【 お そ 松 さ ん 】

□第二十一マツ
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『………………』


 夕食を作る一人の男は、死んだような目で作業を続けていた。

 彼の名はサカキ。
 ここ最近、松野家の家政婦としてこの家にやってきた青年。もう三十も近い年齢でありながら、彼は大いに恋愛絡みの悩みを抱えていた。


『…………俺はいつの間に危ない橋に立たされていた……』


 サカキがそう呟くほど頭を抱えているには理由がある。

 それは大きく分けて二つあり、一つ目はこの家の住人の一人、次男のカラ松と交際している事について。
 そしてもう一つは、その件に絡む他の兄弟についてだ。

 兄弟というのは、複数いる。

 何故ならこの家には、六つ子が住んでいたのだ。





 第二十一マツ





 兄弟と言っても、もちろん全員男だ。
 サカキも男だ。
 その内の一人と交際しているのにも、話せば長くなってしまうので省いておこう。

 つまりは男通しで交際しているのである。

 サカキは始め、素直にカラ松が好きだからこそ、性別など全く気にしていなかったのだ。

 だがこの数日で、その考えは果たして正しいのかと悩むようになってしまった。

 それは、他の兄弟がちょっかいを出すようになってきたからである。


 サカキは先日、四男の一松に想いを伝えられた時に、危機感を感じたのだ。

 恐らく今の流れは非常に悪い。


『…………?』


 ボウルに入れた卵を掻き混ぜていたサカキは、ふいに背後に気配を感じたので振り向いた。


『……カラ松君?』

「…………」

『…? 悪いな。まだ出来てないから、もうちょっと待ってて』


 いつもより少し目つきの悪いカラ松を不思議に思いながら、シンクの方へ向き直ったサカキの背中にふわりと温もりが乗っかる。


『おっ……と、何? ちょっと作業ができないんだけどぉ?』

「…………」

『? もう分かったから離れてよ…みんなが来るだろ』


 背後から抱き寄せられ、どうにも離そうとしない為、ボウルを置いて引き離そうとした。


『ッ……おい、離せって』

「………鈍感だね」

『……………え?』


 思わぬ力にさすがに何をしたいのか分からないと感じたと同時、カラ松の口から吐き出された声に違和感を覚える。

 だが彼を見上げた時には、その事に口出す暇もなかった。


『ふっ…ん……んンッ!』


 突然キスをされたサカキは誰かに見られたらまずいと、淡てて抵抗した。


『何やってんだよバカッ……ていうか、お前……』

「良いじゃん、少しくらい…」

『あッ……やめろって!!』


 訝しげにこちらを見つめるサカキの耳元へ顔を寄せると、カラ松はさらに彼を押し込む。

 サカキも逃げようとしたがすぐにシンクに腰が当たり、これ以上は後ずさりができない。


『ッ、バカ…何してんだよっ…!』


 サカキの耳元へ舌を剥ぐわせるカラ松は、片手は頭部を掴み、もう片方はまるで形を確かめるように体中を滑らせていた。


『ちょっと本当にッ……いい加減やめろって、オイ……一松君!!』

「………………」

『な、何でカラ松君のパーカー着てんのか知らないけど、バレてるよ……!!』

一「あ、そう…」


 はじめはサカキもカラ松がやって来たと思っていた。何故ならいつも彼が着用している青いパーカーを着ていたからだ。
 だが、声を聞いた瞬間にすぐに気づいたのだ。

 彼が、一松であると。


『な、何のつもりだよッ……!?』

一「…忘れた訳じゃないよね。俺、認めてないからね。クソ松とつき合ってるの」

『えっ……』

一「もちろん俺も諦めるつもりないから、何回でも邪魔するよ…」

『ッ……一松君、俺は……』

一「ああー、別にさ…お前の気持ちとかどうでもいいから。勝手に奪いに行くだけだから」

『えっ! そ、そんな強引な……』

一「好きだって言ったでしょ…」

『うッ……』

一「覚悟しといてね。すぐにクソ松なんか負かすから」

『な、何言ってんだよバカ…!!』


 手を取って甲にキスをしながら真っ直ぐこちらを見つめてきた一松に、サカキは不本意だったがドキリとした。


一「…でも喋らないと気づかないみたいだし、案外チョロいんだね」

『ッ!! お、お前なっ……』

一「それが分かっただけで十分だよ。じゃあね」

『ッ……』


 立ち去る一松の背中をサカキは見送る事しかできなかった。


『…………何で気付かなかったんだ、俺』


 自分に対して、酷く劣等感を抱いていたから。



───


十「美味いっ! 美味しい!」

ト「十四松兄さん、そんなに急いで食べなくてもご飯は逃げないよ?」

十「あんまり美味しいから箸が止まらないんだよ!」

チ「まあ確かに美味しいけどね」

『…………』


 いつもなら「ありがとう」と礼を言っているところだが、サカキは終始口を開かず黙々と食事を進めていた。


『(何で俺はこんな肩身の狭い思いをして食事してんだよ……)』


 それは、カラ松と一松の間に何やら火花を感じていたからだ。彼らは位置的に向かい合うように座っている為、嫌でも視線が絡む。
 そして一松が永遠とカラ松を睨みつけているものだから、カラ松も一松を睨み返していたのだ。

