お題20 それは甘い

□4、おはよう
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4、おはよう

フレンがやってきて、しゃがみ込んでいるユーリを不思議に思う。しかし聞いても何も答えてくれず、中から笑い声が聞こえた。

「エステリーゼ様、失礼します」

「フレン!失礼しては駄目です!」

エステルの声も既に遅く、フレンが開けた時に彼の脳内に伝達される。ドアノブを持ったまま固まるフレンに、ルーシェは魔法で水柱を作って追い出した。水圧によって吹き飛ばされ、背中を打ち付けたフレンは茫然と尻をつく。

ユーリはざまあみろ、と言うようにニヤリと笑ってフレンを見る。その意味を理解したのかフレンは猛烈な勢いで、ドアの奥に聞こえるように謝る。

「すいませんっ!エステリーゼ様!」

すがるような謝罪にユーリはおかしくて腹を抱え、大層生真面目な騎士をなだめる。捨てられた子供のごとく悲壮な顔になるフレンを連れて、エステルの部屋に入った。

すぐにルーシェとエステルが入ってきて、気まずい雰囲気になる。1人はピリピリと殺気立っていて、もう片方は申し訳なさそうに顎を引いて口をつぐんでいた。

「エステリーゼ様…」

『なぜエステルに謝るのです?』

ルーシェを見ると空中に水の玉が3つ浮かんでいて、まさかと冷や汗をかく。確かに見られたのはルーシェのはずだが、エステルに謝るのはお門違いというやつだ。フレンが小さい声ですみませんと言うと、水玉を2つフレンに飛ばす。そして最後の1つはユーリに。

「うわっぷ!」

『反省してください』

そう言って、今度は風の魔法で扉を開いて2人を吹き出した。背中を窓に打ち付け、2回目だなと呆れた。フレンは何がいけなかったんだと言いたげにユーリを見て、ユーリはその視線を無視した。

明らかにぶすっとしているルーシェは見た目相応の女の子で、乱暴に朝ご飯を食べていた。フレンは何か言いたそうだったが、我関せずと思うユーリは何も言わない。

「……すみません」

『許さないです』

「まあいいじゃねーか、見せるものなんてねぇんだし」

ユーリの不謹慎な発言が、まるで油ものをしている時に出た炎に水をかけるようなものだった。ルーシェはユーリ目掛けてフォークを投げ、彼はすぐに気付いて避けて後ろの柱に刺さる。ビィインとその勢いを示し、ユーリはまた食べ始めた。

そのフォークには、手のひらの大きさ位の蜘蛛が捕らえられている。

馬鹿にされてやり返せなかったルーシェは悔し涙を瞳に溜めて、手元にある食器を全てテーブルに刺す。注意する前に店を飛び出し、慌てて正義感からかフレンは飛び出すがユーリは無視。エステルも行こうとしたら、ユーリに止められた。

「追いかけないと…」

「フレンがいるから大丈夫だろ」

まだ食べているユーリの口に、無理矢理パンを捩じ込んで2人を追いかけた。



「どこに行くんですか!」

『ついて来ないで下さい』

「そうはいきません」

小さな手を掴むと、ビクリと震えて振り払おうと左右に揺れる。人混みのなか喧騒が耳から離れていくみたいに、音が遠くに行ってしまう。ルーシェは振り向いてフレンの腰に抱き着き、静かに涙を流した。頭に触れようと手を伸ばすと、彼女から悲痛な声が。

お願いだから、私に触れないで、と。それだけははっきり聞こえて手を止め、代わりに背中を撫でた。エステルが目の端に見えて反射的に路地裏に隠れ、ルーシェに泣き止ました。目を擦って赤く腫らし、フレンの手を再び握る。

