【 おそ松さん -2- 】

□松6枚
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 午後12時。
 眩しい太陽光は店内には届かない。
 いつものように気だるげな声で来店した客に挨拶をする。


『いらっしゃいませー』


 店内に流れる流行りの音楽にかき消されるような声だろう。


 特にすることもなく午前を過ごしたリュウジは、午後になったのでこれから品出しをしようとカウンターを出た。


『あっ……』


 ──そういえば今日は誰も来てないな…。


 それは六つ子のことだ。

 昨日は彼らの自宅でご馳走になったあとすぐに帰宅した。

 トントン拍子で話を進められていたものだから、今でもどこか不思議めいた感覚である。

 半ば強引ではあるが、彼らと「友達」になったのだとリュウジは恐れながら考えていた。


『……………やっぱり変だよな……』


 ──そもそも自分で言っておいて何だが、宣言して友達になるものなんだろうか?


 何にせよ、リュウジは自分からは関わらないと決めていた。

 彼らに何度も諭されたが、他人に迷惑をかけたくない気持ちで一心なのだ。


『よいしょっ…』


 DVDを両手に抱え、崩れないように慎重に足を進める。


 ──会うのもどうせ店以外はないだろうし…。さすがに昨日の今日で来ることもないよな。俺が望むのは平穏平穏…。


 苦笑いが零れるのをかき消すように軽く頭を振ってから、品出しを始めるのだった。

 しかし───


お「やっほー!」

『ぎゃあ…………ッ!!?』


 数分前の決意をピシャリと切り捨てられる男の登場により、抱えていたDVDを豪快に床へ散乱させてしまった。


お「あーらら。大丈夫?」

『……………………何でいるんですか…?』


 耳元で挨拶をしてきた男はおそ松だった。

 このような登場の仕方をするのは彼しかいないと決定づけているため、何となくで理解していたのだが、どうやら合ってるようだ。

 先ほども言ったが、昨日の今日でまた会うことになるとは思っていなかったので、かなりの驚きである。

 おそ松含めその兄弟がニートであることをリュウジが忘れているということは、とりあえず置いておこう。


お「暇だったから来ちゃった〜」

『そんな軽いノリで来られても……』

お「だってする事ねぇもん。それに俺トモダチ少ないし? その少ないトモダチの中からお前を選んでやったんだぜ!」

『…………………』


 満面の笑顔は既に見慣れている。しかし何度見ても眩しい笑顔だ。

 おそ松は素直にそう述べたのだが、対してリュウジは渋い顔を浮かべた。


『友達って………』

お「まぁまぁ細かいことは気にすんなって言っただろ」


 散乱したDVDを拾いながら呟くリュウジに視線を合わせ、おそ松はしゃがんで答えた。


『あっ……あの、昨日はごちそうさまでした』

お「あ? あーっ、全然! 適当に作っただけだし?」

『弟さんが言ってた通り美味しかったです』

お「ただの有り合わせのチャーハンですけどねぇー?」


 そう言って鼻の下を人差し指で擦るおそ松を見ながら、リュウジはとあることに気づく。


 ──この人って照れたりするとこうやるよな…。本当に小学生みたいだな。


 頭の隅でそんなことを考えていた矢先、おそ松は散乱したDVDの中から一枚手に取ると、今度は弄らしい微笑を貼り付けて口を開いた。


お「ま、俺はこういう方が大好物なんだけどね」

『………………………』


 笑顔で何を言っているのかと、呆れを含めた目で見つめ返すリュウジ。

 おそ松が手に取っているものは、成人向けDVDだ。
 ちなみにリュウジが品出しにきたのも成人向けコーナーである。

 嫌なタイミングでおそ松が来店してきたと、正直モヤモヤしていたのだ。


お「AVってさ、選んでる時が一番楽しいよね〜。今日はどの彼女にしよっかなーって、悩みに悩んじゃうよな」

『…………そうですか』

お「リュウジはあんま興味ない? ほら、この子とか可愛くない? あ、こういう子も結構タイプ〜!」


 目の前に突き出してくるDVDには、とある共通点を持った女性が映っている。


『……………おそ松は胸の大きい子好きなんすね』

お「はっ? そりゃそうだろ! 女の子といったらやっぱりそこでしょ! むしろそこしか希望を感じない!」

『何すか希望って』

お「自分にはないモノだからさぁー、何であんな柔らかいんだろうねぇ。触ったことないけど」

『…………………』


 DVDを全て拾い集めたリュウジは、おそ松の言葉には返答せずに品出しを始めることにした。
 答えてしまうと地雷を踏むと察知したからである。


お「………………なぁ、リュウジって一人暮らしだっけ?」

『えっ? はい…そうですけど』


 ふいに考え込んだおそ松が突拍子もないことを聞いてきたので、作業する手は止めずに応答した。


お「今日も夕方まで?」

『…………………はい』


 むしろ嫌な予感しかしないと少しばかり覚悟をして耳を傾けていた。


お「じゃ、今日泊まっていい? てか行くわ」

『はぁッ!!?』


 予想を遥かに上回った返答に思わず声を荒らげてしまった。


『えっ………い、いや、何で急に…』

お「昨日も見ただろーお前。弟たちの俺に対する冷たい態度」


 それはおそ松自身の所為で招いた結果なのではないかと考えたが、リュウジは口には出さなかった。

 手にしたままのDVDをパタパタさせながらおそ松は続ける。


