オリジナルBL小説
□秘めた蜜音、隠された禁音
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エピソード@
プロローグ
温かな春の日差しが窓から入るこの部屋には、漆黒のグランドピアノが置いてある。
嗣彦は腰掛けると、鍵盤の上に手を置いた。
両目を閉じ、スゥーっと息を吸うと、十本の指を滑らかに動かし始める。
あと何日かすれば、これまでのようなレッスン時間は確保できなくなるだろう。
なぜなら昨日、大学を卒業したからだ。
四月から二年間、他社で修業をしたのち、父が社長を務める紫藤産業グループに入社をする予定だ。
大学では経営学を専攻していたものの、同時に数々の国際コンクールに出場をし、三位以上の入賞を果たしてきた。
それでも父の跡を継ぐのは自然の成り行きのように感じ、音楽の道を断念するのは当然のように思っていた。
が、ピアノに未練がないと言えば、これも完全に嘘になる。
いまはただ、このまま時間の許す限り、ピアノに溶け込みたいほど弾いていたいのだ。
「……!」
曲の流れに沿って、音楽だけの世界に浸っているときだった。
突然、背後から伸びてきた手が、服の上から胸部を弄り始めた。
振り向いて確認をするまでもない。こんなことをするのは一人しかいないからだ。