オリジナルBL小説

螺旋式四重奏
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プロローグ


「国主を捕まえろ!」

 軍人でも警官でもない多くの民間人が、どこから仕入れたのか銃を手にしている。銃がない者は棒にナイフ、包丁やフライパンに至るまで武器となるものは何でも手にして、一つの場所を目指した。

 一ヶ月前から革命派の動きが活発化し、それに一般市民が加わり、すでに国全土でカルディア国元首である国主とその一族への抗議活動が広まっていた。

 政府は軍隊を出動させ一連の活動を制御ようとしたものの、粗雑に扱われていた階級の低い軍人らからも国主への反撥は根強く、革命グループに寝返る始末だった。

 日も暮れかけ、まだ冬の冷たい風が吹く中、多くの民がこの宮殿目がけて押しかけてくるだろう。

 目的は、国主の捕獲だ。

 宮殿内は、下働きから侍従まで主人を見捨て、金目のある物品を手にして、次々と脱出を急ぐ。

 本宮の真後ろにある別宮でも同じだ。

 貧しさゆえに引き取られた子どもたちも、そこで成長した美貌ある男女も、ここぞとばかりに逃げていく。

「あんたもさっさとお逃げ。捕まったら殺されるよっ」

 これが最後だからなのだろうか。週に一度、事務的な言葉しか交わさなかった侍女が、珍しく気遣ってくれた。

 いつもなら許可なく部屋を一歩出れば咎められるが、いまはだれも他人のことに関心を寄せてなどいられない。

「やっと自由になれるんだ」

 三年半におよぶ長い監禁生活だった。

 だれ一人相手にもされなかった宮殿で、名も知らぬ美しい青年が訪ねてきてくれるときだけが、唯一の楽しみだった。

 しかし、もう自由になるのだ。

 彼とは二度と会うこともないだろう。
 彼がくれた優しい口づけは思い出として、ここに残しておこう。

 いったん自室に戻ると、机に並べてあった本を一冊手に取った。
 そして部屋を出たとき、背後から五十代半ばの男に腕を引っ張られた。

「お養父さんっ」

 脂肪だらけの体格をした目のまえの男は、形ばかりの養父であり、国民が目の敵にしている国主だ。

「ここを脱出する。お前も一緒に来るんだ」

 血税を搾り取り、多くの民が生活に苦しんでいる中、贅沢三昧の暮らしをしてきた。さらには自らに刃向かう人間はすべて過酷な刑を処し、独裁者として国を統治していたのだ。

「裏口に車を用意させている。外国へ亡命する」
「亡命って……。君主が民を捨てて逃げるなんて」
「その民が国主たるわしに刃を向けてきているのだぞ」

 民の自由を奪って抑圧した結果ではないか。
 なぜここまで国民の怒りを買ったのか、おそらくこの男にはわからないのだろう。

「お前ほどの器量なら、貢ぎ物としてちょうどいいからな。男でも女でも喜ぶだろう」

 冗談ではない。

 実の両親から引き離し、強制的に養子縁組をしておいて、これまで会った回数など数える程度の親子関係だ。これ以上、この男に振り回されるのは御免だ。
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