【 おそ松さん -2- 】

□松4枚
1ページ/1ページ



 昨晩同場所にて、全く同じ人物が顔を揃えていた。


ト「…………誰それ?」


 一人の男を連れて帰宅したおそ松を見た兄弟は同じ反応を示す。
 何故なら見知らぬ男の肩を担いでいたからだ。


お「えーっと、俺のカモ?」

チ「何カモって…」

お「金づる的な? ほら、前に言ったじゃん。レンタルんとこの兄ちゃんの話」

ト「あー、目が死んでるっていう? ふーん…別にそんな風には見えないけどね」

カ「フッ…コイツが噂の俺と同じく孤独に生きるウルフボーイか。なかなかの美貌だ。俺には及ばないがな」

お「まぁ今は潰れちゃってんだけどねー」

十「出ましたっ! おそ松兄さんの飲ませっぷりー!」

チ「被害者になる側にもなってよ…」

お「全然起きねぇから連れて帰っちった」

ト「どうせ飲ませるだけ飲ませて支払いはこの子の財布から取ったんでしょー?」

お「ご名答っ! トド松はよーく俺のこと分かってんね」

ト「何年兄さんの弟やってると思ってんの」

お「とりあえず寝かすか」


 布団へ横にしようとリュウジの肩を離したおそ松。
 しかし、身を離した途端健やかに眠るリュウジの手がおそ松へグッと伸びた。


お「おっ?」


 無意識なのか、それとも寝ぼけているのか、おそらくおそ松が離れたことにリュウジは空虚を感じたと思われる。
 突然抱きついてきたことにより倒れそうになるが、おそ松は床に手をついてそれを免れた。


ト「うーわぁ………」

お「ん? 寝ぼけてる?」

十「すっげー気持ちよさそーに眠ってらっしゃる!」

お「マジかよ。全然離れないんだけど」

ト「起こしたほうが良さそう?」

お「そうだなぁ…。これじゃ俺熟睡できねぇし」

チ「子どもをあやす母親みたいだね」

お「やめろよその言い方」

十「おそ松兄さん! でもでも、この人めちゃめちゃ安眠だよ? ぐっすり寝てるよ?」

お「んなこと言われてもな…」

ト「すっごい幸せそうな寝顔……。あっ、何かそれっぽい絵面みたいだねー」

一「…ヒヒッ、確かに」

カ「フッ…まさに愛に溢れたハグだな」

十「ラブラブですなー、おそ松兄さん!」

お「お前らお兄ちゃんをからかうのいい加減にしなさいっ!」


 弄らしい笑みを浮かべる兄弟を振り払い、おそ松は包み込むように回るリュウジの腕を引き剥がそうとした。


『ッ…………んーー………』

お「かっっった!! いや離れろリュウジ」

『ん〜っ……………もふもふ………』

お「いやいやいやいやいやいや」


 なかなか離れない腕を無理やり離そうとすると、唸り声を漏らすリュウジが寝言とともに自身の胸へ顔を擦り寄せてきたのでおそ松はドン引いていた。


ト「これはおもしろいので記録に残しておきましょう」

十「そうしましょうっ!」

チ「…えらく好かれてんねおそ松兄さん」

お「やめなさいと言ってるでしょうが!!」


 実に楽しげな様子でスマートフォンを取り出すトド松は、容赦なくシャッターを切らせる。

 今も尚、おそ松はリュウジの腕を引き剥がそうとしているが、全く離れる気配がなかった。
 酔っ払いのクセに一体どこにそんな力があるのか。
 ドン引きをしながらも、これは非常に難しい案件だと頭の隅で考えていた。