お「俺もう本当に心が折れそうなんだよね。だから家出よっかなって」

『そんな軽く家出ってするもんなんですか…』

お「いやいや何も家出するわけじゃないけどさ。長男の俺様が居なくなったらどれだけ寂しいか思い知らせてやりたいじゃん! 押してダメなら引いてみろってやつ?」

『……………はぁ』

お「つってもどっかに泊まる金も無いし、ツテも無いし。でも一人いるじゃーんって! 心優しいリュウジくんがっ」

『……………………えっ?』

お「とりあえず今夜だけでいいから泊まらせてくんない? でないと俺、野宿しーちゃーう〜」


 そこまでするなら家に帰れ。

 頭には次々と言葉が浮かぶが口には出さずに話を聞くリュウジ。
 彼は平和主義者だ。何事も平穏に終わらせたい。

 しかし今はどうだろう。
 おそらくこちらが言い返しても彼は延々と駄々をこねるに違いない。

 リュウジにはそう思えてならなかった。


『………………分かりました。今日だけですよ』

お「あっりがとーリュウジ! やっぱお前は優しい男だぜぇ〜」

『ちょッ、抱きつかないでください…!』

お「あ、悪ィ悪ィ。苦手なんだっけ?」

『…………………はぁッ、全く…』

お「へへーん。リュウジってよぉ、俺と話すようになってから感情豊かになったよなー」

『……そうですか?』

お「眉間にシワがよりまくり。でも良い傾向だろ? しかしまぁ、お前の笑顔は特にレア物だな」


 誰の所為なのか分かっていないのだろうか。

 こちらはほぼ強制的に剥き出しの感情をさらけ出しているようなものだ。

 しかしやはり口には出さない。


 今の気持ちを言うと、まるで抱えきれない荷物を急にドサリと背中に乗せられた気分である。


 ──観察してる時は全然こんな性格なんて思ってなかったし……。


お「とりあえず一旦家に帰るかな。特に持っていくもんないけど」

『いや着替えとかあるでしょ』

お「え? 貸してくんないの?」

『……………………………どうぞ』

お「そうだ! ついでに晩飯食べてから帰ろうぜぇ。もちろんリュウジの奢りで」

『飲みませんからね。絶対飲まないですからね』


 もはや金額を支払うのは前提で話が進んでいるが反論はしないリュウジだった。

 きっと何を言ったところで無駄だと思ったからだ。


 先程おそ松が友達が少ないと話していたのを思い出し、苦笑いしか出てこない。

 自分の性格を理解していないのか。これで友人が多ければむしろ逆に恐怖を覚える。
 不本意的に人を遠ざける男なのだと、半ば同情を浮かべていた。


お「んじゃ終わる頃また来るね。よろしくー」


 嵐のように去っていくおそ松。
 一息ついてリュウジは再び作業を始めるのだった。


『怖い怖い……………』




───



 同日夕刻。
 バイトが終わる頃に丁度やって来たおそ松と共に、適当な店で夕飯を終えたところだった。

 宣言通り何も持参せずに来たのにはさすがのリュウジも感心した。何やら手提げ一つのみ持ってはいるが。

 流されるままに肩を並べて自宅へ向かうリュウジは、本当にこれでいいのかと今さらながら後悔をしていた。


お「わざわざ電車で通ってんの?」

『そうっすね…』

お「面倒くさいだろ。こっちに越してくればいいのに」

『まぁそれは追々…………?』


 帰宅ラッシュを過ぎた時刻なので、そんなに車内は混んでいない。
 ちなみに交通費もリュウジが全て支払っている。


お「本当にお前は真面目だねぇ」

『いやどこが…』

お「でも何でわざわざこっちまで働きに来てんの? 近くにいい仕事なかったんか?」

『…………実家がこっちなんで』

お「へぇー。………ん? ますます分かんねぇ。実家出て隣町に住んでんのに、仕事はこっちってどゆこと? 実家から通った方がいいんじゃない?」

『……………………』


 おそ松にとっては他愛もない会話のつもりなのだろう。

 しかしリュウジは根掘り葉掘り質問されてしまい、言葉を詰まらせていた。


『……ちょっと理由があって家を出たんです』

お「ふーん……」

『…………………おそ松はどうなんすか』

お「俺? 何が?」

『…働く気あるんですか?』


 リュウジは思い出したように問いかけた。むしろ忘れていたのが本音だ。


お「働く? え、ないよ」

『へ、へぇ………』

お「だって面倒くさいじゃん。毎日寝て食って遊んでっから働く時間ないし俺。それに競馬とパチンコで忙しい」

『……………………』


 ──あ、この人本当にクズだ。


 素直にそう思ったリュウジは、それ以上何も言わずに黙って微笑んでいた。
 暗黙の微笑である。



 その数分後、最寄り駅に到着した。
 リュウジの自宅は駅から徒歩圏内なのでここから直ぐのところだ。


 その後も他愛もなく会話をしながら二人は自宅へ向かっていたが、コンビニの前に来たところでおそ松が足を止めた。


お「ねぇコンビニ寄ってビール買っていい?」

『………それ買うのって俺ですよね?』

お「ん? そうだよ、ダメ?」

『別にダメではないですけど…』

お「あとツマミも欲しいなぁ。買ってくんない?」

『……………分かりました。でも一つだけですよ』

お「サンキュー!」


 しぶしぶコンビニへ入っていくリュウジの背中を見つめながら、ボソリとおそ松は呟くのだった。



お「ハハーッ、本当チョロすぎ」





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