【 おそ松さん -2- 】

□松8枚
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 おそ松の笑い顔に違和感を覚えたリュウジだったが、口内に侵入してきた指にそれどころではなかった。


『…っ…!? んぅッ……!!』

お「なぁ、どんな味?」

『んぐっ……なにひて…!』

お「……ははッ、やっぱ何か煽られんだよなぁ」

『ぅ……ッ、あぅ…』


 口内を指で弄ばれた挙句、舌を無理やり引っ張られてしまい、話すのが困難になる。


お「何つーんだっけ、こういうの。俺ってSだったんかなぁ…」

『ッ…ぐ、ぅ………は、なしてください…!』


 手を振り払い、おそ松の肩を押して離れようとしたが、逆に肩を押さえつけられ敵わずに終わる。


『…お、おそ松、アンタ酔ってるだろ』

お「え? あぁ……まぁ酔ってるけど、ちゃんと意識はあるよ」

『意識あるなら分かるだろッ、おかしいですよね今の状況…!!』

お「…………………」


 声を張るリュウジの切羽詰まった顔に、ようやくおそ松は動きを止めた。


お「…あははっ、逃げ出せない口実作ろうと思ってたら、何かヤベェ方向に行ってたな」


 そう言い離れる彼の表情は苦笑いを浮かべていた。

 未だ混乱や恐怖が収まってはいないものの、リュウジは身を起こしても尚、彼の姿を目で追う事しか出来ずにいる。


お「はい」


 ティッシュ片手に戻ったおそ松は、放心するリュウジの目の前にそれを差し出した。


『あ…りがとう、ございます』


 感謝の言葉が正しくはないと認知しながらも、素直に受け取るリュウジだった。


『……何ですか、口実って』


 顔を拭きながら問いかける。
 再び隣に座ったおそ松は、リモコンの停止ボタンを押した後に口を開いた。


お「お前に聞きたいことがあったんだよね」

『聞きたいこと?』

お「泊まりに来たのも半分それ」

『……? 何ですか、聞きたいことって?』

お「………………うーん……そうだなぁ…」


 考え込むように腕を組んで口を噤むおそ松はどこか困った表情だ。


『え、何ですか?』

お「いや…何つーかさ、確信はねぇんだけど」

『?』

お「一昨日飲んだ時に、もしかしたらって思って」

『一昨日………』


 途中から記憶が無いリュウジには、余計身に覚えがない。


お「……………リュウジさぁ…」

『はい…?』

お「………………………」


 おそ松はおもむろにポケットに手を入れると、携帯電話を取り出しリュウジによく見えるように机に置いた。


お「───髪染めた?」

『……………………………………………』


 その問いかけに反応することが出来なかった。

 何故なら、リュウジの目はただ一点を見つめていたから。

 それは、おそ松が取り出した携帯電話。
 詳しく言うと、その携帯電話に取り付けられている一つのストラップを見つめている。

 黒猫を象ったストラップを凝視していたリュウジは、呼吸するのも忘れそうなほど鼓動が速まっていった。



『……………………あの時の…………』



 脳内でフラッシュバックする光景。

 リュウジは確かにそのストラップの存在を知っていた。



お「お前が俺に返しにきただろ?」



 頭の中で警鐘が鳴っているような感覚に襲われながら、おそ松の方へゆっくり視線を移すリュウジ。

 震える口を必死に開くのと同時に、鼓動の高鳴りはピークを迎えていた。



───



 時は遡り、半年前。

 日も沈んだ暗がりの街中で、肌寒さから身を守るように人々は衣服を着込んで歩いていた。

 その中の一人である彼も、冷え込んだ空気に吐息を白くさせながらマフラーを身に包ませている。


「遅っせぇーなぁ、アイツ…」


 近場にあるという出店に買出しに行った弟を待っていたのだが、どうも帰りが遅いため寒さに苛立ちを感じ始めたのだった。

 その矢先、背後から何かに衣服を引っ張られたので顔を振り向かせる。

 弟が戻ってきたのかと振り向いた先には、息を上がらせてこちらを見つめる見知らぬ男がいた。
 暗闇のせいか、ぼんやりとしか顔は見えない。


「……………?」

『あ、あの…………』

「キミ誰? どっかで会ったっけ?」

『ぁ…………え、えっと…覚えて、ないかもしれねぇけど……………その………』


 乱れた呼吸を整えようと深呼吸をする彼は、声からすると若い青年だろう。
 どことなく声色が震えているように思える。

 よそよそしい態度に、もしや不審者かと思い後退りをしようとしたが、ふいに男がこちらに手を差し出してきたので否応なしに視線は集中した。

