【 お そ 松 さ ん 】

□第十八マツ
1ページ/1ページ



『やっぱりチビ太君のおでんは美味しいねぇ。いやー、お腹いっぱい』

カ「すまない……飛び出してきたから財布も持っていなくて」

『ええ? 良いよ、そんなの全く期待してないし』

カ「…………」

『そんな泣きそうな目で見るなよ…だってお前らニートだろ』

カ「まあ、そうなんだが」

『で、どうする? ネカフェでもいいけど、やっぱりベッドで寝たいよな。ホテル行くか』

カ「ホ、ホテルッ!!? ラブホテルか!?」

『バッ…!! ビジネスホテルに決まってんだろっ!! 何でいきなりラブホ直行なんだよ』

カ「……す、すまない」

『……でもまあ、ニートさん達はラブホ入った事なさそうだよな』

カ「……サカキはあるのか?」

『え、そこ聞く?』

カ「いや、い、一応……」

『俺だって伊達に生きてないよ? ラブホの一つや二つくらい入った事あるでしょ』

カ「そ、そうだよな」

『……安心しなよ。ココ最近は無かったし、今はカラ松君一筋だから』

カ「ッ……!!」

『ハハッ、分かりやす』


 自分の言葉一つ一つに右往左往して真っ赤になるカラ松を愛しく感じ、サカキは頬が緩みっぱなしだった。


カ「でも、俺も……」

『ん?』

カ「初めてホテルに一緒に泊まるのがサカキで、う、嬉しいぞ……」

『…………』

カ「…………」

『……いいいいいや、ホテルってただのビジネスだから!!!』

カ「そんな事分かってる!!!」

『…………ッ』


 ──クソッ…いきなり男前になるんだよなぁ、カラ松君って。心臓に悪いからやめてほしい。


 お互いに顔を赤くしてホテルへ入っていきながら、サカキはいつの間にこんなにベタ惚れになったのかと、ムズ痒く感じた。






 第十八マツ





カ「……中は普通なんだな」

『いや、そうでしょう。つってもやっぱり都会だなー。空き部屋一つしかないなんて。まあ空いてただけ良いか。良かったか? 同じ部屋で』

カ「俺は別に構わないぞ」

『なら良いけど。じゃあ、先にシャワー浴びれば?』

カ「シ、シシシシャワー!!?」

『だからお前は一々どえらく反応すんなよっ!!! そのまま寝るならご自由にどうぞ!? 走って汗かいただろうから、流してくればいいじゃん』

カ「あ、ああ……そうだな」


 カラ松はそう言うとバスルームへ向かった。


『たくっ……普段のナルシストはどこ行ったんだよ。恋愛絡むとポンコツだな。こっちが恥ずかしくなるっての』


 少しばかり頬を染めながら、サカキはそう呟いてTVを付けたのだった。


 ──数分後、シャワーを浴び終えたカラ松が出てきたのだが、第一声に突然いつもの本領を発揮して見せた為にサカキは暫し固まっていた。

 カラ松は出てくるや否やバスローブ姿で、


カ「どうだ? 似合うだろう?」


 そう訴えてきたのである。


『…………あー…うん、凄くカッコイイよ』


 普段のカラ松に戻ったのに安心するものの、それはそれで面倒くさいものだと再認識した。


『じゃあ、俺も浴びてこよ。あ、先に寝てていいから』

カ「フッ…ハニーを残して先に寝ないさ」

『はいはい』


 ──バスローブで本来の自分を取り戻すなんて、カラ松先生もおめでたいねえ。

 そんな事を思いながらサカキはバスルームへ向かった。


 そしてシャワーを浴び終えた頃、サカキはてっきり、カラ松は既に眠っているかと思われたのだが、予想は外れたようだ。


『あれ、起きてたの』

カ「もちろんじゃないか」

『寝てて良かったのに』

カ「いや、ホテルとやらではどこで寝るのが正解なのかと考えていた。何せベッドが一つしかないからな」

『まあビジネスだしね。俺ソファで寝るから、カラ松君はベッドで寝ていいよ』

カ「なッ、ダメだそんなの!! ハニーをソファで寝かすなんてできないっ!!」

『さっきから気になってたけど俺いつからハニーになったの? 一応男なんだけど』

カ「でも俺の恋人なんだろう?」

『そ、それはそうだけど……(直球で言うなよ恥ずかしいッ)』

カ「俺がソファで寝るさ」

『いや、だからいいって。カラ松君、全力疾走で疲れてるだろ?』

カ「こんな寒い中ずっと待たせていたんだ。サカキが使え」

『だから俺は大丈夫だって』

カ「いいや、ダメだ」

『ああもう、じゃあ一緒に寝ればいいじゃん』

カ「えっ?」

『あ』


 ──しまったぁぁぁぁぁッ!! 思わずとんでもない事を口走ってしまいましたよ!!! カラ松君ポカンとしちゃってるよっ!!


