【 おそ松さん -2- 】

□松3枚
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 眩しい朝日を感じ、重たい瞼を開くリュウジ。


『───はっ…………………?』


 開口一番に出た一声はほとんど音を発していない。

 見知らぬ天井と布団に、一体ここは何処なのだと疑問に思ったのも束の間──さらに理解不能な状況に体を硬直させた。


 リュウジが見上げたその先には、とある人物の顔。

 それもまつ毛の先まで確認できるほどの近距離──なぜならリュウジは、その男に抱きしめられていたからだ。


『え、えっ…? 何…え、なにこれ…何だこれッ、何だよこの状況? えっ……何なの?』


 むしろ混乱しか引き起こさないこの現状。

 バッチリと目を覚ましたリュウジとは相反して、抱き締めている男は気持ちよさそうに寝息を立てている。


『ちょッ、と、とりあえず、離れ……はっ? マジで意味分かんねぇ……うッ、何これ?』


 思わず声に出てしまうほどリュウジの脳内はパニックを起こしていた。

 とにかくこの腕から逃れようと藻掻いてみたのだが、それが仇となったのだろう。


『ぇ、えッ………?』


 眠りを妨げられた男は、モゾモゾと動くリュウジを無意識に抑えようとしたのか、抱き締める腕を強めた。

 よって完全に男の腕の中にすっぽりと埋まってしまったリュウジ。
 男の鼓動が聞こえるほど密着している。


『なっ、い、いや…お、起きてくださいっ……! ちょッ…起きろって!!』

お「……ん〜ッ……うるせぇなぁ……………もうちょい寝かせろって……」

『な、何なんですかこの状況……!? とにかく起きてください!』

お「まーだぁ………ねむい〜………」

『オイおそ松っ!!!!』


 顔馴染みというと少し語弊があるかもしれないが、リュウジにとってここ数日の間よく会話をしていた男。

 昨夜も確かに食事をしたが、何がどう発展してこのような状況になったのか全く検討がつかない。


 ──記憶は一切ないのだが、リュウジはおそ松に抱きしめられて眠っていたのである。


「…も〜う何ぃ? うるさいよ……」

『うッ………へ?』

「あーっ!? あれ、起きたの? あぁ! もう朝?」

お「ふあ〜っ……何なんだよ、まだお兄ちゃんは眠ってたいのに…」

『……い、いや、良いですからそういうの! 起きたならとりあえず離してくださいって! 何で抱きしめられてんですか!?』


 第三者、第四者と複数の声が突然耳に入ってきた。
 おそらくリュウジの怒声に目を覚ましたのだろう。

 まさか自分たち以外にこの場に人がいるとは予想もしていなかったリュウジは、とにかくおそ松の腕から逃れるのを真っ先に考えた。

 対しておそ松は未だに眠そうな様子で、自分がリュウジを抱きしめていることにようやく気がつく。
 しかし特に慌てもせず腕を緩めるのだった。


『ッ………………────!!?』


 腕から逃れて即座に身を起こすと、周囲を見渡してリュウジは絶句した。

 何故なら他に人がいると予想したその人数を、遥かに上回っていたから。

 半信半疑でいたその事実を目の前に叩きつけられて、まるで恐怖そのものを目の当たりにしたかのように鳥肌を立たせた。


「あ、起きたんだ……えっと、大丈夫?」

「フッ…ようやくお目覚めか。ソファで夜を明かしたこの俺に感謝するんだな」

「…おそ松兄さん起きないの?」

お「俺はもうちっと寝る〜…まだ寝足りないし」


 口を開く彼らにそれぞれ視線だけを移して耳を傾けている今も尚、あまりの衝撃に上手く言葉が出せない。

 一歩二歩と徐々に距離を開けながら、リュウジは時折目を細めつつ、何度も彼らを交互に見ていた。


「あれ…? あぁ、もしかして記憶飛んじゃってるんじゃない?」

「ていうかマジで寝んなよコラ。お前が連れて帰ったんだろ」

お「えぇーっ? 仕方なくだよぉ、リュウジが潰れちゃって眠ったりするから」

「…完全に引いちゃってますけど。どうにかしなよ、兄さん」

お「知らないよ、そんなの」

「丸投げすんなっ!!」

「ねぇ、大丈夫? 昨日は大分酔ってたけど」


 声をかけられたリュウジは、寝起きの所為で余計回らない思考を必死に巡らせてどう返すか悩んでいた。


「…めっちゃビビってない? 大丈夫この人」

「えっ? あの、多分覚えてない…のかな? ここは僕たちの家だよ。昨日コイツが酔ったキミを連れてきて、それでまぁ…色々あって一緒に寝てたんだ」

『………………………そう…なんですね』

お「ったくよー、ちょっと飲ませただけなのにすぐ酔いつぶれちゃってさーぁ…どんだけ弱いのリュウジ? 介抱した俺の身にもなってよね〜」

『誠に申し訳ございませんでした』

「うわわわッ!? いやそんな頭下げなくていいって! 大体お前が無理やり飲ませたりしたんでしょ、どうせ!!」

お「ビンゴッ!」

「ほんっとおそ松兄さん人に飲ませるの好きだよねー」

