【 おそ松さん -2- 】

□松2枚
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『え、六つ子なんですか?』

お「そ、ビックリした?」

『いや、六つ子って………えっ、全員同じ顔ってことですか?』

お「そうなんだよ〜。気持ち悪いくらい似てるんだな、これが。一回見てみれば分かるぜ。自分でも言うのもなんだけど、マジで似てる」

『へ、へぇ……………』


 バイトが終わったその後、リュウジは行きつけの場所があるというおそ松の後をついて歩いていた。


お「ちなみに俺、長男だから。ビッグなカリスマ長男だぜ?」

『へぇ〜………』

お「お前さっきからへーっしか言わねぇな」

『それはその、話にちょっとついていけてないので…』


 それも事実だが、何より先程から気になっていたのはおそ松の言葉だった。

 今知ったばかりだが、長男にしてはなかなか子供っぽく見えていたのである。
 いちいち起こす言動がすべて小学生じみているのが理由だろう。


『六人兄弟って…結構大変そうですね』

お「おーよっ! 大変大変! 未だに母さんには間違われるし、服はダースで買われるし! 大体長男って言われても年齢同じだからね? 今までずーっと一緒に暮らしてきたけど、さすがに飽きるんだよ」

『飽きるってそんな……家族なのに』

お「俺と同じ立場になったら分かるってー。周りに比べられるし、指差されるのなんかよくあるし!」

『そ、それはまあ……六つ子なんてそうそうに出会うことないですから』

お「どうせならさぁ、女の子が興味津々で近寄ってくれたらいいんだけどなぁ…」

『恋人はいないんですか?』


 ふいに質問した途端、おそ松はとんでもない形相を浮かべて今日一番の声で反論した。


お「はあっ!? いるわけない!! ていうかいたことすらないから!!」

『そ、そうですか』

お「あ? ……何だお前。もしかして経験あんのかオイ」

『えっ? い、いやぁ…それは、まあ…』

お「この野郎…ふざけんなっ!!」

『え、ちょッ、何で!!?』


 突然怒りを顕にしたおそ松に裸絞めをされ、驚く間もなく締め付けられてしまう。


『く、苦しい苦しいッ……!!』

お「年下のクセに生意気だなっ! 何で俺はモテないんだよー!!」

『そ、そういうとこじゃないですか!? ちょ、ほんとにッ…締まってるって……!!』

お「そりゃ締めてんだからそうだろ」


 パッと手を離したおそ松だったが、不機嫌なままだ。


お「はーぁ………ふんだりけったりだよ〜。さすがにお兄ちゃんも参っちゃった」


 怒っていたかと思えば、途端に悲しげに肩を落とす情緒不安定な男。
 リュウジの頭には完全にそう固定されていた。


お「飲まないとやってらんねぇわ」

『……普段から仲悪いわけじゃないんですよね?』

お「んー? まぁ、そうだけど…。何ていうか最近冷たいんだよなぁ。アイツら長男をなんだと思ってんだよ」

『さっき長男否定してませんでしたっけ』

お「お、着いたぜー!」


 もはや会話が全ておそ松のペースだと今さらながら気づいたリュウジ。
 しかし既に後戻りはできないのだが。


『え、ここですか……?』


 いつの間にか到着しか場所は、リュウジもよく知る場所であった。


お「そー! ここのおでん美味いんだよー!」


 何故なら、自身の行きつけの場所である──おでん屋だからである。


「おー、おそ松か。……って、リュウジ!? 何だそのコンビは……?」

お「えっ? 何お前ら、知り合い?」

『はい……俺もよく来てるんで』

お「何だよー、先に言えよな。まぁいいや。とりあえず食べようぜ! チビ太ー! おでんちょうだいっ! もーうお腹空いちゃって…」


 全員が顔見知りという偶然をさほど気にせず、おそ松はそそくさと座り込んだ。

 気さくなのかどこか抜けているのか、疑問に思いつつリュウジも隣に座る。
 また大将の名前がチビ太だということにも初耳だった。


お「は〜ぁ………今日の俺は落ち込みモードだぜ」

