【 お そ 松 さ ん 】
□第十七マツ
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お「ふあ〜…眠ィ……」
『いや、今何時だと思ってんのよ。お前らに朝というものは存在しないのか』
ト「朝は寝過ごすために存在するんだよ、サカキ」
『それもうアカン発想ですよ』
今日も同じく昼前に起床した六つ子。
サカキも文句を言う割に彼らを起こそうとはせず、時間を見計らって食事を用意しているところ、かなり甘やかしているのだろう。
カ「フッ…朝日が俺を照らすには少し輝きに欠けるのさ」
『……全くもって理解できないんだけど』
十「サカキ、お腹減った!!」
『ちゃんと用意してあるっての。お前らの食欲は尋常じゃねぇもんな』
朝食というより昼食を取り始めた六つ子を見つめながら、サカキは心の中でボソリと呟いた。
──本当にないんだな、記憶……。
先程も、カラ松はここ数日の記憶がないと兄弟にボヤいていたのだ。
彼の言っていた通り、薬が効いていた時の記憶は全て消えるらしい。
サカキのとって気にしようもない問題だったのだが。
──俺だってあんな真正面で告白された事ないのになぁ……。
例えそれが薬の影響であっても、カラ松の熱い思いは確かに伝わっていた。
もちろん驚きもしたが、感銘を受けたのも事実だ。
一「…ねえ、食べないの」
一松に声をかけられ、サカキは我に返った。
『食べますよ』
──まあ、考えた所で仕方がないんだけど。
第十七マツ
お「あれ、サカキは?」
チ「用事があるって出て行ったけど」
お「えぇー? パチンコ行く金集ろうと思ったのにぃ…」
チ「本当に最低だからいい加減やめなって」
カ「フッ…俺もカラ松ガールズに会いに街へ繰り出すか」
ト「でも珍しいね。買い物に行くだけならいつも何も言わないしさ、何か特別な用事でもあるのかな」
お「……もしかしてデート?」
ト「……男前だから否定できないっ」
十「え? でもサカキ、恋人いないって言ってたー!」
お「そうなのか!? 十四松…お前いつの間にそんな事聞き出してんだよ…」
十「うーんとね、他にも色々してるー!」
ト「色々!? 色々って何ッ!? もう怖いよ十四松兄さん!!」
カラ松は自称パーフェクトファッションに着替えるべく二階へやってきた。
するとソファの上にいつも自分が着ているパーカーが置かれており、何故だと不思議に思いながらも収めようと手に取った。
同時に一枚の紙がパサりと落ちる。
カ「? 何だ?」
メモ用紙には綺麗な字で短文が書かれていた。
──"俺なりによく考えてみた。だから待ってます。"
カ「…………?」
全くもって身に覚えのない手紙だ。
宛名を間違えたのかそもそも悪戯なのか、カラ松は少し考えたが、メモ用紙をポケットにしまうと着替え始めるのだった。
──
時刻は夕方を過ぎようとしていた。
既に夕日が沈むのも間もない時間帯に、カラ松は帰宅した。
ト「おかえり。…って、うわ。カラ松兄さん顔ボコボコじゃん。また女の子にちょっかい出したんでしょ」
カ「カラ松ガールズも素直じゃなくてな」
ト「あっそ」
お「腹減ったー……」
カ「……このメモを書いたのって誰だ?」
冷蔵庫に貼られた紙切れ一枚を手にしたカラ松の問いかけに、おそ松がサラリと答えた。
お「サカキだろ。俺たちが勝手に飯を漁らねぇように貼ってんじゃね? てかそもそも俺らの冷蔵庫だかんね」
その紙切れには、「六つ子の勝手な使用禁止」と書かれている。
その文字が、昼間に見たあのメモ用紙の字と一致していたのだ。
カ「(じゃあ、あの紙はサカキが書いたのか? 考えたって何だ…? 待ってるって…何か約束でもしたんだろうか)」
チ「それにしても遅いね、サカキ」
お「俺は空腹で死にそうだよー。早く帰ってこいよー」
ト「携帯に連絡してみる?」
お「おっ! 番号知ってんの?」
ト「知らない。みんなは?」
「「「「………………」」」」
ト「知るわけないよね」
お「何だよ! もう出前でも取ろうぜぇ」
既に六つ子の空腹は限界なようだ。
そんな中、メモ用紙をずっと見つめていたカラ松はふと、思い立ったように部屋を飛び出して行った。
ト「何事?」
お「うんこじゃね?」
二階へやって来たカラ松は、昼間にメモ用紙が出てきたパーカーを取り出し、暫しそれを見つめた。
カ「…………?」
──何が頭に突っかかっているんだ?
