【 お そ 松 さ ん 】
□第十六マツ
1ページ/1ページ
『カラ松君は優しいんだから、変にカッコつけなくても十分素敵だよ』
カ「フッ…そうか、よく分かっているじゃないか」
『いや、そこが要らないんだよ。でもまあそれもカラ松君らしくて好きだけど』
以前、会話した内容を思い出し、カラ松は溜め息を零した。
今、自身で感じている「好き」は、あの時の「好き」とは確実に違う。
空回りするばかりで、上手く言葉にできない。
だがハッキリ解る。
この気持ちは愛しいと。
この気持ちは素直だと。
きっとこれば「愛」なのだとカラ松は思った。
例えそれが偽の感情だとしても──。
第十六マツ
薬を飲んでしまってから6日が経過した。
これと言った変化もない。
サカキとカラ松は普通に顔を合わせ、普通に会話をしていた。
最も、カラ松にとっては以前のような余裕も無かったのだが。
『カラ松君って働く気ないの?』
そして今日も、変わらず日常が過ぎている。
カ「フッ…安心しろ。仕事のことは、ノープランだ」
『……あ、そう』
それ以上は踏み込むのも面倒くさいと思ったのか、サカキは笑顔で一言そう返した。
一方カラ松は自然を装うのに必死であった。
一松に釘差しされてから、注意するようにしている。
この気持ちは嘘だ。勘違いだと。
だがそれ以上に高ぶっているのを感じていた。
──本当に……この気持ちは嘘なのか?
薬が回っている所為か、正常な思考回路ではないのは分かっていた。
分かっている上で悩んでいたのだ。
自分の気持ちが分からない。
自分が一番分かっている筈なのに。
『カラ松君のそのファッションって雑誌から?』
カ「何を言ってるんだ。これは俺のセンスというセンスが詰め込まれた最高のファッションなのさ。お前も着たいだろう?」
『うーん、良いかな。あ、それより俺はアッチを着たいかな』
カ「アッチ……?」
『ちょっと待ってて!』
そう言うと部屋を飛び出して行ったサカキ。
とりあえず待つ事にしたカラ松は、 気持ちを抑えようと深呼吸をした。
カ「……フッ、この俺が囚われの身となるとはな」
呟いた自分の言葉を皮肉に思う。
もう認めているのかと。
日に日に薬の効能など無くなってしまうと思っていたのだが、逆にどんどん熱くなっていくのだ。
彼を抱きしめたいと思ってしまう。
だがそれはダメだと理性が働く。
この気持ちは正しくない。
決して抱いてはいけない感情だ。
例え薬の所為だとしても、覚えてはいけない思いなのだ。
カ「…………」
だが三日目にして、既に抑えが利かないのは気づいていた。
これ以上サカキと共にいると、良くない事が起こりそうで怖かった。
『じゃじゃーん! どうよ、似合う?』
カ「ん?」
『このパーカー着てみたかったんだよね。それに俺、青好きだし』
カ「…………」
『気にしてなかったけど、カラ松君って意外と大きいのな。ちょっとダボダボ……』
不服そうに言葉を漏らしているサカキは、普段カラ松が着ているパーカーを着用していた。
少しばかりサイズが合わず、指先が出るくらいの袖にどうやら悔しいらしい。
『この服暖かいね』
カ「…………」
『カラ松君?』
カ「あ、いや……そうだな、よく似合っているぞ」
『ほんと!? イェーイ! 今まで人の服を着たりする事なんか無かったしさ、ちょっといいね…こういうの』
どこか照れくさそうにサカキは呟く。
『でもやっぱり家族っていいな! あ、そうだ。今さらだけど、俺を家族にしてくれてありがとう、カラ松君!』
カ「…………」
満面の笑みでそう答えるサカキに、カラ松は複雑な気持ちでいた。
今の自分は、家族以上の気持ちを抱いている。
だかサカキはもちろん、家族として純粋にカラ松が好きなのだ。
『ぶっちゃけ常識人なのってカラ松君だよね。あ、チョロ松君も話しやすいんだけど。でもさ、一番初めに俺の手を取ってくれたのって…カラ松君なんだよ』
カ「そうだったか……?」
『そうだよ。だから結構感謝してるし、うん。チョロ松君が一番好きって言ったけど、一緒にいたいって思うのはカラ松君だからさ』
カ「…………」
『俺さ、カラ松君のこと結構好きみたい』
どこか恥ずかしそうに、頬をかきながらサカキはそう話してくれた。
カラ松の心はこれ以上ないほど満ち溢れていた。
何て嬉しい言葉をくれるのだろう。
自分は下心が浮かんでいるというのに。
歯がゆい思いが交差し、動いてはいけないと理性が働くが、体は既に動き出していた。
『おっ……と、どうした?』
カ「サカキ、今の俺は普通じゃない。だから何をしでかすか分からない」
『何? どういう事?』
抱きしめてきたカラ松が唐突にそんなことを言い出すから、サカキはまた戯言か何かだと思い、苦笑する。
カ「俺はお前を傷つけたり戸惑わせたりしたくないんだ。俺の所為でギクシャクしてしまったから申し訳が立たない。それも意味の分からない薬の所為だなんて以ての外だ」
『カラ松君……?』
カ「…けど、こうして体が動いてしまっている時点でもう答えは出ているんだ」
『…………?』
カ「…………すまない。当分は、俺に話しかけないでくれ」
『えっ……』
そっと離れたカラ松は真剣な顔をしてそう伝えた。
一瞬何を言われたのか分からず、サカキは固まってしまう。
『ッ……えっ、カ、カラ松君!!』
カ「…………」
そのまま去ろうとするものだから、思わず呼び止めた。
『……あの、よ、よく分からないけど…悩みがあるなら話してくれていいからっ……』
