08/21の日記

17:38
兵伝A
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幸い兵太夫は何一つ覚えていなかった。自分だけが強烈なまでの記憶を覚えている事実に苦しむこともあったが、その反面兵太夫が忘れていることにほっとしている自分がいた。
同時にこれは兵太夫が新しい人生を歩むためなのだと思った。

「ねぇ黒門さん」
校舎に入って直ぐに3組の夢前が近づいて来る。
「何言われても変わらないから」
「ちょっと!!」
避けて通ろうとしたところで腕を掴まれる。3組は何でこんな奴らばっかりなんだと伝七はため息をついた。
「頼むよ!!へーちゃんに普通の態度でいいから接してあげてよ!!」
夢前はいつもこうだ。記憶が戻って兵太夫を遠ざける僕にいつも頼むと頭を下げてくる。
「…無理だ」
「そんなこと…確かに記憶が無い人間と一緒にいることは辛いときもあるよ?!でも小学校まで仲が良かったのに急に素っ気なくなられるなんて、へーちゃんの気持ちも考えてあげてよ」
「考えている!!!」
「え?ちょっと黒門さん!!」
後で叫ぶ夢前を置いて廊下を突き進んだ。考えているからこうなんだ。
兵太夫にあんな思いをさせるなんて嫌だ。
落ちたあとの真っ暗な闇。いつもそこで目が覚めて、ああこれは罰なのかと思う。
だから自分が勝手に死んで、兵太夫を残していってしまったことを何度も何度も見るのかと。
死んだ僕に残されて兵太夫が幸せだったとは全く思わない。次の恋にすっぱり進めるような性格ではないのは知っていたし、そんな軽い恋愛でも無かった。
兵太夫を幸せにする。そのためには自分はまず近付かないと、かの人物が兵太夫と分かった時から決めている。
夢前に何と言われようと先輩にもう少し仲良くしろと言われようと此れだけは譲れなかった。

「あ、伝七!これ今度の資料なんだけど」
「そこに置いておいて」
兵太夫を一瞥もせずに返事を返し、まだ何か言いたそうな視線を無視して作業を進める。
「…手伝おうか?」
「いい。一人で出来るから」
躊躇いながら話し掛けてきた言葉にもいつも通り返す。会話も必要最低限だ。
しかし、普段はそのまま諦めていた兵太夫だが今日は違った。
「…伝七、その…」
言いにくそうにそれでも何とか話そうとする兵太夫に伝七は焦った。
「な、何?」
何とかしてこの場を切り抜けないといけない。慌ててその場を離れるため広げた用紙を集めるようとするが兵太夫の手に阻止された。
「待って、話を聞いて」
「い、嫌だ!!」
「何で避けるの?!僕は何かした?」

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