 よく見ると、男の手の先にはストラップが握られている。思わず口を零した。


「これって…………」

『前に、落としてったから返そうと思って…すげー探したんだ。あと……礼を、言いたくて』


 ストラップを手に取って確認したが、確かにそれは自身の物だった。
 そして男が口にした言葉に疑問符を浮かべる。


「……お礼?」

『……あの時言ってくれた言葉に、救われたから』

「……………………」

『ず、ずっと礼を言いたかったんだ』

「……………あのさ、キミもしかして…」


 言いかけたところで、突如慌てたように辺りを見回し始める男に、それ以上言葉を続けることができなくなった。


『あッ、悪ィ…あんまり長話できねぇんだ。ごめん、俺もう行くから』

「あっ、そう」

『………っ! あのさ…』


 突拍子もなく走り去ろうとしたが、一度足を止めると男は振り向いて再び口を開く。


『もしも…もしもだけど、また会えたりしたら』


 建物の明かりが男の姿を照らし───そこで初めて顔を見ることができた。


『その時はさ、飯でも奢らせてくれねぇかな』


 光に負けないような満面の笑みを浮かべる男に何を言おうかと悩んでいたが、そのまま走り去って行く背中を見送るだけに終わった。

 唖然としている最中、聞き覚えのある弟の声がかけられるのだった。


「何やってんの、おそ松兄さん…?」



───



 そして現在、リュウジの自宅でおそ松は半年前の出来事を思い出していた。


お「お前あの時金髪だったろ。全然気付かなかったわぁ」

『………えっ……で、でも何で』

お「今さら気付いたのかって?」


 未だ冷めやらぬ鼓動に、リュウジは身体全体に一気に血が流れ込むような感覚を覚える。


お「リュウジさ、酔ってたから覚えてねぇだろうけど」

『何ですか…?』

お「わざわざこっちまでバイトしに来てる理由」

『………!』

お「それ、呟いてたから」

『……………………』

お「実家出た理由は知らねぇけど、ここに来たのは人を探すためだって言うからよ。半年前に少しだけ会話した男、手がかりはストラップ。そいつに会って、また話したいって」

『…………ど、どうして、それでおそ松だって…』

お「だから初めは気付かなかったけどさ、見覚えなくはない顔だなぁって思ってよ。今思えばレンタルんときも、コンビニんときも、気になってたのは視線だけじゃなかったんだろうなぁ」

『……………ッ……』


 収まりそうもない鼓動を抑えようと、自身の胸に手を押し当てるリュウジの顔に熱が集中していく。

 ハッキリと浮かぶ感情に彼は気付いていた。

 これは歓喜だ。
 果てしない喜びである。

 ───ようやく会えた。

 ただただその事実が嬉しくて嬉しくて、たまらずにどうしていいのか分からない。

 いざ目の前に突きつけられると、何を話せばいいのか分からなくなってしまったのだ。


お「ていうかリュウジは顔覚えてねぇの?」

『えっ……………?』

お「ほら、このストラップ返してくれた時にもよ、どうやって見つけたんだよ?」

『そ、それは………マフラーを、してたから…』

お「マフラー?」

『ストラップを落としていった時も…マフラー、してたん…ですよ……?』

お「……………………」

『お、覚えてないかもしれないですけど…それよりも前に一回会ってて、俺はその時の礼がしたくてッ、それでずっと探してたんです……! 顔をよく見てなかったから…その時にしてたマフラーを頼りにっ…』


 必死に訴えるリュウジの赤らんだ顔を見て、おそ松は心の中で思った通りだと一人納得していた。


お「ふーん、なるほどな……」

『…ず、ずっと……礼を言いたくて、俺、本当に救われたからっ…多分アンタがいなかったら、今の俺はいない』

お「…………随分と買い被ってんねぇ」

『ほ、本当だってッ…! 更生しようって思ったんだ、ちゃんと変わろうって思えた………。おそ松の、おかげで……』


 素直に見つめる眼差しは、大きな慕情がヒシヒシと現れ出ている。

 リュウジから視線を外したおそ松は、目を閉じて口元だけ微笑ませながら話を続けた。


お「それで、お礼って何してくれんの?」

『えっ………………?』

お「飯はもう十分奢ってくれたしなぁ…お礼ってのも、もう有難ーくちょうだいしましたね〜」

『…で、でも俺はまだお礼し足りないくらいでッ…!』

お「───だったらさぁ、」


 おそ松は再び目を開くと、憧憬の眼差しを向けるリュウジに笑いかけて言い放つのだった。



お「さっきの続きしてくんない?」





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