 途端に空気がピンと張り詰めてしまい、サカキは慌ててそれを直そうとした。


『いやいや冗談だよ。そもそもシングルで二人は寝れないし……』

カ「そうか、なるほどな」

『えっ?』


 だが、更に困難な状況へと変わっていく。


カ「一緒に寝れば何の問題もないじゃないか。サカキ、ナイスアイディアだ!」

『………………』


 ──全然ナイスアイディアじゃねぇよっ!!?

 そうは思ったものの、カラ松の純粋な笑顔には何一つ言い返せないのであった。



──


カ「よし、寝るか」

『………………狭い』

カ「そうか? ただこれ以上離れると落ちてしまうぞ。サカキもそんなに端っこに寄っていると危ないじゃないか」

『うッ…………』


 やはりシングルベッドで大の大人の男二人が寝るには少々小さい。

 それでもサカキは恥じらいから少しでも離れようとしていたのだが、カラ松は端に寄る彼を気遣ってグッと自分の方へ引き寄せた。


『お、おい……』

カ「この方が安全だな。こうして寝よう」

『いやいやいやいやダメだろ!!!』

カ「? 何故だ?」


 カラ松がサカキを抱きしめたまま寝ようとするものだから、慌てて起き上がって止めに入る。
 しかしカラ松は至って素直にどうして駄目なのかが分からないと聞いてくる。

 サカキは頭を抱えた。


『お前はアホなのか積極的なのかどっちなんだよ……』

カ「……ッ!? も、もしかして俺と寝るのが嫌だったのか!?」

『いやそういう事じゃなくてだな!!』

カ「俺はいつもみんなと寝てるぞ?」

『それは兄弟だから!!! 俺ら一応つき合ってるんだろ!? それが簡単に同じベッドで寝ていいもんなのかしらね!!?』

カ「ッ!!」

『何赤くなっちゃってんの? え、自覚なし!!? バカなの!? ああもう、だから……つき合って間もない俺達が一緒に寝るのなんてッ……』


 頭をがむしゃらにかきながら声を張り上げていたサカキは、そこで一呼吸置いてから言葉を続ける。


『…………まだ、早いと思う』

カ「…………」


 互いに頬を染める光景は既に見慣れてしまった。


 カラ松は、自分の行動に反省しつつ、おそるおそる口を開いた。



カ「す、すまない……俺の考えはちょっと、甘かったようだ」

『いや、カラ松君が悪いとかじゃないんだけど……。そのッ……俺もちょっと恥ずかしいっていうか……』

カ「…………この状況で言うのも何だが、一緒に寝ないか?」

『話聞いてたのかオイッ!!!』

カ「だ、だからッ、好きだから一緒に寝たいんだよ…!」

『ッ…………』

カ「それじゃあ、ダメなのか」

『………………(不意打ちはやめてくれよカラ松君ッ…!)』


 心の中で盛大に大暴れしてはいたが、サカキは黙ってベッドに横になった。


カ「ど、どうした?」

『…………寝るんだろ』

カ「……あ、ああ」

『…………おやすみ』

カ「おやすみ、サカキ…」


 肩が触れてしまうような狭いベッドの上で、二人は静かに目を閉じた。

 そうして安らかに眠る……──


『(いや眠れねぇよッ!!!)』


 筈もなく。


カ「なあ、サカキ」

『ん? な、何だよっ』

カ「恋人は一緒に寝る時は何もしないのか?」

『お前は何つー事聞きやがるんだよ!? さっきから!! 無自覚? 怖いよ!!』

カ「いや、違うんだ。俺はこんなのは初めてだから……何が正しいのかが分からない。それに、サカキを大事にしたいからな…」

『…………だから不意打ちやめろってッ……』

カ「どうした?」

『………そ、そんなの、カラ松君の好きなようにすればいいんじゃないの…』

カ「えっ?」

『……だって俺らつき合ってるんだろ。だったら別に遠慮なんかいらないよ。何が間違ってるとかなんてないから。好きなようにすればいいだろ……』

カ「そ、そうか……分かった」

『…うん………んっ?』


 理解をしたのかしていないのか、既にサカキの脳内ではカラ松の行動が読めないようだ。

 分かったと答えると同時に背後からサカキを抱きしめ、カラ松はそのまま満足したように寝に入ろうとしている。


『…………カラ松君? ナニコレ?』

カ「えっ……サカキが好きなようにしていいと言うから、そうしたんだが……」

『……あ、そう…………』


 背中にカラ松の暖かさを感じながら、サカキは小さなため息を吐いたのだった。



『(抱き枕ですか、俺は……)』


