お題20 それは甘い

□5、不意打ち
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5、不意打ち

だが、寝るときのフレンの格好は鎧を脱いでくだけているので嫌でも肌が触れそうだ。ルーシェは寝間着でも肌はほとんど出ていなくて、手と頭くらいだ。同じ毛布を巻いて寄り添うようにルーシェがフレンにもたれると心が跳ねた。

「あの…」

『私は寝るので、火の番をよろしくお願いします』

フレンの言葉を遮り、早々に舟を漕ぎ始める。寄せては返す波のようにうつらうつらと首が傾く。たまに何かが草木を揺らす音に敏感に起こされ、周りを見てまた夢の中へ。

木のはぜる音がやけに大きく聞こえ、ユーリが早く帰ってくるように祈る。フレンの肩に寄りかかっていたルーシェの頭はバランスを崩して前に落ちた、つまり、フレンの膝。悲鳴にも似た声を殺して、触れないように細心の注意を払う。

そこへ、ガサガサと大きく草むらが揺れて何かがこっちに来るような気配がした。それは正確にこっちに向かっている。鎧を着ている時間はない。かけていた毛布を床に敷き、ルーシェをそれでサンドイッチの要領で挟む。そしてフレンがその上にのしかからないように腕を立てて覆い被さった。

「へーぇ…フレン、お前ロリコンだったなんてな」

「………ユーリ」

ニヤニヤとフレンを見るユーリは楽しそうに顎に手を置いて、小声で言った。お前か、と咎めるようにユーリを見た。確かに早く帰ってこいとは願ったが、こんな登場の仕方だったら一晩中帰って来なくていい。

幸いルーシェは寝ていて、フレンも地面に座って彼女の頭を膝に置いた。そのフレンの行動が鼻につき、その原因がわからずままフレンをちゃかす。頼まれただけだ、と言いわれ何だかやりきれない気持ちになった。

苦し紛れに持っていた木の枝を折って火に投げ込み、赤い粉が飛ぶのを眺める。幸い乾いていたのですぐに炎の一部になって、辺りを照らす。

「ユーリ、どこ行ってたんだ」

「んなこといいだろ別に」

「これはれっきとした依頼だ。勝手な行動は慎んでもらいたい」

「へいへい、わかったよ」

気の無い返事をして別の毛布を被る。すぐには寝付けずに、燃える火をじっと見つめていた。



まぶたの間から白い筋が見えて、また消えて。細く目を開けると薄い黄色が目に入る。ぼやける視界と、頬を挟む何かに手をかけ取ろうとするも取れない。目が冴えて見えたのは、それだけが世界から取り残され霧の中にいるような娘。

「なっ…何やってんだ!」

『起きてください』

むに、と頬に触れるものはルーシェの手で。意識が覚醒し慌てるユーリは彼女から離れようとするも膝の上に乗っているため、ユーリの上半身が後ろに倒れる。

ルーシェが身体の上に乗ろうとしたのを止めさせるべく、体術のせいか、大変不本意ながら、絡み合っていたのでどうしてこうなったのか説明できない。ユーリはルーシェを組敷く体勢になり、本人も自分の身の安全を考えた結果であっただけ。

ユーリの声に気付いてフレンも起きて。膝に頭を乗せただけでロリコン呼ばわりしていた彼が、翌朝にその娘を組み敷いていれば絶句するのは当然だろう。



2人が朝起きだす頃にはルーシェは洗面や歯磨きを終えて、朝食の用意もして終わっていた。スープを温めて、パンを袋から出していた。

2人のコップに移し、眠そうにするユーリと目覚めの良さそうなフレンに渡す。その手はやはり厳重に肌が遮断されていて、服装は前より地味でスマートになっている。

受け取って飲み、パンと少しの干し肉、乾燥フルーツを食べて移動する準備をする。ルーシェはなぜか馬車に耳をつけて、何かを聞き取ろうとでもしているのか。本人が真面目にしているので、ユーリは少し笑った。フレンは何となく事情がわかるせいか、ユーリの脇を肘で小突いた。

『何ですか』

「いや、なんでもねぇ」

『早く移動しましょう』

ユーリが持っていた毛布を引ったくるように取って畳み、馬車の上に魔法で乗せる。固定するのも器用で紐で縛り、早々に馬車に乗り込んだ。

急かすように馬が鳴き、主人の気持ちを代弁する。フレンが持っていた毛布はルーシェが寒くならないよう膝掛けにされ、2人は渡された餌を馬にやって前に乗り出発した。

朝早く、露が葉から滴り落ちて2人の頭を濡らそうとするが支給されていたローブのフードを被って阻止する。何千人もの人間が踏みしめて次第に道となったそれは、馬車でも十分通れる広さ。

それは、部外者も同じ。盗賊や山賊、獲物を探すもの達の格好の狩り場となる。

その考えは当たっていたようで、薄汚れた、ざっと20人くらいの人間が道を塞ぐことで証明された。

「お前ら、馬車を置いていきな」

「断ると言ったら?」

「たたっ切るまでよ」

右手に持ってる年季(ねんき)の入っていそうな剣を各々取り出し、馬車を囲む。ニヤニヤしながら皮算用を考えていそうな顔に、嫌気がさして戦うには邪魔なローブを脱いだ。フレンもやる気のようで、しかし馬車を気にしていた。

『馬車は私が何とかします』

その声で中にいるのが女性とわかり、更にニヤつく盗賊たち。いるのが幼女だとわかればどんな顔をするのか、ぜひともお目にかかりたいけれど別の趣向を目覚めさせてしまったらもともこもない。

「わかりました」

「んじゃ、いっちょやらしてもらいますか」

「テメェら、やっちまえ!」

馬車を降りて斬りかかってくる奴等を致命傷にならない程度に斬り、後は草葉に放り込んだりしてどかす。馬車や馬を攻撃しようとする者も少なからずいたが、弾かれていてわからないまま2人の餌食になった。

一通り片付けリーダー格であったであろう屈強そうな男も、すぐに見分けがつかなくなった。再びローブを着てフードを被り、馬に鞭打って歩かせる。

この馬たちは案外利口かもしれない、主人が守ってくれると襲いかかられても動かなかった。きっとこういう事が何度もあったからできたのだろう。

馬を走らせていたが、フレンは朝の出来事が気になってユーリに問い詰める。

「…君は朝、何をしようとしていたんだ」

「何って…別に何でもねーよ」

「あの体勢で何でもないって…僕にロリコンって言っておいてよくできたね」

「あれは色々あったんだよ」

「……ふーん」

生真面目で倫理的観念も至って真面目なフレンは、ユーリの先程の行動が気に入らなかった。ユーリはそういう事も自由にしているのだと勝手に想像し、彼女に近付けたくないという想いが静かに募る。

ユーリはユーリで面倒くさいと感じつつも、訂正しないとそれはそれで面倒くさいなと思う。第一、俺はロリコンじゃねぇしあれもアイツが勝手にしてきたからそうなった訳で。

『2人とも、聞こえていますよ』

「あっ」

「…」

『あれは私が悪かったのです。ユーリを起こそうかと思って…触ったらユーリに手を握られてそのまま押し倒されてしまって…』

おい。

それは間違っていないが合ってもいなくて、遠回しに言っているから誤解を生むぜ。間違いなく。フレンが不審そうに、というか人間性を疑うような目でこっちを見るんだけど、どうしてくれるんだ。

ユーリ、君には失望した…と小さくフレンが言ってルーシェの押し殺した笑い声が耳の端についた。





不意打ち
あれは不可抗力なんだって…





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