 最もそれに気づいていないのは十四松とチョロ松だけであり、おそ松に至ってはオロオロするサカキを見ながらニヤケている始末である。


『(アイツは一体何様なんだッ……!?)』

ト「ちょっと十四松兄さんもう少し静かに食べられないの……あっ」


 ガツガツ頬張る十四松を注意したトド松は短い声を漏らす。


『冷てっ』


 十四松の手がコップにぶつかり、横倒れたコップから零れたお茶が見事にサカキにかかってしまった。


十「あっ! ごめん、サカキ…」

ト「だから言ったのにー」

『大丈夫だよ、十四松君。俺ちょっと着替えてくるね』


 しゅんとする十四松を慰めるとサカキは着替えに二階へ向かった。

 そしてさっさと着替えていたサカキの元に、声がかけられた。


十「サカキ…」

『ん? 何だ、ついてきたの。別に気にしてないよ』

十「うん、えっとね…僕サカキに言いたい事があるんだ」

『……どした?』


 ズボンを履き終えて、何やら深刻そうに顔を沈める十四松に向き直り、サカキは耳を傾ける。


十「僕、まだサカキとキスしたいって思ってる」

『…………あ、そう……』

十「ずっと思ってるんだ」

『…………』


 一体どうしたものかと苦笑いを浮かべていたサカキは、心中で大きなため息を吐いた。


『……十四松君。あのさ、多分その感情はどこか間違ってると思う』

十「そんな事ないよっ!」

『いや、だって兄弟取られたくないみたいな感覚と一緒だろ?』

十「僕はサカキが好きなんだよ!」

『ッ……』


 真剣な顔の十四松に思わず押し黙るサカキだったが、これ以上このままだとダメだと判断し、話を切り出した。


『分かった。その気持ちは認める』

十「ほんとっ!」

『でも、十四松君の気持ちには答えらない』

十「えっ、どうして……」

『それはその、つまり……俺はね、つき合ってる人がいるから』

十「えっ! 前はいないって言ったのに?」

『いやだから、そのあとに出来たというか……とにかく俺は十四松君の気持ちには答えられないよ』

十「嫌だっ!」

『嫌だって言われても……』

十「じゃあ、その人に会わせてよ!」

『えっ……』

十「すっごい可愛い子なら許す!」

『そうじゃなかったらどうするんだよ……つーか会わせるも何も、もう会ってるよ』

十「えっ、そうなの!?」

『あっ……(口が滑った)』

十「いつ? 僕いつ会ったの?」

『………………』


 ここで誤魔化したところで、また同じ状況に陥る事は目に見えている。
 サカキは悩んだが、素直に伝える事にした。


『…………お前の兄さんだよ』

十「…………」

『カ、カラ松君とつき合ってるから……俺』

十「…………」

『………十四松君?』

十「嘘だ!」

『え、う、嘘じゃないよ』

十「そんなの信じられないよ! 本人に聞いてくるっ!」

『はっ…………?』


 そう言うや否や颯爽と部屋を出て行く十四松。
 サカキは耳を疑い固まっていたが、それもほんの一瞬だった。


『本人に確認って……バカ野郎っ! 何だよその公開処刑やめろよ!!』


 淡てて十四松を追いかけたが、既に遅く、食事を続けていた兄弟の元へ戻った十四松は開口一番にとんでも発言をする。


十「カラ松兄さん、サカキとつき合ってるの!?」

チ「ブッ!!」

ト「え、何この展開」

一「…………」

お「ははーん? どうなのカラ松ぅ?」

カ「フッ……愚問だぜ、ブラザー。仕方ない、ようやく打ち明ける時がきたみたいだ」

チ「ゲホゲホッ……えっ、何? 全然話についていけないんだけど…」

『この単細胞バカッ!! 何言ってんだよ!!』

十「痛ってえ!!!」


 おそ松は終始ニヤつき、カラ松は何故かドヤ顔を浮かべ、チョロ松は味噌汁を吹き出し、一松は無言でカラ松を睨み、トド松は意味深な様子で笑っていた。

 突然変異すぎる会話に空気がピンと張り詰める中、サカキが思いきり十四松を殴り倒した事によりそれは免れる。


十「酷いよサカキっ!」

『いやお前バカなの!? 何いきなり日常ぶち壊してんだよ!!』

十「だってサカキがカラ松兄さんとつき合ってるなんて言うから……」

