【 お そ 松 さ ん 】

□第四マツ
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『にゃーー』


 低音ボイスで吐き出される猫の鳴き声は、決して可愛いとは言えないマネ声だった。


『猫サマ、君はどこから入ってきたんだい』

〈ニャーッ〉

『ニャーじゃなくて日本語を喋っておくれよ。可愛いけどさ。可愛いから許すけどさ。コノヤロー可愛いなコノヤロー』

〈ウニャーッ〉

一「…………」

『……一松君、いたのなら声をかけてくれよ俺痛い子じゃない』

一「話しかけたくなかっただけだよ…」

『傷付くよ』

〈ニャッ!〉


 それはサカキが部屋を掃除していた時に起きた出来事である。

 いつの間にやら侵入していた猫と戯れていた所、いつの間にやら背後に四男、一松が鎮座していたのが数秒前。




 第四マツ





『そのゴミを見るような目で俺を見るなよ。怖いよ』

一「…生まれつきだから。それにゴミは俺の方だから安心しなよ」


 駆け寄る猫を撫でながら、一松は呟く。


『え、ゴミ? どこに?』


 わざとらしくキョロキョロするサカキに一松は言葉を続けた。


一「俺だよ。だってこの年で働いてないし働く気もないし。人間のクズだよ、ゴミだよ。リサイクル不可のゴミだから…」

『はあ? 何でだよ』

一「………」

『一松君はちゃんと生きてるし全然ゴミじゃないでしょ。仮にゴミだって言うなら、そのゴミに触られてる猫サマが可哀想ですよー?』

一「それはっ……」

『自分を過小評価しすぎるのは、大切な人にとっても失礼だよ。分かりました?』

一「…………まあ、少し」

『可愛くないな!』

一「良い事言ったみたいにドヤ顔してるけど、全然響いてきてないから」

『ニヤけてないし君はもうちっと素直になりなさいね』

一「余計なお世話だよ…」

『余計なお世話でさらに口出しするけどな、一日一日を一生懸命生きてるだけど十分立派だと思うぞ』

一「努力なんてしてないけど。ただなんにも考えずに生きてるだけだから、クズだし…」

『そうやってすぐ悲観的になるなっての。言わせてもらうけど一松君は全然全くもってこれっぽっちもクズ人間なんかじゃねえからな』

一「はっ? どこが…」

『だって猫サマに餌あげちゃう優しい人じゃないですかー。撫で撫でしちゃう優しい人じゃないですかー』

一「…………」

『少なくとも、その猫サマは一松君のおかげで生きていけてるもんでしょ。現にこうして家まで来るくらい一松君の事が好きなんだよ』

一「それは餌が欲しいだけで……」

『はいはい、せめて友人の行動は否定しちゃいけませんよ?』

一「意味わかんねえ……」


 淡々と説教を駄弁ったサカキに冷たく言い放つと、一松は猫を抱き抱えた。


一「別に俺、友達いないわけじゃないから。作ってないだけだし…」

『あ、もしかして傷付いた?』

一「そういう訳じゃないっ」

『一松君、他人が怖いなら良い考えがあるよ』

一「怖いなんて一言も言ってねえし…」


 一松は目線を合わせるようにしゃがみ込んだサカキに少したじろぐ。

 そしてサカキは感情を伺えない声色で言葉を発した。


『俺が友達になってあげるよ』

一「………………はっ?」

『俺が友達第1号になるって言ってんの』

一「え、いや、意味わかんないんだけど…」

『何故? 俺は素直に友達になりませんかって誘ってんだぞ?』

一「別にいらねえし…」

『そんなひねくれないでさあー、俺と友達になっておくれよ』

一「だからいらねえって…、あと近いんだよ!」

『友達ならボデータッチも良いのであるぞ。そーれ、触ってやるー』

一「やめろっ! 抱きつくな!!」

『どうせ他人と触れ合った事もないんだろーう? ウブな反応だね』

一「うるせえっ!! さっさと離れろ!!」

『そーれコショコショしちゃうぞー』

一「やめろこのキザ野郎ッ!!」

『え? 俺そんな風に思われてんの? まあいいけど』


 抱き枕を思いきり抱きしめるの如く、羽交い締めされていた一松は急に離れたサカキに思わず拍子抜けする。


『じゃ、俺掃除しなきゃいけないから、またねー』


 そう言って颯爽と部屋をあとにしたサカキ。

 まるで突然現れた竜巻が、周囲を大いに巻き込んで去っていったかのようだった。


 しばらく放心していた一松は、そばに居た猫が自分の指を舐めてきたのでようやく肩の荷を下ろす。

 未だ残る他人に抱き締められた感覚をムズ痒く思いながら、静かに呟いた。


一「暖かかった……」



───


チ「あれ、どうしたの? サカキ」


 廊下で一人、壁に頭を突いて立ち尽くしていたサカキを見つけたチョロ松は、怪訝そうに声をかけた。


『あー、チョロ松君』

チ「な、なに…? そんなにニヤニヤしないでよ。気持ち悪いよ?」

『全く心を開く気配がないかと思いきや蓋をこじ開けたら素直な良い子だったんで面白くて笑いが止まらないんだ』

チ「全然意味が分からないんだけど…。野良猫でも拾ったの?」

『まあそんな感じ』

チ「分かったからニヤけるのやめなよ、本当に気持ち悪いから」

『いやー、人を見た目で判断しちゃいけねえんだと知ったよ』

チ「話を聞く気がないんだね」

『あ、今日の晩飯何がいい?』

チ「自由すぎるだろっ!! 普通に鍋でいいよ!!」

『じゃあシチューにするね!』

チ「何の為の質問だったの!? 俺の胃袋が弄ばれたよっ!!?」



 
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