お題20 それは甘い

□3、指先
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3、指先

4人で下町を見て回り、ルーシェが入りたいと言う見せに入る。食器屋や武器屋、見るもの全てを珍しげに手に取って感触を確かめている。まるで、興味津々の子供のよう。

『これはとても壊れやすいです』

ルーシェが割った皿を弁償する羽目になったユーリに言うが、本人に悪気はない。それでいて透き通る黄色みがかった瞳で言われれば、怒る気が失せた。

「で、次はどこに行きたいんだ?」

『じゃあ、お腹がへったので何か食べれる店が好ましいです』

「へいへい」

向かいにあった酒場に入ると騒ぎ声が全身に浴びせられ、ビクリと後ろに下がる。後ろにいたフレンの胸に頭が当たりまた前に進み、辺りを見回した。誰がどう見てもそういう場に慣れていない。

促されるままに木製の椅子に座り、ユーリが注文するのを不思議そうに眺めていた。

「ルーシェはこういった場所に来るのは初めてですか?」

『ええ、エステルは?』

「私は2人と結構来てましたよ」

『よく城から抜け出せましたね』

ほわほわと周りに花を咲かせてルーシェに質問するエステルは、かなり仲が良いようだ。ルーシェも呼び捨てには気にしておらず、ほのぼのと会話している。

「おまちどぉ!」

『……』

驚いて声が出せないルーシェに他の3人は笑い合い、豪快に調理された魚料理をルーシェの取り皿に移す。最初は遠慮していたが、強い勧めもあり食べることに。いつもより軽い食器に緊張しつつ一口食べる。

『…意外に美味しいです』

「意外ってなんだよ意外って」

「まあ良いじゃないですか。はい、フレンの分」

「エステリーゼ様、それは僕がやりますから…」

少しずつ口に入れるルーシェをユーリは年下の妹みたいに微笑ましく、フレンとエステルは大きめの分ける用スプーンを取り合う。

エステルと食べさせ合うルーシェの結ばれていた口元が緩み、ふわふわの髪の毛に合っていて歳相応な感じがした。さながら、リスみたいだと男性勢は思った。

「占い師つっても案外普通なんだな」

『ですが、お姫様と同じ扱いです』

「…それは普通じゃないな」

「ルーシェ、他に行きたい所はあります?」

『まだ下町がみたい』


語尾が俺と話す時はいつもですます口調なんだが、エステルと話すときは外れている。そんなに親しいならエステルに…ってそれは無理だな。

置いてあった最後のパンにユーリとルーシェが同時に手を伸ばす。ちなみにルーシェのもう片方の手は別のパンを口に運び、それすら半分も食べていない。

「まだお前食べてねぇじゃねーか」

『もふもふ、ふもっふ、ふも』

「何言ってんだ…」

呆れてルーシェを見るとやはり無表情で、今度はパンからユーリの手に触れる。そういえばなんで手袋外さないんだとか、豪快に食べているくせに服を少しも汚さないのか気になる。

それら諸々に気をとられて手をパンから浮かせた隙に、抜き取られた。ルーシェをじっと見ていたら少し考えた後、半分に割ってユーリに渡す。それをエステルにこにこしながら見ていた。

食べて口元を上品に拭き、先程の戦いは何だったのかと聞きたくなる。椅子から降りて1人で行こうとするルーシェに慌てて3人は付いていき、ふらふらと店を覗く彼女に振り回された。

『ユーリ』

「ん?」

先に歩いていたルーシェは振り向いて、ユーリの手を掴む。手の甲をなぞり、くすぐったく手を観察しているルーシェは魔女みたいだ。

『ユーリの手は大きいです』

「あ?男なんてこんなもんだろ」


ルーシェがどうしてそんな事を言うのか全くわからず、つっけんどんに返す。でも男の手ってたいてい女にとっては大きいだろ、やっぱりわかんねぇわ。もしかしたら男に一度も触ったりまじまじと見たりがなかった、ってことなのか。ありえるが。