カ「おいおいサカキ、何も恥ずかしがる事はない。事実じゃないか」

『お前は黙ってろよッ……』

十「何で? いつの間に!? 僕全然知らなかったよ!!」

『知らなくてもいいんだよ!! 頼むからこれ以上厄介を増やすなって……』

カ「フッ……ブラザー、分かっただろう。サカキは俺の愛しのマイハニーなのさ」

『小っ恥ずかしい事さらっと言うな!!』

十「ぼ、僕だってサカキが好きだもん…!」

カ「ノンノン……きっとそれは勘違いさ、ブラザー。特にお前はサカキがお気に入りだったからな。それを盗られたくない一心なんだろう?」

十「違うよ! 僕はサカキが好きなんだよ! それもこういう意味で」


 顔をひきつらせていたサカキの腕を掴むと、十四松はおもむろに引き寄せてそのままサカキにキスをした。


『ッ!!?』

カ「なッ……何やってるんだ十四松!! 人のモノに手を出したらダメだろう!!」

十「だって信じてくれないから」

お「ギャハハハハハハッ!!!」

ト「うわッ、何これ引くわー」

チ「えっ? えぇっ!? 何なの、俺だけなのこの状況理解してないの!?」

一「おい、クソ松。さっきから俺のモノとかうるせぇな。いつからお前のモノになったんだよ…」

カ「お前こそ、俺はまだあの時の事を詳しく聞いていないぞ! 一体サカキに何をしていたんだ!?」

十「僕だってサカキにキスするの二回目だよ!」

一カ「「どういう事だッ!!」」

『………………』


 言い争いをする三人をすり抜け、サカキはひっそりと席に戻る。


お「ヒヒヒッ……なあ、サカキ。いつの間に十四松を手玉に取ったわけ?」

『うるせぇ殺すぞ』

ト「意外と手が早いよねぇサカキって」

チ「えっ、ちょっと待って。全然話についていけてないから俺」

お「まあ童貞のチェリー松には分かんねぇよなあ」

チ「チェリー松って言うな!!」

ト「むしろ気付いてないのが凄いよ。今までのカラ松兄さんの言動見てたら分かるでしょ。明らかつき合ってるじゃんこの二人」


 サカキとカラ松を交互に指さすトド松に、チョロ松は未だに信じられないといった様子だった。


『むしろチョロ松君には知ってほしくなかった…』

お「マジ腹痛ぇッ……。あいつらめっちゃ争ってんだけど」

ト「まさか闇松兄さんまでねぇ……」

『勘弁してくれ……俺は普通の家族で良かったのに』

お「はあ? じゃあ何でカラ松とつき合ってんだよ」

『そ、それは……』

ト「ベタ惚れ? 何がいいの、アレの」

『…………うるさいな、別にいいだろ』

ト「でもさぁ、いくら何でも女の子が無理だからって男に手出すのはちょっとさー」

お「いや意外と面白いぜ、特にコイツの場合は」

『お前マジで締め上げるぞ』

チ「お、おそ松兄さんまで……」

『頼むから勘違いしないで、チョロ松君。別にそんなやましいことをしてる訳じゃないから』

お「は? お前カラ松とまだ何もしてないの」

『お前黙ってろよバカッ!!』

ト「確かにサカキって女顔でちょっと可愛いけどさー、理性無くしすぎ」

『女顔ってなに!? 初めて聞いたよ? 三十近いおっさんが何かやだよその感じ!!』

お「…三十近い割にはイイ反応だったなぁ」

『お前の頭には何が詰まってんだよ殺すぞ!!!』

チ「お、落ち着いてサカキ!!」


 今にも殴り殺す勢いでおそ松に掴みかかろうとしたサカキを、淡ててチョロ松は止めに入る。


お「おー、怖い怖い」

『大体お前この状況を楽しんでんだろ!! そもそも十四松君が変に目覚めたのだって、お前が俺にキスマークなんか付けたからこんな事になってんだぞ!!』

お「えぇー? 何の事?」

チ「キスマーク……って…じ、じゃあ、あのキスマークはおそ松兄さんが付けたの!!?」

ト「何やってんの、おそ松兄さん…」

お「いやいやほんとに、一回やってみ。マジ面白いから」

『お前は俺が殺してやるッ!!!』

チ「わあっ! 落ち着いてよサカキ!!」



 あちらこちらで言い争いが響く松野家。

 現在時刻は夕方八時。

 既に近所は聞き慣れた騒々しさだった。



 
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