【 おそ松さん -2- 】

□松12枚
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 夕日が街を照らす中、アルバイトを終えたリュウジは公園で暇を持て余していた。


『何でこんな集まってんだ?』


 その独り言は地面へ向けられている。
 彼の足元には2、3匹の猫が戯れており、数分前ベンチで休んでいる折にやって来たのだ。

 珍しく人懐っこいので、先程からずっと愛でていた。


『うーん…腹減ってのかもしんねぇけど、俺餌になるモン持ってないからなぁ』

一「…珍しいね。人見知りなヤツもいるけど結構懐いてるじゃん」

『それはまぁ昔から動物に好かれるというか…』

一「ふーん…」

『…………………………』


 その刹那、まるで時が止まったように固まったリュウジは声の元へ視線を移すと、思わず尻もちをついて声を荒らげた。


『いいいいいいつから居たんですかッッッ!!?』

一「…え、何その反応。普通に話してたのに」

『そそそれは条件反射でッ…』


 音もせずにやって来たのは一松だった。
 いつの間にやら隣に居座っていた彼は、何食わぬ様子で猫を撫でている。

 ここまで驚いたのは随分と久しぶりだと思ったが、最近ではおそ松にも驚かされている事が幾度かあるため、少しはがり耐性がついているのかもしれない。

 むしろ六つ子は前触れなく現れるのを好んでいるのかと考えてしまうほどである。


『………もしかして一松が餌やってます?』

一「…何で?」

『いや、この懐いてる感じを見る限りそうかなって』

一「まぁ偶にあげてるけど…」

『だからこんなに居たのか…。本当に猫が好きなんですね』


 合点がいき頷くリュウジは、周囲を猫で覆われる一松を見てそう応えた。


一「…………………」

『……? 何ですか?』

一「…キミだって好きなんじゃないの、猫」


 どうにも直視しにくい半目で見つめてくる一松が、唐突にそのような事を発したので疑問に思った。

 好きか嫌いかで言えば、もちろん好きではあるのだが、彼の前でそうだとほのめかすような所を見せた覚えはない。


『そうっすけど………よく分かりましたね』

一「動物に好かれるって言ってたし」

『あぁ、なるほど…』

一「…………………それに見た事あるから」

『えっ?』


 ボソリと囁いた言葉が聞き取れず耳を傾けたのだが、一松はそれ以上口を開かなかった。


『……………猫か、何かデジャブだな』

一「…何それ」


 今度はリュウジの呟いた声に反応し、聞き返す。


『え、あぁ…その、何というか………猫には思い入れがあるっていうか…。まぁその、相応の思い入れみたいなのが』


 リュウジの頭で思い返されるのは、半年前の光景だ。
 足を洗うきっかけをくれたあの日──今でも鮮明に思い出す事の出来るあの瞬間にも、今と同じように猫がいた。


一「…………先入観って、くだらないと思う?」

『……………………えっ?』

一「……根は優しいんだろうなっていう、勝手な思い込み。それって気持ち悪い?」

『……………………』


 自身の手に寄ってくる猫を愛でていたリュウジは、その手を止めてしまうほどの衝撃に襲われる。

 それはつい最近にも味わった類の感覚だ。

 おそ松にストラップを見せられたあの瞬間と、全く同じ感覚に襲われていた。


 何故なら一松が発したその言葉に、非常に聞き覚えがあったから。

 それもたった今思い返していた光景───あの時に聞いた言葉、そしてその問いの意味が、頭の中でリンクする。


『……………ぇ……と………』


 これはただの偶然なのか、それとも───。


 高鳴る鼓動と、巡り巡る頭の中が混乱してしまい、上手く言葉を発する事ができない。

 ゆっくり一松の方へ視線を移したリュウジは、彼の目がしっかりとこちらを向いていたので、息を呑んでその目を見つめ返した。


『……………ぁ、あの………』


 聞き返すという事が正しいのかは分からないが、リュウジはただ彼の目に応えたいと思った。


 ──しかし、リュウジの口が開くより先に二人の元へ第三者の声が掛かり、その応えは出来ずに終わる。


「おーい、お前。そこの黒髪のヤツ、お前もしかしてリュウジじゃね?」

『…………………』

「おーまーえーだーよ、パーカーの方じゃなくって。あぁーっ、やっぱお前リュウジじゃん」

