お題20 それは甘い
□2、3センチ
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2、3センチ
彼女が出した条件は、自分と戦闘を行って傷1つ付ければ破棄できるというもの。そして、制限時間はユーリと俺で10分ずつ。本人は早く町を見て回りたいと溢していた。
ユーリは俄然やる気を出して、今すぐにやろうとソファーから立ち上がる。勝つ気満々なのは誰の目から見ても明らかだ。
いいですよ、貴方の剣術も見てみたいですし、と変わらない無表情だがわずかに嬉しそうだ。
女性に、しかもこんな幼い子に剣を向けるなど後にも先にも無いと思っていたが仕方がない。彼女がそうしないと破棄をさせてくれないので、と心中で板挟みにあう。
「じゃあさくっとやっちまおうぜ、広場まで案内してやるよ」
「私もついて行きます!」
『構わないです』
3人は立ち上がるが、フレンが何故か動かない。何か考えている様子だったが、何を考えているいるのだろう。
『…フレン・シーフォ』
「は、ぃ…?…はぃい!」
自分が待たせている事に気付いたのか、ソファーが揺れるくらい勢いよく立ち上がる。3人ともよくわからなかった。
ユーリの名前が呼ばれた時、自分の名前が呼ばれない事にほんの少し落胆している自分がいた。なぜ?どうして?ただユーリの方がきっとよく喋ったからだ、僕は黙っていたから…。
4人で仲良く部屋を出て町の広場に行こうとするとルーシェは従者に止められたが、軽やかに振り払って城を出る。
ユーリは相変わらず下町で人気のようで、広場に行く途中途中で町の人に声をかけられていた。ちらりと後ろに率いている女性陣を見ると2は自分達の話に花を咲かせている。
「ユーリ、ホントにやる気かい?」
「俺は本気だが?それで面倒な依頼が無くなるなら、やってみせるさ」
すごくご機嫌のユーリは幼く見えて、視線を前に外す。しばらく歩くと広場に着いて、ユーリとフレンの顔付きが変わった。
4人に気付くと町の人々は気をきかせて、様子を見てざわざわしながら散っていった。見物人やら野次馬が広場の隅に寄り、エステルが審判としてまずユーリが構える。
ルールを適当に決めて、エステルが時間を計る。
「スタート!」
「行くぜっ!」
開始と同時に地面を蹴ってルーシェめがけて走り出す。ルーシェは至って冷静に、術を唱えた。衝撃波を撃って怯ませようてするが簡単に交わされた。
『アイリス・ラエビガータ』
術が来る!と後ろに飛ぶも、ルーシェの周辺に魔方陣が広がるだけで何も起きない。おそらく自分に補助魔法をかけたのだろう、それは厄介だ。
素早い動きで叩き斬ろうと剣を降り下ろす。しかし、バチチと途中で火花を散らして見えない壁によって弾かれる。先程の魔法だろう。
ルーシェは目を開けてユーリを見る。ユーリはその仕草にピクリと反応するが、構わず剣を振るう。それはさながらジャグリング、ピエロが投げるより鮮やかな手捌きで幾重にも斬るがルーシェには触りもしない。
一旦引いて、距離をとった。
「あんたその術なんだよ、全然当たんねーな」
『お褒めに預かり光栄です』
「褒めてねぇっつーの」
ルーシェ足下を見るとまだ魔方陣が浮かび上がっている。くそ、と毒付きこんなのに時間を食ってる暇はない。いつ終わるんだ。
ジャリと砂を踏んで、再び挑む。今度は切りつける素振りは見せず、魔方陣目掛けて剣を突き立てた。それは光を失って、効果が切れたように見えて剣を抜きルーシェに斬りかかる。
小動物が逃げるかのように後ろに下がり、剣を避ける。ニヤリとするユーリとは対称的に、ルーシェの瞳に雲がかかった。
「これでもうその厄介な術は使えねぇな」
『そうですね』
しかしルーシェはどこ吹く風で、まるでこうなる事を予想していたような。勝ちも同然だな、とユーリは言って手加減してルーシェの服を切ろうとした。
同時に、エステルの声がかかる。
「ストップです!」
「げっ、マジかよ…」
「ユーリ、残念だったね」
ぺこりと恭(うやうや)しくお辞儀をして、立てていた杖を横にもつ。ユーリからフレンに替わり、エステルが2度目の開始の合図をかける。
ルーシェは今度は魔方陣を引かず、向かってくるフレンを目で追う。切っ先は致命傷から外れているも、切り裂かれる事に変わりはない。ヒュンと風を切る音は聞こえるが、一撃を与えられない。
まるで切る軌道がわかっているような避け方に、フレンはハッとする。きっと彼女はわかっているのだ。一旦引き、また構える。
『私は戦士の前に、占い師です』
「…そういうことですか」
フレンの足下に魔方陣が輝き、ファイヤーボールを打つもやはり交わされる。剣術も魔法も打つ手なし、一撃すらできないようだ。
勝負あったかとルーシェは彼に近付こうと歩いたら、フレンが向かってくる。ルーシェがトドメの魔法を自分にかけて、フレンはルーシェを捉える。
『フレン』
「っ!?」
切りかかろうとしたが、間一髪で後ろに飛び退く。それを見ていたエステルとユーリは不思議そうな顔をした。フレンは先程とは人が変わったように、動揺していた。
『フレン』
「ユーリ…!?」
「フレンのやつ、何言ってんだ?」
「さぁ…」
一振り、ルーシェが杖を振るだけでフレンは膝から崩れた。エステルとユーリが行こうとするが、まだ時間が終わっていないと目で止める。
ルーシェは肩に手を置き、フレンの耳元で囁き後ろに下がる。フレンは立ち上がり、肩を震わせて激昂(げっこう)する。
「貴様ぁあ!!」
大きく剣を振り翳(かざ)し、ルーシェを真っ二つにしようと風を切る。それは風しか切らず、虚しく地面に叩き付けられる。
『あと3センチでした』
それからは動作の大きい技ばかり使うのでルーシェは難なくかわし、時間切れとなった。ユーリの伸びるため息が空に溶けて、フレンが微妙な顔をしていた。
フレンに聞きたいことがあったが妙に話しかけずらいオーラを背負っていて、うやむやになってしまう。エステルは嬉しそうに下町を案内しようとするが、正式に依頼が受けられたことを報告しなければならないとルーシェが言う。
『2人で行くわ』
エステルが皆で行こうと提案するが、ルーシェが2人で行くと言いだした。フレンと目が合うと、すぐに視線を逸らしいたたまれないと言うような顔をした。
『フレン、一緒に来て下さい』
「…わかりました」
若干渋々とルーシェの後についていき、ユーリとエステルを置いていく。2人の頭の上にはクエスチョンマークが浮かび、互いに見合ってわからないことを互いに確認した。
2人で歩いて、フレンは石のように黙り込んでいる。やり過ぎたかな、と少し後悔するもすぐに開き直った。無言で城に帰り付き人に報告し、またもと来た道を歩いていく。
「どうして僕なんですか」
『貴方がそんな顔をするからです。もし、また自分と誰かを比べ劣等感に苛(さいな)まれ、自己の軸が揺れるような事があれば、貴方は失います』
何が、とはルーシェは言っていないが占い師と言うだけあって根拠もないのに説得力はある。フレンは目を見開いて彼女の背中を見るが、一向に振り向く気配はなかった。
彼女はもしかして、その事を言うがために自分と2人になったのだろう。なぜか心の隅に、小さな期待が目覚めた。
3センチ
それは 近付けない距離
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