「お前にしては珍しいな……何かあったのか?」

お「実はさぁ、弟たちが冷たくって…」

「んなモン昔からそうだろ」

『…昔からって、二人は知り合って長いんですか?』

「ああ。ガキの頃からの腐れ縁だぜ」

『へぇ…そうなんですか』

お「生まれも育ちもここだからな、俺たちは。お前は? 違うの?」

『俺はその…生まれは違います。今は隣町に住んでますけど』

お「ふーん…わざわざここまでバイトに来てんだな。すげぇな〜」

『いやいや、全く凄いことではないですよ』

「知らねぇのか、リュウジ。こいつこの歳でニートだぜ」

『えッ、ニート?』


 手に持つグラスを落としそうになるのを堪え、リュウジは信じ難い言葉に耳を疑った。


「ていうか兄弟全員ニートだけどな」

お「え、何か問題でもある?」

「大ありだバーロー! 今日はちゃんと支払ってから帰るんだぞコンチクショーッ!」

お「あぁ、それは大丈夫。今日はね、心優しいリュウジの奢り飯だーから!」


 リュウジに肩を組んで自慢げに言い張るおそ松。


お「ねーぇ、リュウジく〜ん」

「おいリュウジ…その腕ひん曲げていいんだぜ?」

お「何だよその言い方っ! それじゃあリュウジが俺のこと嫌いみたいじゃねぇかよ!」

「むしろこの時点で好感度高い自信はどっからくるんだお前ぇ…」

『あ、あの…別に嫌ってはないんで』

お「ほぉーらっ! 実は俺って好かれやすい男なのよ〜」

「ほぼ強要してんじゃねぇか」

『マジでニートなんですか…?』

お「ん、そうだよ?」

『……………………』


 彼は本当に何も動じずに答えている。
 それも一切の危機を感じていない様子だ。
 この場合どう反応するのが正解なのか、リュウジは悩んでいた。


お「俺はひたすら遊んで暮らすのが夢なんだよ。働くなんて時間の無駄じゃない?」

「…お前一応長男だろ。もっとしっかりした方がいいぜ」

お「はぁっ!? だから、長男って言っても年齢同じだから!! 何で俺だけ特別扱いされなきゃなんねーの?」

『ま、まぁまぁ…そんな怒らないでくださいよ。俺は別におそ松…さんのこと、そんなダメ人間とか思ってないですから』

お「お前は本当に良い子だねぇ、リュウジ。よーしよし! もっと飲めよ!」

『いや、お酒弱いって言ったじゃないですか』

お「ちょっとくらい良いだろ〜? あとさん付けとかいいから。なんか気持ち悪い」

『えッ、あ、はい…』



 その後もおそ松にグイグイ押されているリュウジが、チビ太は不憫ではならなかったと言う。

 専らリュウジ自身は嫌だとは感じていないのだが、傍から見るとどう考えても強要されているようにしか見えなかった。



───



 数時間ほど飲み続け、帰る頃には十分に酔いが回っていた。


お「は〜ぁ…飲んだ飲んだぁ〜」


 最も酔っているのはおそ松だけなのだが。


お「やっぱ奢られた酒と飯は格段と美味いわぁ…」

『満足したなら良かったです…。ちょっとは元気になりました?』


 薄くなった財布を思い浮かべると苦笑いしか出て来ないが、朗らかに笑うおそ松の顔を見てリュウジは安心した。


お「…別に俺落ち込んでたわけじゃないけど」

『嘘ばっかり。子どもみたいに拗ねてたじゃないですか』

お「うっせ。お前には分っかんねーよ、俺の気持ちなんてなっ!」


 まさに子どものように舌を出して言い捨てたおそ松が走り出したため、リュウジはさらに言葉を続ける。


『…あ、あの! 確かに俺…あんたの気持ち分かんないですけど、分かんないからこそ…大事にした方がいいって思います!』

お「うるせぇ! 知らねぇよそんなのっ!」

『…あ、あと! もうこれっきりにしてくださいね! 今日だけですから、一緒に飲むのは!』

お「はいはい、じゃね〜!」


 最早最後の方は聞いていないのではないだろうか。

 さっさと走り去って行くおそ松の背中を見ながら呆れるリュウジだった。


『…本当に分かってんのか、あの人』



───



 翌日、いつもより目覚めの悪い朝だった。

 もともと酒の弱いリュウジにとって、数杯飲むだけでも体に影響がある。