「何お前、髪染めたんか?」

「優等生かよッ、似合わなさすぎだろ」


 そう言って笑い合う三人の男は、リュウジにとって見覚えのある人物達だ。
 一般的に見ても風情が良いとは言えない彼らは、半年前までリュウジと連んでいた連中である。

 彼らから隠すようにリュウジは一松の前へ立った。


「リュウジよーぉ、急に溜まり場も来なくなっちったしさ」

「だよなぁー、それもなーんも挨拶無しに」

『………………悪かった』

「やっぱさー、リュウジ居ねぇとつまんねぇのよ。何か空気悪いっつーの?」

「あれあれ、締まりが悪ィ」

「そーそー。リーダー張ってた奴が突然顔見せなくなって、他の奴らもまーぁ驚いてたんだわ」


 リュウジは心中で大きく嘆息した。

 彼らは恐らくケジメをつけて欲しいらしい。要は腹いせに殴らせろという事だ。

 さすがに二度と会う事は無いと思っていた訳では無い。
 覚悟の上ではあったが、今はあまり良い状況ではなかった。

 戯れていた数匹の猫は察しが良いのかこの場を早々と去っており、それを確認してからリュウジは話を切り出した。


『分かったよ。話聞くからとりあえず場所変えてくれないか』

「さっすがリュウジー、分かってくれると思ったぜ。でもよぉ、それじゃつまんねぇだろ」

『何?』

「かぁーッ…こんな地味めなヤツと連むなんてリュウジも落ちぶれてんなぁー」

「つーかさっきからすっげー睨まれてんだけど」

「とーりあえず、お前も俺らとついて来いよなっ」


 リュウジの背後に立ち尽くす一松にヤジを飛ばす男達の一人が、彼の肩に手をかけたと同時に、その手を捻る勢いでリュウジが掴む。


『関係ないヤツは放っておけよ』

「ッ………」


 ドスの聞いた低い声と鋭い眼光に、掴まれた腕に痛みを覚え男は思わず怯んだ。


「………ハッ、何だお前。またそうやって命令するつもりかよ。勝手に抜けて俺らを見捨てたクセによッ」

『俺はお前らを見捨てたつもりもないし、リーダー張ってたつもりもない。何も言わずに居なくなったのは悪かったと思ってる』

「だったら落とし前付けろってんだよ!」

『だからそれは聞いてやるって言ってるだろ。関係ないヤツは連れて行くな』


 男達は半年前まで向けられていたリュウジの物言わせぬ視線が、変わらず自分達を言いなりにさせてしまう事に苛立ちを覚えていた。


「………………チッ、行くぞ」


 どこか納得のいっていない様子ではあるが、男達が歩き出したのでリュウジも黙って彼らに付いて行く事にした。

 さすがに一松に何も言わないのは申し訳ないとは思っていたものの、あまり見られたくはない光景なのでこの場を去る事が先決だと考えたのだ。


 しかし、歩を進めたリュウジの腕を、弱々しく握る手に引かれ足を止めざるを得なくなってしまう。


『────なッ………』


 先程から無言を貫いていた一松が、唐突にリュウジの腕を掴んで走り出したのだ。
 もちろん男達は真っ先に彼らを追いかけた。


「オイッ! 逃げんじゃねぇ!!」

『い、一松…!? 何してんだ!?』

一「……………………」


 その問い掛けに応じる事は無く、普段から走る事をしていない一松は、時折覚束無い足取りを見せながらも走り続けていた。



───


 裏通りや抜け道に やけに詳しい一松の甲斐があってか、簡単に男達を撒いた二人。

 足を止めた頃には、一松はかなりの酸素不足に陥っている様子だった。


一「ハァッ、ハァ、ハァ………」

『………………あの、何で急に………』


 聞きずらい状況ではあるが、リュウジは気になって仕方がなかった。

 常識的に考えて、巻き込まれるなど以てのほかな状況だった為に、一松は直ぐにでもリュウジ達があの場から去ってほしかった筈である。

 しかし自分自身だけではなく、リュウジを連れて彼は逃亡を図った。
 リュウジには、その意図がまるっきり読めなかったのだ。


一「……………ハァッ、ハ………だ、だって、あのまま行かせたらッ……ヤバい状況だったし……」

『いや……これは俺のケジメみたいなモンでしたし、それに殴り合いとかはしないつもりで。アイツらに好きなだけ殴らせて満足させれば済む話だったんで…』

一「そんなの、ダメでしょッ……」

『………え、な、何でですか』

一「…殴られに行くキミを、何で見過ごさないといけないわけ……」