まるで何かが自分の首根っこを掴んでいるような感覚。
全くもって記憶に無いはずなのに、何かを忘れてしまっているのではないかと、そう感じている。
カ「……全く分からない」
一層解決しそうにもなく、カラ松は着替えることにした。
手持ちのパーカーに着替えた時、窓ガラスに映る自分の姿を見て、脳内で何かがチラつく。
──"俺、青好きだし"
カ「……?」
聞き覚えのある声と台詞が、ふと頭の中を駆け巡った。
カ「サカキ……?」
それは確かに覚えがある出来事だが、同時に全く身に覚えのない出来事でもある。
既に頭が混乱しそうだが、断片的に何かが頭をチラついていた。
──"気にしてなかったけど、カラ松君って意外と大きいのな。ちょっとダボダボ……"
カ「……」
──"今さらだけど、俺を家族にしてくれてありがとう、カラ松君!"
カ「…………ッ」
──"一番初めに俺の手を取ってくれたのって…カラ松君なんだよ"
カ「……そう、だったか?」
──"俺さ、カラ松君のこと結構好きみたい"
カ「……俺は今、惚れ薬というものに…身体を蝕まれている」
──"でもそしたら、カラ松君の恋愛感情は気のせいなんじゃ……"
カ「安心してくれ。薬の効き目も明日には消える」
──"な、なんかそれって、幸せなのかなあ……"
カ「最後に俺とデートしてくれないか?」
──"デート……?"
カ「ただもし記憶が残っていたら、もし……少しでも可能性があるなら、明日──噴水のあるあの公園で待っていてくれ」
最後に見たのは、彼の少しばかり戸惑った表情だった。
カ「───サカキ!!」
カラ松は気が付けば部屋を飛び出していたのだった。
慌ただしく二階から降りてきたカラ松を他の兄弟は不審に思い、声をかける。
ト「どうしたの、カラ松兄さん? そんなに慌てて…」
カ「悪い!! 少し出てくる!!!」
お「何だよ財布でも落としたのか? 出ていくならついでにツマミも買ってきてー」
チ「……もういないけど」
お「……何なのアイツ」
──
カ「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
カラ松は全力疾走で公園に向かっていた。
サカキが待っていると思ったからだ。
確かにあの紙には「待ってる」と書かれていた。
昼間には既に家を出ていた。
ならば、彼は昼から今まで──ずっと待っているのではないか。
──俺が、あんな約束したからッ……。いや、違う。昼間に話した時に気付いていた筈なんだ…。俺に記憶がないって。それなのに、サカキはきっと今もッ……。
カ「……ウオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!」
込み上げる気持ちを表すには、今のカラ松にできるのはこうして叫ぶ事しかなかった。
───
『あ〜、雪降ってきちゃったよ?』
ポソリと呟いたサカキは、既に冷えた手をポケットに入れて苦笑いを浮かべた。
『何やってんの? いやいや、何時間も待っちゃってさー……アホみてぇ』
夕日も沈み、街は夜を迎えようとしている。
ベンチに座ったまま、何時間が経過したのか、周囲には人っ子1人いなかった。
『………………帰るか』
どこか寂しげに声を漏らしたサカキは、立ち上がると帰路へ歩を進めようとした。
だがそこに、息を切らせた声がサカキの背中にぶつけられる。
カ「サカキ!!!」
『…………』
カ「ッ……ハアッ、ハアッ……」
『……カ、カラ松…君……』