 少しはがり重い体にうんざりしながら迎えた朝。
 ちなみに本日はコンビニでのアルバイトだ。

 朝の通勤ラッシュに追われ、店に到着するや否や多くの客に見舞われながら一日を過ごしていた。
 その間も大分頭痛がしていたのだが。


 ──少しだけなのにダメだな…。やっぱ俺にはお酒合わねぇわ…。


 飲めなくて困ったことはないが、こうして体に悪影響を及ぼすのは非常に困る。

 今後は飲むのを控えようと静かに決意するリュウジだった。


──「じゃあリュウジ、これ出したら上がっていいから」

『了解でーす』


 リュウジは日用品コーナーにしゃがんで指示された通りに品出しを始めた。

 気付けば時刻は夕方を示している。

 いつもより疲労が大きいが、明日が休みなので特に辛いとは感じていなかった。


 ──とりあえず今日は帰って風呂入ってすぐ寝よう。明日は久しぶりの休みだしな…。何しようかな、映画でも見に行こうかな…。


 黙々と作業しながら他愛もなく考え事をしていたリュウジは、突如やって来た存在によって思考が強制的にシャットアウトされる。


お「リュウジーーーっ!!!」

『痛だッ………!!?』


 まさに突然──前触れなく現れた男、おそ松が何やら苦悶の声と共にリュウジの腰に抱きついたのだった。

 むしろ勢いよく倒れ込んだリュウジの方が鈍い声を吐き出していたが、おそ松は気にせず抱きついたまま話を続ける。


お「もうッ、探したんだけど!? 今日はコンビニだったの? そういうのはちゃんと教えといてよね!」

『ッ…………はっ……え?』


 話しかけられたというより飛びつかれたことに驚いているのはもちろん、現状を理解するのに時間がかかった。


お「なぁ、聞いてくれよ〜。昨日家帰ったら何が起きてたと思う? 弟たちが知らねぇオッサン引き連れて兄さんとか言ってたんだよ!? 酷くないっ!!?」

『え、いやッ……何ですか、急に……と、とりあえず離してください』

お「お兄ちゃんは酷く傷ついた!! だからリュウジ、慰めてよ〜」

『あのですね………』

お「なぁ、頼むよ。晩飯奢ってくんない?」

『ひとまず人の話を聞いてください!!』


 最後にウィンクをかまして告げるおそ松が確信犯なのかはさておき、この男は相変わらず自分中心で事を回すのだと改めて認識した。

 やはり昨夜の言葉を聞いていなかったのだと、リュウジは小さな溜め息をこぼす。


『…………もう飲まないって、昨日言ったんですけど』

お「えっ? そんなの俺聞いてない!! 良いじゃん別にーっ! ケチ!!」

『いや、ケチってそんな………』

お「何がダメなんだよ? 俺たち友だちでしょ〜。ちょっとくらい良いじゃんかーっ!!」

『と、友達って……………』


 おそ松はリュウジの腰に回す手を離さず声を上げていた。
 終いには頭をグリグリと押し付けながら物申すという…さながら子どものように駄々をこねている。

 昨日までただの客と店員だった仲だった筈なのだが、いつの間に「友達」になったのだろう。

 彼の手を振りほどこうとせず、リュウジはそんな事を考えていたのだった。


「何やってんの、リュウジ…」


 二人に話しかけてきたのは、先ほどリュウジに指示を出した男だ。

 助かったと言わんばかりにリュウジはすぐ彼に応答する。


『あ、店長……すみません、あの…何ていうか、この人は知り合いで…』

「何? 何か問題でもあったんか? あれならもう上がっていいぞ。この時間はもう客少ないしな」

『え? あ、いや…そんな………』

お「マジで!? よっしゃ!! めっちゃ店長良い人じゃん、サンキュ〜! それじゃあ俺は外で待ってっから。早く来いよリュウジ!」


 途端に笑顔を取り戻したおそ松はそう言うと颯爽と店を出て行った。
 デジャヴを感じる光景である。

 店長の気遣いが裏目に出ていると、リュウジは申し訳なく頭を抱えた。


『………マジで意味分かんない、あの人』





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