【 お そ 松 さ ん 】

□第十五マツ
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 一松の手にはひとつの飴玉が握られていた。

 その飴は惚れ薬である。


 あまりにも唐突な話だが、これはデカパンに貰ったものであり、決して一松の強要ではない。

 興味本位で人を好きになってしまうような薬はあるのかと聞いて出てきたものがコレだったのだ。

 どうやら飴を食べてから一番最初に見た者を好きになるというベタな設定なようだ。


一「…………」


 食べさせる相手は決まっている。

 ただ如何にして自然と食べさせればいいのか検討も付かない。

 それに先日から明らかに避けられている上、話しかける事すら難しい。


 ──……あんなあからさまに避けなくてもいいのに。

 一松は自分の言動に少しは反省しているものの、納得がいっていなかった。


 とりあえず方法はあとにし、飴玉はちゃぶ台の上に置いて一旦手洗い場へ向かうのだった。





 第十五マツ





『洗濯だけで異様な量だよな……』


 ベランダで独り言を呟いたのはサカキだ。


『お揃いコーデが大量発生だ。ママさんもよく見つけてきたな…』

カ「フッ…俺のパーフェクトファッションが一番輝いているだろう、カラ松ボーイ?」

『うわっ! いたのかよ……』

カ「洗濯か。ご苦労だな」

『……お陰様でな。慣れたけど』

カ「………」

『ん? どうした』

カ「…………サカキ、お前香水か何かをつけているのか?」


 何の前触れもなく質問された内容に不思議に思うも、サカキは素直に応える。


『何もつけてないけど』

カ「そうか……」

『なに? なんか匂う?』

カ「いや、少しな…」

『柔軟剤じゃね?』

カ「そんな感じじゃないんだ。何かこう……フェロモンみたいな」

『はっ? 何言ってんの?』

カ「す、すまない……」


 急に態度が一変したカラ松。

 何かとんでもない事があって沈んでいるのか、それともただ単に体調が優れないのか。

 妙に不自然なカラ松を心配に思い、サカキはカラ松の顔を覗き込んで問い掛けた。


『どうした、カラ松君。大丈夫?』

カ「ッ……!!?」


 話しかけた途端に、声にならぬ悲鳴を上げて思い切り後退りをしたカラ松にサカキは暫し放心していた。


『えっ……ん? だ、大丈夫か?』

カ「い、いや……大丈夫だ、何でもない」

『どう見たって大丈夫じゃないだろ。何か顔赤いし、熱でもあんの?』


 本当にどうしたというのだろうか。

 何やらカラ松は緊張し切った様子だ。
 あまりに不可解である。


『ちょっと失礼』

カ「……!!」


 熱があるかどうか調べるために、サカキはカラ松の額へ手のひらを合わせた。


『熱はねえな……一体どうし…ってオイ! 顔真っ赤だぞ!? 本当に大丈夫?』

カ「な、なななんでもないっ!!!」

『何でも無いわけないだろ……。どうしたんだよ?』


 話しかけてきた時は普通だったのに、いきなり態度が急変したのが理解できない。

 どうしたものかとサカキが頭を抱えていると、襖が勢い良く開いた。


『び、びっくりした……何事?』


 そこには息を荒くさせた一松が立っている。


一「ねえ…どっちか机に置いてた飴食べた?」

『飴? 俺は知らねえけど……』

カ「……た、食べた…けどッ…」

一「クソ松テメェぶっ殺すぞっ!!! 誰を見た? 誰を最初に見たんだ!?」

『オオオオオイオイッ!! どうしたいきなり!?』


 首が折れる勢いでカラ松に掴みかかり、その上胸ぐらを持って振りまくる一松を慌ててサカキは止めに入った。


『突然何事だよ!? カラ松君は意外と繊細なんだから暴力はやめろって』


 そう言って一松からカラ松を引き剥がし、自身の方へ引き寄せた。

 途端に顔を赤くさせるカラ松を一松は見逃さなかった。


一「……離れろ」

『あ?』

一「良いから離れろっ!!」

『うわわっ! だから暴力反対!!』


 またもや掴みかかろうとするものだから、サカキはカラ松を抱き寄せて一歩下がる。


一「……クソ松、お前下心が見え見えなんだよ」

『はあ? 何の話だよ』

一「今すぐ離れなよ、サカキ」

『やだよ。お前絶対カラ松君フルボッコにする気だろ』

一「するよ」

『すんのかよっ!!』

カ「サカキッ……は、離してもらっていいか……」

『え? ダメだよ、殺されるよ?』

カ「いや、その……は、はずかッ……」

『ん?』

一「………………」


 一体どうしてこうなってしまったのか。


 大方は検討は付いているだろうが、要はこうである。

 一松はお手洗いから戻るとちゃぶ台の上にあった飴が無くなっている事に気付く。
 嫌な予感は的中し、二階に向かうと妙な雰囲気を醸し出す二人を発見。

 カラ松が飴玉を食べてしまい、恐るべき事態に陥っていた。


 恐らくカラ松は飴玉を食べたあと、最初にサカキに会ったのだ。

 そうでないと、このような反応は見せないだろう。


『大体お前アメちゃん一つでどんだけ怒るんだよ。子供かよ』

一「そういう事じゃないんだって…」

『アメくらい買ってくるっての…』

カ「…サカキ! 離してくれッ…!」

『ああ、悪い。強く抱きすぎたか』

カ「ッ……」

一「おいクソ松。お前生意気に顔赤くしてんじゃねぇぞ」

『ああもう何でそんなに喧嘩腰なのよ。兄弟なんだから仲良くしろって。──あっ! やべ、特売セール終わるじゃねぇか!! ……今から買い物行くけど、お前ら殺し合いの喧嘩なんかするなよ?』


 半ば心配が募る中、時計を見たサカキはそう言うと、慌ててスーパーへ向かった。


 部屋に残されたのは、未だ頬を染めるカラ松と、先程から憎悪のオーラを滲み出している一松。

 先に口を開いたのは一松だった。


一「おいクソ松。お前の今の感情は偽物だからな」

カ「……何の事だッ?」

一「恍けるな。飴食べたんだろ。アレ、惚れ薬なんだよ」

カ「ほ、惚れ薬……?」

一「一番初めに見た人を好きになっちゃうんだよ。どうせサカキを最初に見たんだろ」

カ「…………」

一「……図星? とにかくその感情は偽物なんだ。一週間もすれば効能も切れて元通りになるんだよ。だから絶対変な気起こすんじゃねぇぞッ!!」

カ「……わ、分かってる」


 最後に一つ舌打ちをして一松は乱暴に襖を閉めて去って行った。

 カラ松は未だに事態を掴めていなかったのだが、自身の胸の高鳴りの原因が分かり、納得する。

 だが同時に、偽の感情だと分かっていても、何故だが踏み込めない自分がいたのも事実だった。



 
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