「フッ…俺はブラザーに与えられる美酒なら喜んで飲み干してみせるぜ」

「…いいから頭上げなよ」


 リュウジはご丁寧に土下座をしていたが、その声掛けにゆっくりと頭を上げると、静かな声で彼らにようやく問いかけるのだった。


『……………………あ、あの…』

「ん? どうしたの?」

『…………い、いや、その……えっと…………ハハッ、本当に……………六つ子だったんですね』


 どこか申し訳なさそうにそう吐いたリュウジ。

 彼が今まで驚愕していた理由───それは、同じ顔をした6人が目の前にいたからである。

 六つ子だというのは聞いていたが、実際に間近で見るとにわかには信じ難いことだったのだ。

 同じ顔を貼り付けた男が本当に6人も存在していること。
 おそ松が言っていたのは事実なのだと、多少時間はかかったが改めて理解したのだ。


ト「あ、なんだ。そっち? そうそう、僕たち六つ子なんだよねー。自己紹介しよっか? 僕はねーぇ、末っ子のトド松だよー」

『末っ子……』

十「あいあいっ! 僕は十四松! えっと、えっと…トド松の兄さんだよ!」

チ「三男のチョロ松だよ。その…何かびっくりさせてごめんね?」

カ「フッ…俺は孤高の紳士、次男のカラ松だぜ。よろしくな」

一「………………一松」

『あ、えっと……リュウジです』

お「なぁなぁ、どうよ? 言った通り見分けつかないだろ? ま、俺が一番カッコイイけどなー」

チ「どこから来る自信?」


 ペラペラと話を進める六つ子。

 リュウジは頭を抱えていた。


 ──冗談抜きで本当に見分けつかない……。えぇっと…多分馴染みあるからあの人おそ松だよな? マジで分っかんねぇ〜………。


 ジト目で六つ子を見つめているリュウジだったが、彼らを見分けるのはさておき、本題に入ろうと話を切り出した。


『………おそ松…が介抱してくれたんですか?』

お「さっきからそうだって言ってんじゃん!」

『すんません、本当に記憶なくて……一緒に店に行ってご飯食べた…までは覚えてるんですけど』

ト「ふーん……じゃあこの家に来たのも覚えてないんだ?」

『はい…全く』

ト「その後にしたことも?」

『? 覚えてないです………』

ト「そっかぁ…………」


 まるでしてはいけない質問をしてしまったかのように、六つ子は口を閉じて何も発さなくなった。


『ぇ……………えっ? な、ななな何かしたんですか?』

チ「あ………い、いや、そんな大したことじゃないから…」

『……………………』


 とてつもなく気まずい空気にリュウジは一気に冷や汗をかく。

 記憶にはないが、おそらく自分は「何か」をやらかしている。
 彼らの反応を見れば、それもきっと恥じらいを覚えるような行為だろう。

 顔をひきつらせて声に詰まっていたリュウジは、未だに横になっているおそ松と目が合い、思わずドキリとした。


お「教えてあげようかーリュウジくん」

『えっ』

お「キミが何をしちゃったのかっていうこーと。知りたい?」

『……………………』


 どうしておそ松が弄らしく笑うのかリュウジには検討がつかない。
 からかいなのか冗談なのか、その真意は彼の言葉の続きを聞かない限り分からないだろう。


お「昨日お前ずっと水飲んでたじゃん。あれさ、実は日本酒をちょっとずつ入れてたんだよな」

『…………………………はっ?』

お「ん? こっそりだよ? 全然気づかないんだもん。おもしろくってお前の飲み物全部に入れてたんだけど、本当に分かんなかったのか?」


 ケラケラしながらおそ松はやや訝しげに問いかけた。
 実際やっていたことなのだが、事実リュウジは何も気にせずに飲み続けていたため、半信半疑だったのだ。

 無論リュウジ自身は全くもって気がついていない。
 そもそも酒は飲まないと確かにおそ松に伝えていたのだが、果たして彼は人の話を聞く気があるのだろうか。

 食事の途中で記憶が途切れたのはその所為なのだと納得した。
 半ば納得いかない部分もあるが致し方あるまい。


『……………………全然知りません』

お「マジで!? 超ウケるんだけどっ! 道理で気にせずに飲んでると思ったよー。どんどん呂律とか回んなくなってったし、最終的には潰れちゃうし。本当に弱いんだな〜」

チ「いや兄弟ならまだしも他人に無理やり飲ませるのは良くないって。そのクセどうにかしなよ」

お「え、何で? 弱いヤツに飲ませるのが一番楽しいんじゃん」

チ「お前とは二度と飲まないぞ…?」

『そ、それで俺を介抱した…ってことですか?』

お「うん、だって全然起きねーし。そんでまぁ、俺んちに連れてきたのはいいんだけど」

『いいんだけど………………?』

お「リュウジくんがね〜ぇ………」


 一呼吸置いて応えたおそ松の言葉に、半分予想をしていたリュウジは苦笑いしか浮かばなかった。



お「俺を離してくんなかったの」





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