───



お「そんでもって、全っっ然離れねぇから一緒に寝たんだよ。全く勘弁しろよなー。何が嬉しくて男と抱き合って寝なきゃなんねぇの」

ト「証拠の写真あるよー? 見る?」

お「お前それ消せって言ったろ!!」

カ「フッ…勘違いするなよ、俺は追い出されたのではなく自らソファを選んだのさ。うちの布団は何せ6人分でな」

十「兄さん邪魔だったんで避けたでありますっ!」

カ「なかなかストレートだな、ブラザー」

『誠に申し訳ございませんでした』

チ「いやいやだから土下座までしなくてもっ! そもそも無理やり飲ませたコイツが悪いんだって。別にリュウジくんは悪くないから…」

『…ありがとうございます一松さん』

チ「僕はチョロ松だよ」

『ご、ごめんなさい』


 むしろ恥じらいで今すぐ穴にでも入りたい気持ちでいっぱいだ。

 そんな中、彼らの見分けも分からず尚且つ名前を間違えて呼んだことにリュウジは深々と頭を下げるのをやめなかった。


チ「だからそんな気にすることないよ! 会ったばかりで見分けつく方が無理だって」

カ「だがまぁ、同じ顔が六つもあるのは…結構イかしていると思うぜ」

お「いや〜、普段あんな死んだように立ってる割に意外と構ってちゃんだったんだねぇリュウジ」

『…………………………』

ト「僕は見たことないから分かんないけど、でもリュウジくんってそんな無感情な子じゃないでしょ」

『…………えっ?』

ト「兄さんによく聞かされてたイメージはね。作業してても会話してても全然受け流してるって。まるでただの屍のようだーって言ってたから」

『しれっと酷いこと言われてませんか』

お「事実だろ、実際。いっっっつもボーッとしてるし、笑顔なんかみたことないし! そんでまぁ、興味本位で話しかけたんだけどねー」


 全くもって初耳である。
 自覚がないと言えば嘘になるが、確かに自分は無感情に等しい。しかしそれはわざとそうしている。

 以前は同じ人物だと思っていた彼ら兄弟を観察していた自分が、まさか逆に見られていたとは。


お「あ、それにさ…お前気づいてる? ていうか無意識だろ」

『な、なんですか?』

お「俺が店に行くたび…まぁ俺以外の時もそうだったんだろうけど、マジで見過ぎ。視線が怖い」

『……………ぇ……』

お「あんなに見られてると何なんかなーって気になるでしょ。でもま、それきっかけでこっちも気になりだしたんだけど」

一「…それ俺も気になってた。何か見られてるなって。ゴミを見て引いてんのかなって思ってたんだけど」

『……………………………』


 リュウジは顔に熱が集まるのを感じながら再び頭を下げる。


『……本当にごめんなさい、もう見ません』

ト「フフッ、さっきから謝ってばっかりじゃん」

『好奇心…みたいな感じで観察してました。だ、だってほとんど毎日来てるし、顔同じで全然性格…とかが違うし、気になってしまって……』

チ「その気持ちは否定しないかも…。ていうか僕は全然気づいてなかった…」

お「やっぱ無自覚だったかー。初めは俺も気づかなかったんだけどさ、ビデオとコンビニにいるの知った時はゾッとしたよぉ…もしかしてストーカー? なんて思ったりしたし…」

チ「お前を追いかける人間は珍獣ハンターぐらいしかいないから安心しなよ」

お「それブーメランだぞチョロ松」

『………あ、あの、本当に…迷惑なら俺、バイト先変えるんで…』

ト「いやさすがにそこまでしなくっていいでしょー」

『で、でも』

お「リュウジ、お前は真面目なの、それともバカなの?」

『バカってそんな…』

お「別に俺迷惑とかは思ってないよ。そこまで浅はかな人間じゃないですー」

チ「どの口が言ってんの?」

カ「フッ…同意見だな」

十「確かにっ!」

お「お前ら本当に冷たいっ! いい加減お兄ちゃんマジで泣くよ!?」

ト「こんなガサツ人間のために職場変えることないよ」

お「オイ」

チ「そうそう。どうせ友達とか言って近づいてきたんでじょ? コイツはキミのことを金づるとしか思ってないって。酷いことを言うようだけど」

お「本当に酷いこと言ってるよ!?」

一「…実際金づるって言ってたしね」

十「昨日も財布から盗ったって言ってたもんねー!」

お「それただの犯罪者!! 俺はちゃんと合意を得て支払いました。ね、リュウジ?」


 先ほどから酷い言われ様のおそ松を見たリュウジは、彼が以前兄弟が冷たいのだと吐き出していた理由を理解した。

 普段からの態度からそう扱われているのかは分からない。
 だが何となくリュウジには予想ができる。
 ここ数日会話をしただけで、おそ松の人間性が垣間見えていたからだ。


『わ、わかりました…バイト先は変えないです。今後は、観察しないようにしますんで…』

ト「何この口約束。ププッ、おもしろいねぇーリュウジくん」

『あと、今日の宿代はきちんと支払います…』

お「おっ! マジで? じゃあ一万円でお願いしまーす」


 財布を取り出したリュウジに即座に飛びついたおそ松。
 素直に一万円を財布から抜くリュウジだったが、チョロ松が容赦なくおそ松の頭に拳を振り下ろしたのでビクリと身体を跳ねさせた。