そこには、肩を上下にさせてこちらを見つめるカラ松の姿があり、相当急いでやって来たのが目に見える様子だった。
『……ハハッ、来たんだ』
カ「ッ…はあっ、すまない、サカキッ…」
『そんな無理に喋らなくていいよ。飲み物でも買う?』
駆け寄って支えようと差し伸べた手を、カラ松に握られサカキは息を飲んだ。
カ「悪いッ……長く、待たせてしまった……」
『……へ、平気だよ。ていうか、記憶戻ったの? 凄いじゃん』
カ「サカキ……どうして、待っていてくれたんだ?」
『えっ……』
これが同情だけなら、果たして長い間待ち続けられるのだろうか。
カラ松はそう思い、問い掛けたのだ。
『……そ、れはっ……』
カ「…………」
『……う、うまく言えないんだけど、最初は、ちょっと変わってるなって。でも根は優しくって、話せば普通の人なんだって分かったんだ。それで、結構好きなのかなって思ってたんだけど……だけど、その、こっ告白されてから色々考えてみたんだ。そりゃ誰でも告白されたらドキドキするだろうし、嬉しいんだと思う。俺の場合……酷く、動揺していたんだ』
サカキの口から吐き出される言葉一つ一つが、カラ松の心に突き刺さっている。
それでもカラ松は黙って耳を傾けた。
『もし、そんな思いを抱いちゃったら、それって家族じゃないし。他の兄弟とも何か違うのかなって。でも俺、カラ松君とギクシャクするのも嫌だし、何かよく分からないんだけど……』
そこでサカキは、顔を上げ微笑を浮かべながら答えた。
『こんな風に悩んじゃってる時点で、俺カラ松君の事好きなのかなって』
それは恥じらいも含まれる笑顔であった。
『あ! でもでもっ、所詮カラ松君は薬の所為…な訳だし、たぶん今さらオイッて感じだろうしさ、これだけ伝えておきたかったんだ』
カ「………………」
『カ、カラ松君……?』
こちらを見つめて固まるカラ松に、さすがにサカキは心配になる。
『カラ松君、大丈夫……って、え!? な、泣いてる!!?』
カ「ッ……う、嬉しいんだ……!」
『嬉しいって……で、でも薬切れたんじゃないの?』
カ「好きでもないのに全力疾走でここまで来ないだろう」
『……そう、だけど』
カ「本当に、俺でいいのか……?」
『えっ……!?』
まじまじと問われると、どうにも恥じらいが増してしまう。
その上涙目で訴えられるものだから、直視できずにいた。
『……えっと、その、俺で良ければ……お、おおお願いしますっ……』
視線そっちのけで頬を染めながらそう答えたサカキに、カラ松は感激のあまり大号泣したのだった。
──
お「はあっ!? 今日は帰らない!!?」
〈うん、だから適当に出前でも取って食べといて〉
ト「ちょっとサカキ! 急に飛び出したかと思えば何? ひょっとして女の子〜?」
〈ハハッ、違うよ。あ、カラ松君も今日は帰らないみたいだから〉
お「なんでそんな事お前が知ってんだよ?」
〈さっき会ったの。じゃあ、もう切るよー〉
お「あ、オイッ! その代わり明日は鍋だかんなっ!!」
〈はいはい〉
電話を切ったサカキに、おそるおそる声を掛けるカラ松。
カ「ほ、本当に今日は帰らないのか?」
『ん? うん、だって何か他の兄弟に邪魔されたくないっていうか……って変な意味じゃないからね!? たまには二人でご飯食べたいなって』
カ「そうか……」
『……じゃあ、行こっか。カラ松君』
カ「ッ……」
何食わぬ顔をして手を握ってしまうサカキは、やはりこういう事には慣れているのだろうかと思いつつ、またそれもいつか聞けばいいと──カラ松は手を引かれたのだった。