『危ない、ユーリ』

「は?……うわ!」

後ろの店で水をまくおばさんの水がユーリの足にかかる。あら、ごめんなさいねぇ、とのんきに謝るおばさん、このタイミングで言われてどう避けろって言うんだ、とユーリ。あいにくルーシェは一歩下がっていたので当たらず。

ほら、いったでしょう、と得意気になるルーシェ、はいなくてさっさと歩を進める鬼軍曹。チラリとユーリを見るも、エステルの手を引き早々に喧騒に紛れてしまう。フレンはずっとそこにいたが決断を迷ってその場に立ち尽くす。目が点になる2人は、ため息をついて2人を探しに群衆の中に入った。

ルーシェとエステルは城に帰ってきていて、付き人に旅立ちの準備をさせる。彼女達は腕を引かれるがままにエステルの部屋に入ると、着替えもせずベッドに寝転がる。

文通の内容を掘り下げてた話、情けない騎士2人の話しなどをして笑い合う。話がちょうど途切れた時にノックがあった。エステルがどうぞ、と言うと息巻いたフレンとユーリが入ってくる。エステルは起き上がり2人を迎えるが、ルーシェはベッドに埋まったまま。

「…もう寝てんのか?」

「えぇ」

「まるで子供のようですね」

「そういや、こいつ何歳なんだ?」

「さぁ…」

少なくとも10代何じゃないか、と合点がいく。背がユーリと頭1つ分も差があり、ユーリよりも年下だという結論に至った。飴色の細い髪はサイドにまとめられていて、くるくると緩く巻かれている。よく見たら肌が顔、首しか見えていなくて、あとは1枚布を隔てている。

3人でしばらく話して、エステルは別室、フレンは騎士団に戻るのでお守りはユーリとなる。寝るまでの暇潰しに机の上にあった本を手に取った。…すぐに戻した。

ベッドは1つしかないが大きめなので、寝ようと思えば寝れる。ルーシェを壁際に転がしてユーリもベッドに寝転がり、ふとんをかぶる。その時、ユーリの腕がルーシェの顔に当たった。

「なーんで俺がこんなこと…」

しにゃいかんのだ、と言おうとしたら嗚咽がふとんの下から聞こえてくる。呼吸できなかったのか、とふとんを持ち上げるとユーリはげっと声を出した。

赤ん坊がぐずるようにルーシェが声を漏らしていて、目尻から涙が肌を伝っている。どうしていいのかわからず、頭を撫でたりお腹をぽんぽんと優しく叩いたりする。しばらくの格闘の末手を握ると落ち着く事を発見した。

「なんなんだ…」

ホントにこれでは子供の世話じゃないか、それに泣いた理由が検討もつかねぇ。というか、手がちっせえな。柔らかいし、細くてスベスベだ…って何考えてるんだ俺は!

絹の上を滑るように落ちていた涙を指で拭って、寝ようとする。しかし繋いだ手が妙に気になって目が冴え、なぜか脈拍がおかしいような。渋い顔をしていたが結局眠気に背中を押されて寝付くことができた。



朝、ユーリが起きるとルーシェは既に起きたようでベッドにいない。ルーシェが寝てたであろう箇所を無意識で撫でて、何やってんだ俺は、と自分自身に呆れる。

部屋から出てエステルの部屋を開けたとき、今世紀最大にノックすればよかったなと後悔する。エステルがルーシェの服を選んでいる最中であった。つまり、ルーシェは肌着しか着ていない。

「ユーリ!あれほどノックしてと…」

『ユーリ、変態』

慌てるエステルはすぐにルーシェに大きいタオルを被せ、ユーリを出て行かせる。ドアの近くにもたれて、頭の中でルーシェの言った言葉が反芻ししゃがみ込んで頭をかかえた。




指先
アイツ、指も細かったな





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