下、満たされた心で二人一緒に自然に還れるならそれも悪くない、とまた桜に酔いそうになって、獄寺は慌てて上気した頬を山本の肩口に埋めるついでに彼の鎖骨へと噛み付いた。


桜の花には麻薬に似た成分が含まれている。
何の証拠も証言もないが、獄寺はこの日からこのガセネタを信じるようになった。



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季節外れですが桜の話を更新しましたwww
この話書いたのってもう4年くらい前……? すっげえ古い話であることは確かです。原作でも未来編始まる前だった気がwww
最初考えてた時はもっともっさんが黒くて余裕かましてる話だったはずなんですが…ナニコレまたへたれ武かよ。
くそうっ今度こそ、今度こそ黒山本を!!!






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