カ「……俺はさすらいのハートブレイカーさ」
『はっ……?』
突然の発言、それも痛い発言をするカラ松をサカキは心から「何言ってんだコイツ」と疑問に思ってしまった。
その間にカラ松は部屋から出て行き、残されたサカキにはただただ疑問符が絶えない。
『訳分かんねえ……ハート? どゆこと?』
乱暴に頭をかきながらそう呟いたのだった。
──
少し外の空気を吸おうと、家を出ようとしたカラ松の背中に声が掛けられた。
一「クソ松」
自分をそう呼ぶのは1人しかいない為、カラ松は何も言わずに振り向く。
一「一個言い忘れてたんだけど。薬が効いてた時の記憶、無くなるみたいだよ」
カ「えっ……」
一「良かったね。あと一日もすれば今の記憶もなくなるから、清々するんじゃない」
カ「そ、そうだな……」
一「まあ大丈夫だと思うけど、くれぐれも変な気起こさないでよ」
カ「……ああ」
それだけ伝えると一松は部屋に戻って行った。
カラ松は玄関に立ちすくみ、暫く動けないでいた。
──……記憶がなくなる? それは嬉しい事なのかもしれない。だが本当に……。
自分の心が喜んでいるとは思えなかった。
確かに薬の所為でこんな思いが浮かぶのかもしれない。
迷いも苦しさも全て気のせいだろう。
しかしカラ松はただ一つだけ、忘れたくない言葉が確かに浮かんでいた。
それは、サカキが自分を好きだと言ってくれた事だ。
誰かにあんな素直に好きだと言われたことは無い。
決して恋愛感情ではないのは分かっている。
それでもカラ松はあの瞬間を忘れるなど、想像したくもなかった。
カ「ッ……」
──…この際、少しくらいギクシャクしたっていい。引かれてもいい。…今の思いを留まらせておくのは、間違っているんじゃないのか?
そう決意したカラ松はもう一度二階へ足を向ける。
カ「俺は……おかしい男だよな」
これからサカキを戸惑わせてしまう事に少し躊躇いを感じていたが、カラ松の決意は大きかった。
部屋に戻ると、カラ松の服を着たまま呆然としたままのサカキが残っていた。
突然戻ってきたカラ松にサカキは思い切り動揺を示している。
『カラ松君……どうしたの?』
カ「サカキ、今から俺は変な事を言うと思う。だが少しだけ時間をくれないか」
『う、うん……大丈夫だけど』
カ「俺は今、惚れ薬というものに身体を蝕まれている」
『はっ?』
それは心の底から出た「バカなのかコイツは」だった。
カ「だからこの感情も偽物なんだ」
『ちょ、ちょっと待ってカラ松君。全くもって話についていけないんだけど……』
カ「聞いてくれ!!」
『あ、はい……』
カ「…………俺は、サカキの事が好きだ」
『………………』
カ「愛している」
『………………はっ?』
カ「……今の俺の気持ちだ」
『………………はあっ!?』
トントン拍子でカラ松の口から吐き出される言葉が全く頭に入って来ない中、最終的に伝えられた愛の言葉にサカキは開いた口が塞がらなかった。
カ「……こんな事を言われて困るだろうとは思っている」
『…………え、えっと……百歩譲って今の話を受け入れたとしよう。でもそしたら、カラ松君の恋愛感情は気のせいなんじゃ……』
カ「分かってる。でも俺は……この感情が偽物だとは思えないんだ!! こんなにも、人を愛しいと思ったのは初めてなんだよ」
『…………』
何やら話が重くなって来るにつれて、サカキは徐々に恥じらいを覚え始める。
カ「……すまない」
『…………いや、正直全然理解できないけど、何となくカラ松君の気持ちは伝わったから……』
カ「…………」
『その、えと……うーん……ビックリしたけど、嬉しかったよ』
カ「えっ……」
『いやいや!! 肯定した訳じゃないからね!? 好意を向けられて嫌な奴はいないだろ。素直に嬉しいよ。でも……俺はカラ松君に対して恋愛感情があるかと聞かれたら、難しい……かな』
カ「…………」
『気持ちは嬉しいよ。でも、ごめん……なさい』
分かりきっていた結果だが、やはり心にグサリとくるものだ。
だがこの苦しさも偽物。
明日になればこの苦しさからも解放される。
カ「…………サカキ」
それでもカラ松の心には、確実な炎が灯されていた。
『…………はい』
偽物だと理解していても、忘れると分かっていても、ここで終わらせるなら──本当の愛ではないと。
カ「安心してくれ。薬の効き目も明日には消える」
『えっ? そ、そうなの?』
カ「記憶も、無くなるんだ」
『……そうなん、だ……』
途端に安心感を覚えたが、同時にカラ松の様子が心配になった。
なぜ心配だと感じたのかは、サカキ自身は理解出来なかったのだが。
『……な、なんかそれって、幸せなのかな……あははっ、俺が言うのもおかしいか』
カ「最後に俺とデートしてくれないか」
『デート……?』
カ「ああ、明日」
『明日って……』
カ「記憶もないから、多分なくなるさ」
『でも…………』
カ「ただもし記憶が残っていたら、もし……少しでも可能性があるなら、明日──噴水があるあの公園で待っていてくれ」
『………』
カ「……じゃあ、また……」
サカキは返事をする事が出来なかった。
カラ松の真剣な顔を見て、何も言えなくなってしまった。
そして立ち去る背中に声を掛ける事も。
何の冗談だと笑い飛ばしてもおかしくはない話だ。
それでも話を聞いたのは、同情なのか、それとも──。
『…………ッ』
胸の奥が高鳴っているのを誤魔化すには、あまりに難題だと──サカキは思った。