 ただ、その胸には十分な安らぎを覚えていた。



───


 翌日。午前9時に自宅へ帰宅したサカキとカラ松。
 玄関前に来たところで、サカキは足を止めてカラ松に向き合うと話を切り出した。


『さっきも言ったけど、他の兄弟には絶対つき合ってるなんて言うなよ?』

カ「それは構わないが、何故だ? 俺はこんな愛しのマイハニーと恋人でいるのは恥ずかしくもないぞ」

『いや思いっきりからかわれるからやめてくれ。別にすぐに打ち明けなくてもいいじゃない』

カ「わかったよ」

『ん。……あ、それと』

カ「ん?」


 まだ何かあるのかとカラ松が問おうとすると、それよりも先にサカキがカラ松の襟を引っ張り、キスをした事によってそれは無くなってしまう。


『……こういう事も、家では禁止ね』

カ「ッ……」

『じゃ、入るよ』

カ「まッ、待ってくれ!」

『え、なに?』

カ「も……もう一回」

『はっ?』

カ「もう一回、キス……していいか」

『…………』


 こっちだって結構勇気出してやったんだぞと文句を言ってやりたいのを抑え、サカキはカラ松が肩に手を置いてきたのを振り払わなかった。


『んっ………』

カ「……もう一回」

『えっ、ちょ……んッ』

カ「もう一回」

『ッ……ん、うっ……』

カ「サカキ……」

『な、何回すんだよっ!!?』

カ「い、いや……家ではしないと言うから」

『だからって外でもこんなホイホイすんなってのッ……』

カ「すまない……止まらなくなってしまった」

『ッ!! お前は素直すぎるんだよ!!』

カ「えぇっ!?」

『もう、帰るよ……!』


 バクバクと鳴り響く心臓を誤魔化すように、サカキは玄関の扉を開いたのだった。


 居間に入った所で、サカキは思わず驚きの声を上げる。


『うわっ!? ビックリした……何やってんの、お前ら……』


 そこには文字通り、干からびた六つ子が伸びていたのである。


お「おーー……サカキ、やっと帰ってきたかーー……」

ト「僕達……サカキに結構胃袋持ってかれてたみたいで……出前のピザじゃ満足できなかったんだ……」

十「肉……肉……」

チ「いや、舌が肥えちゃってさ。大げさなんだけど」

『…………まさか一睡もしてないの』

お「いーやーー……寝てるよー……」

ト「ただあまりの空腹に目が覚めちゃったのーー……」

『前から思ってたけど上と下が一番クソだと気づいたんだよな……』

おト「「え? 何のこと?」」

『……あー、もうしょうがねぇなあ。簡単なものしか作れねぇぞ』

お「イェーーイ!! 超美味いやつお願いしまーす」

ト「あれ? カラ松兄さんも帰ったの?」

カ「ああ、寂しかったか? ブラザー」

チ「それにしてもサカキ、昨日何か急用でもあったの?」

『え? 別にー』

ト「もうチョロ松兄さんそんな事聞くなんてバカだよねぇ」

チ「え、何で?」

ト「女の子といたんでしょ、サカキ」

十「えっ! そうなの!?」

『あーー……まあ、そうかなぁ』

ト「ほらコレ自分を痛めつける結果が目に見えてるのにわざわざそこ聞く!? その子可愛いの?」

チ「お前言ってる事が矛盾してるよ…」

『……可愛いっていうか、まあ……好きっていうか……』

ト「アアーーーー!!! 刺さる!! リア充のトゲが心に刺さるよ!!!」

チ「いや自分で聞いたんだろ」

お「ほんとに女の子といたのぉ…?」

『いたよ? カワイイ子と』

お「ふーーーん……」

『はい、出来ましたよ。エッグドリア』

十「しゃあっ!! いただきまっっす!!!」

チ「簡単なものしか作れないと言った割に結構いい感じのが出てきたよ」

ト「デキル男はムカつくよねえチョロ松兄さん」

チ「何で俺限定に言ってくるんだよ」

『はい、カラ松君も食べていいよ』

カ「ああ。サンキュー、カラ松ボーイ」

『一松君も食べ…………』

一「………………」

『…………食べたくなかったら残していいからね』

一「…………いただきます」

『…………(ええー…? 何だか未だかつてない形相で睨んできてるよ一松君……怖いよ?)』



 何やら不穏な予感を感じる午前。


 一家団欒で食事を楽しむ光景には、異質な空気が入り交じっていた。

 それも複数あった事に、サカキは気づきもしなかった。


 
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