『肌と肌が触ると、全てが見えるんです』

「え…?」

『…ユーリは触れました。でも、私が寝ている間だったので…曖昧でしたけど』

「そう、なんですか」

彼女の苛立ちの原因はこれだったのか。鈍感なフレンもこのような事態にはさすがに気付き、戻ろうとルーシェを諭す。下唇を噛んだがフレンの手を引いて戻る意思を示した。

大通りに出るとすぐにエステル見つかり、店の前にユーリが立っていた。気まずそうに後頭部を掻いて短く「悪かったな」と言うのを見て、フレンとルーシェは互いに見合って微笑む。機嫌はすっかり良くなったようだ。

城に戻って荷物を準備する。程遠くない町に行って、その呪いの解き方を文献や聞き込み等で調べるらしい。生憎荷物はそこまで無く、すぐに出れる態勢になった。

エステルはフレンとユーリが喧嘩してルーシェを困らせないかということを酷く心配しており、ルーシェが自分が止めると言っても心配していた。簡素な馬車でカモフラージュするらしく、城の裏に食料を積んで準備されていた。ルーシェが中に入り、2人が前に座る。

「本当の本当に大丈夫ですか…?」

「心配しすぎだぜ?」

「大丈夫ですよ」

『エステル、行ってくるわ』

馬に縄を打つとゆっくりと発進し、城を離れる。パカパカと音を出し国の通用門に進んで、故郷を離れた。別段話す事もなく、と言うより普段からよく話しているので話していない話題はほとんど無い。辺りから魔物が現れないか警戒しながら目的の街に進む。

ルーシェは暇そうに外を見たり、馬車の中で本を読んでいる。ちょうどいい、と思い2に質問した。

『どちらがエステルの恋人ですか?』

「…はぁ?」

「そんな、滅相もない…!」

暇潰しに質問するも、どちらも否定していてつまらない。馬は低く唸ってルーシェと同感だと言っているようで、おかしかった。2人は目を合わせてやはり気まずそうにする。

占ってあげようか、と言うが乗り気ではない。ユーリに至っては、俺は信じない主義なんだよとやりそうにない。仕方なく、貰っていた冊子を取り出して朗々と話した。

『第11項、我が国の重要な占い師を飽きさせないこと』

ぐ、と言葉を詰まらせてため息をつく。へいへい、とやる気なさげに答えるユーリに今朝見た夢の話をする。勿論好意とか慈善事業など優しいものではなく、占いに確証を持ってもらうためだ。

『…ユーリは、本当はついてくるはずではありませんでした。食事中後ろにいた蜘蛛に気付き追い払おうとするも、あやまって蜘蛛を斬ってしまう。その体液のついた食物を食して下すはずでしたよ?』

そう冷静に言うと、ふぅんと興味無さげに返事をする。実はその後も見えたが、靄(もや)がかかっているみたいに曖昧だったので言わない。フレンは黙ってそれを聞いていた。

風が吹いて揺れる草木にルーシェがファイヤーボールを撃ち、危うく一面焼け野原になるのをユーリとフレンが懸命に踏んで炎を消した。ルーシェに文句を言うと、プイッと2人と違うほうを向く。

また水を頭上に浮かせて被せ、ユーリが怒りで抜刀しそうになったのをフレンが止めた。イライラしているユーリは散歩に行くと言ってどこかに行ってしまい、フレンとルーシェが残った。

夕暮れになってもなかなか帰ってこないユーリを待つフレンは仕方がないと、ルーシェが火を出して焚き火をしながら干し肉をかじる。お嬢様で安っぽい干し肉に文句を言うかと思ったら、何も言わず食べていた。

『フレン』

「何でしょうか」

『今夜は一緒に寝てください』


その言葉に干し肉が詰まり、貴重な水を多く使う羽目になって胸を叩く。丸太を倒した椅子に座っている隣の彼女を、目を見開いて凝視する。パンをリスみたいに小さい口で咀嚼する彼女は、少し愉しそうだった。






おはよう
明日の朝はちゃんとできるだろうか




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