お「痛ッてぇ!! 何すんだよ!?」

チ「やめろこのクソ長男っ!! リュウジくんも素直にお金出しちゃダメ!!」

『え、で、でも』

チ「こんな人間にお金を与えちゃダメなの! 分かる!?」

『俺が潰れちゃって迷惑かけたし…』

チ「それもコイツの所為!! アンタは何も悪くないから!!」

『は、はい』


 突然怒りを顕にしたチョロ松にリュウジはたじろいだ。最もリュウジは彼がチョロ松だという見分けがついているかは別の話である。


お「ケッ、真面目気取りやがって」

チ「人としての常識は捨てるなって言ってんの」

『あ、あの俺の所為でソファに寝ることになってすみませんでした。えっと……トド松、さん?』

カ「俺はカラ松だぜ」

ト「ちょっとちょっとー、トド松は僕だよ? 痛松兄さんと間違えないでよねっ!」

『………………すみません』

カ「気にするな。俺たちの美貌は一層見違えてしまうのさ。目が眩むのは致し方あるまい」


 それだと少し意味合いが違うような気がする。
 そんな事を考えながら、リュウジはおもむろに立ち上がった。


『──じゃあ俺、帰りますんで…』

チ「えっ、大丈夫?」

『だ、大丈夫です』


 リュウジはふらつく足元と激しい頭痛に悩まされた。どうやら重度の二日酔いらしい。


お「全然大丈夫じゃねぇだろ」

『大丈夫ですッ、帰ります』

ト「無理しないでいいよー。もうちょっと休んでいけばいいのに」

『これ以上迷惑かけられないんで…』

お「もーう何なのお前?」


 壁伝いに歩いてまで出て行こうとするリュウジが、皆は不憫でならなかった。
 そもそも何故そこまでして帰りたがるのかが分からない。

 襖に手をかけたところで、リュウジの腕をおそ松が掴んだ。


『あッ』

お「ほんっとよく分かんないねーお前。もしかして遠慮? 別に気にしなくていいって」

『……は、離して…くれますか…』

お「ん? 何だよ急に。もうちょっと休んでいけって。お前確か隣町だったろ、住んでるとこ」

『あ、あの……腕を…………』

ト「? 何か様子おかしくない?」

お「えっ、そうか?」

『離せって、言ってるじゃないですか……』

お「んな怒んなくても離すって」

チ「どうしたの、リュウジくん? まだ気分悪い?」

『…………大丈夫です』


 顔を伏せて立ちすくむリュウジ。
 トド松の言う通り確かに何か様子がおかしかった。

 そこで、黙って見ていた一松がふと口を開く。


一「…めっちゃ顔赤くしてるね」

お「はっ?」

十「あーっ! ほんとだ! まっかっか! 大丈夫? 熱出ましたか?」

『ち、ちがいます!』

ト「あぁーっ、何だァ……。おそ松兄さんを意識してただけなんだね」

お「うわぁ…マジかよ。ごめんリュウジ、俺女の子が好きだから」

『だから違うって言ってるだろ!! これはその……に、苦手なだけでッ………』

十「にがて?」

『ひ、ひとに触られるのが………苦手なんです』

ト「うっそー! 昨日おそ松兄さんにあんなにベッタリだったクセに!」

『覚えてないですからっ!』

チ「でもよくそんなんで接客できるね…。大丈夫なの?」

『そ、それは……皆さんがお察しの通り仕事してる時は、スイッチ切ってるんで……』

カ「フッ…なるほど。心のスイッチというわけか」

お「ふーん……ますます変わったヤツだな。苦手の割に人間観察はするんだ」

『いや、それとこれとは別というか……見る分には何も害はないし。あ、で、でも今後は本当に…見ませんから』

お「だからそんな気にしなくていいっての」

十「恥ずかしがり屋さんですなぁーリュウジは!」

『と、とにかく俺は帰ります…』

チ「別に無理強いはしないけどさ…」

ト「頑なに帰ろうとする根拠はなにっ」


 明らかにリュウジは早々に帰宅しようとしている。
 それも今すぐに抜け出したいという願望が滲み出ているほどだ。

 六つ子は気遣いから休んでいいと申し出ているのだが、リュウジは一向に甘えようとしない。
 彼らには不思議でならなかった。


『……………借りを作るのが、嫌なんで』

お「ああ言えばこう言うなーリュウジ。随分憎たらしい性格だわ。前言撤回するわ、お前全く無感情なんかじゃないな」

『………………あれですよ、俺と一緒にいると不幸になりますよ』

ト「突然のネガティブ。闇松兄さんみたいになってるよー?」

『冗談抜きで呪われますから』

お「とりあえず落ちつけ」

カ「フッ…リュウジはそんなに俺たちといるのが嫌なのか?」

『……そういう、訳ではないんですけど…』

お「じゃあ居ればいい。何の問題があんだよ」


 どこか言いずらそうに唇を噛み締めるリュウジは、怪訝な顔をしてこちらを見つめる六つ子に対して申し訳なく感じていた。


『………………………こ……』

お「こ?」

『こ………』

十「こ……?」

『……こ、こわい………………ん、です…』

お「怖い? 何が? え、俺らが?」

『違、くて……………その……と、とも…だちを……作るのが……』


 懸命に声を絞り出して伝えるリュウジは、握りしめる拳が汗に滲んでいくのが分かった。



『こ、怖い………です』





 【松4枚】
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