『……………………』


 その刹那、身体全体を雷が走ったような感覚に見舞われるリュウジ。
 無意識に身体を強ばらせていた。


一「い、いや、お、俺に踏み込む権利なんて無いけど……か、勝手に体が動いてて…」

『…………………ぁ………ありがとう…ございます…』

一「えッ……ま、まぁ…出しゃばったりして、迷惑じゃなかったなら…」

『…………迷惑な訳、無いじゃないですか』

一「迷惑でしょ……俺みたいな人間に腕掴まれたりして…」

『何すかソレ……俺は一松を迷惑とか一ミリも思った事ないですって』

一「………………ハハッ、お世辞」

『…………ほんとに迷惑なら、初めっから腕振り払うし…』

一「……………………」


 他人に自分の存在を認められる事になかなか慣れていない一松は、それ以上言いくるめる術を持っていなかった。

 リュウジは困った表情を浮かべる彼の顔を見ると、気が抜けたようにその場にしゃがみ込んで自身の顔を腕で包ませる。


『………〜〜〜ッッ、あの………さっきの続き…いいですか』

一「……………何、続きって」

『………………どうして俺が…猫を好きだって、思ったんですか……』


 それは先程も聞いた質問だが、リュウジは以前とは全く違う感情だった。
 敢えて同じ質問をしたのも、確信的な意図があるからだ。

 一松も、顔は見えずともその様子はどことなく伺う事ができた。
 おそらくリュウジはわざと顔を隠したのだと、恐れながらそう考えていた。


一「………………餌やってたの、俺だけじゃないでしょ」

『ッ…………!』

一「……最近は、無かったみたいだけど」


 リュウジは顔を伏せたまま、目頭が熱くなるのを感じた。


『………………餌…やってたのって、半年前くらいなんですけど』

一「…………俺は他人と話すのなんて滅多にないし、覚えてた」

『………えっ……じゃあ…いつから、ですか?』

一「……………割と最初の方」

『……………はっ?』

一「おそ松兄さんが連れて帰って来た日に、何となく気付いてた……」


 思わず顔を上げ、隠そうとするのも忘れるくらい高ぶりを覚える。


『……………ほ、本当に………?』

一「…………こんな事、俺に言われてもムカつくだけだろうけど………髪、黒い方が良いと思う……」

『……ッ…………』


 唇を噛み締めたリュウジは、耐え切れぬ感動に今度こそ喉が焼けそうになっていた。

 同じような感情をおそ松と話した時にも感じたが、確実に違う感動だと思った。
 現に目の奥が熱くなっているのが物語っている。

 一松に対して感じていた既視感は、これだったのだ。

 彼こそが、もう一度会いたいと切実に願っていた人物だった。


一「えッ………」

『ぅ……うぅ………ッ……す、すみませ……』

一「ぇ、いいいやいやッ、何泣いてんの……こんなクズの前で泣いたりしたら弱味握られておしまいだよ」

『お、俺っ、嬉しくて……ずっと、お礼を言いたくて、ッ……』

一「……………お、お礼?」

『…一松のおかげで、俺は…っ、ちゃんと踏み出せたから…』

一「ははッ、何それ大袈裟すぎ……俺なんかに何言ってんの…」

『……ほんとに、感謝っしてるんです…。あの時の俺は、全然…人の暖かさとかっ…優しさなんて知らなくて…。誰かに手…差し伸べられるなんて事、初めてだったんですッ……』

一「………………」

『ずっと………ッ、ずっとずっと、ありがとうって、言いたかったから……』


 泣きじゃくるリュウジを見下ろす一松は、呆然とその姿を見ながら驚いている事はもちろん、自分でもよく分からない感情を味わっていた。

 赤の他人が自分の為にこうも涙を流し、よもや御礼を言うなど経験した事などない。

 感じたの事ないこの気持ちが何なのか歯痒く思う。


一「………………俺、は………」

『………ぅ……グスッ…………』

一「……………また、会えて………嬉しい、かも」

『………ぇ………?』

一「………リュウジにまた会えて、嬉しい…気がする」


 自然と吐き出された自身の言葉に、そこで初めて納得をしたような気がした。

 今感じている気持ちは、歓喜なのだと───どこか他人のように思えたのだった。



『名前……初めて呼んでくれましたね』





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