【 お そ 松 さ ん 】
□第三マツ
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夜、草木も眠る丑三つ時。
川の字でぐっすり眠る六つ子。
その三男であるチョロ松はのそりと起き上がる。
チ「眠れない……」
珍しく寝付けないため、ホットココアでも飲もうと台所へ向かった。
第三マツ
一階に降りたチョロ松は、台所の電気が付いていることに気付く。
全員寝ている筈なのに何故だと恐る恐る台所に近付いたチョロ松は、こっそり覗き込んで安堵した。
チ「何だ…サカキさんか。泥棒でも入ったのかと思いましたよ」
『おー、三男か。安心しろ、この家には盗る価値がある物はない』
台所にいたのはサカキだったのだ。
失礼極まりない発言をする上、優雅に本を片手に緑茶を注いでいる姿に、チョロ松は安心感を覚えると同時に感心していた。
チ「家政婦初日で凄い寛いでますね…」
『お前も飲むか?』
チ「あ、お願いします」
急須から流れ出る緑茶を見ながら、チョロ松はもう一つ感心した事を伝えた。
チ「もう僕達の見分け付いてるんですね」
台所に来た瞬間、サカキは迷うこと無く自分を『三男』と呼んだことに、少し驚きを隠せなかったのだ。
『見分けるも何も、どう見たって別人だろ。はい、お茶』
チ「ありがとうございます。いや、普通の人なら見分け付かないですよ? 同じ顔ですからね」
『全然違うと思うけど』
チ「どこがだよっ!!」
チョロ松が言うように六つ子の顔は全く一緒であり、実際に今まで何度も呼び間違えられた事もある。
出会ったばかりで、それも全員で顔を合わせたのも数時間しかなかった筈だ。
その小時間で全員の名前と顔を覚えたと言うのは、なかなか信じ難い事実である。
『チョロ松君は一番分かりやすい』
チ「え、そうですか?」
『存在感がない。何の特徴もない。童貞のオーラがプンプンしてるからすぐに分かるのだよ』
チ「虐めなの!? 酷くないそれ!!」
『本当の事ではないのかーい?』
チ「うッ…否定は、しませんけど…」
『でも一番常識人だし、話しやすい。たぶん話していて最も楽しめる相手だと思ってる』
チ「えっ…?」
『だから降りてきたのがチョロ松君で良かったとホッとしてるんだよ。四男が降りてきてたら俺は即座に熱湯をぶっかけていただろう』
チ「そ、そうですか…」
『あと反応が素直で可愛い』
チ「可愛いってなんだよっ!!」
『それにチョロい。さすがチョロ松』
チ「いや何上手い事言ったみたいにニヤけてんの!? 全然面白くないしチョロいってどういう事っ!!?」
『ちょっと褒めたらすぐツケ上がる』
チ「別にツケ上がってないから!! 普段そういう風に言われないからちょっと反応に困ってるだけだからね!?」
『わー、素直。可愛い可愛い』
チ「バカにしてんだろッ!!!」
互いの熱が相反して話が噛み合っているのかいないのか曖昧な状態である。
最も、サカキは思った事を口にしているだけで、一々ツッコまなければならないチョロ松とは違い、感情のブレなど一切無いのだが。
『夜中にデカい声出したら近所迷惑じゃない…。静かにしなよ』
チ「誰の所為だと思ってんだ!!」
『ま、それだけ叫べば十分でしょ。早く寝なさいチェリー松君』
チ「チェリー松って言うなっ!! 自分で言って面白がるのやめろニヤけるな!!!」
最早ツッコミ所満載のサカキに、既にチョロ松は息を切らしていた。
これ以上相手をしていても疲れるだけだと判断し、緑茶を飲み干して素直に寝室へ戻る事にした。
チ「全くっ…叫び過ぎて目が覚めたわ!!」
『チェリー松くーん』
チ「チェリー松って呼ぶなって何回言わせりゃ気が済むんだよッ!!」
『俺、そっちの方が好きだから』
チ「はっ……?」
急にヘラヘラしながら何を言い出すのだろう。
チョロ松は訝しげにサカキを見つめた。
『変に着飾って敬語使われるより普通に接してくれた方が嬉しいんですよ?』
チ「えっ……」
『それと“さん”付けもいいから。チョロ松君』
考えが読めないとは正にこんな事だ。
満面の笑みでそう告げたサカキを見て、チョロ松はそう感じた。
『んじゃ、おやすみー』
チ「えと、お、おやすみ……サカキ」
どこか恥じらいを覚える自分を不思議に思いながら、チョロ松は部屋をあとにしたのだった。