いろいろ

□愛情の定義について
1ページ/1ページ

※変人彼氏と同設定


 俺がこの子に興味を持ち始めたのは何時からだったか。

「高杉君、珈琲飲みますか?」

「…あぁ、飲む。…つーか二人のときは敬語じゃなくていいって言ってるだろ」

「すみません、癖になってしまってるもんで」

 溜息をつかれた。そんな動作一つ一つ可愛いと思い始めたのはいつからか。ああ、うんと昔のような気もするし、とても最近のように思える。コポコポと小さい音を立てて白いマグカップに珈琲を注ぐと、ふわりといい香りが漂った。珈琲を二人分、高杉の分と俺の分を両手で持って、台所から高杉の居るリビングへ向かう。リビングにおいてある黒いテーブルの上には、法関連の資料がどっさり積んであった。それに埋もれ掛かっている黒い頭がもそりと動いて、俺を見据える。黒目が重たそうに瞬きをした。あらら。

「おや高杉君目の下に隈が出来てますよ。少し睡眠時間を取ったらどうですか?」

「…受験生の母親みてェなこと言うなよ。それにこの課題終わらせないと、明日が提出締め切りなんだ」

「学生は大変ですねェ」

 資料の所為でテーブルの上に珈琲を置けないので高杉に直接手渡す。きちんとぬるめにして猫舌のこいつでもすぐ飲めるようにしたんだが、それでも珈琲をふーふーと冷ます姿はとても愛らしい。こいつを愛し始めたのは何時だったか。

 ちろりと高杉の課題をのぞき見る。今でこそ簡単に解けるが、学生の時分はとても苦労させられた課題だった。ああ、教えるようなことはしませんよ。この子の為になりませんから。

 珈琲を飲んでいる高杉が、眠くなってきたのか、うつらうつらと船をこぎ始めた。珈琲をこぼすといけないので、高杉の手から珈琲を優しく取り上げる。少し反応しただけで、その手からはやすやすと飲みかけの珈琲が取れた。珈琲を台所に持ってって捨てる。どうせもう誰も飲まない。

 そういえば今は何時だったか、ああ、2時か。まだまだ大学生は起きていられる時間だと思うが、まぁこの子はよく寝る子だ。よく寝るわりには少々小柄だけど。やがて高杉はぐっすりと眠りに落ちてしまった。課題はどうするんでしょうねぇ。あと数問なのに。仕方ない、やってあげましょうか、今日だけ特別ですよ。

 カリカリとシャーペンで答えを埋めてく。…はい、完成。座ったまま寝てしまった子を抱き上げ寝室まで連れて行く。ベットに寝かせると高杉の髪の毛がさらりと流れて顔にかかってしまったので戻してあげる。あ、眼帯取るの忘れてた。とってあげなくちゃ。

「…痛かっただろうに」

 眼帯を取ると覗く傷跡。未だこの傷跡が『事件』を思い出して痛むときもあるそうだ。可愛そうな子。誰からも愛されなかった子。今は俺が愛してあげよう。ちゅ、と傷跡に軽い接吻をすると高杉がうにゅ、とむず痒そうな声を出した。可愛い。

 この子を好きになったのは、この子を愛し始めたのは何時からか。そもそも愛してるの定義とは? この子だけに向けられるこの特別な感情は、何時から自分のなかに芽生え、何時から自覚し始めたのか。弁護士なのに、自分自身のこともわからないのだ。いや、そもそも人間の心なんて誰も理解などできない。勿論、自分さえも。この気持ちが何処から生まれ、何処へ行くのか。愛してるなんて、本当は陳腐な感情だ。

「…心理学、真面目に学んどけばよかった」

 弁護士という仕事上、人の心には敏感なので、心理学も少しは心得ている。でも、人の心なんて分からないのが現状だ。

「…アルキメデスみてェ」

 解けない問題をずーっと解き続けようとする俺は愚かだろうか。それすらも分からない。

 この子は可愛い。愛しい。他の人間とは違う。なのにこの子は他の人間と同じ人間だ。わからない。

 性欲と愛をイコールで並べるとすれば、俺は(というか大方の男は)そこらへんの雑誌で淫らに胸を曝け出してる女も愛してるということになる。人間の本能的に、子孫を残したいから愛が生まれるのだったか、だったら同性のこの子を愛してる俺は遺伝子レベルでイカレちまってるのか。性欲≠愛? 難しい計算式なんてわかんねェよ。だって俺文系ですし。

 かのソクラテスの思想を思い出せば俺が今やっている行為は「神のみぞ知る」ことで、ちっぽけな人間の俺が考えるなんて、愚の骨頂だろうか。つーか、人間が考えれる事の限界って、なに。アルキメデスが求めた円周率だって、この先何億回、何兆回、それよりずっとずっと求め続けていけば答えは出るかもしれない。だとしたら、彼がやったことは。


「Eureka…ねェ」

 数学なら兎も角、この哲学的問題を解くには俺はあまりにも頭が悪すぎた。無知の知、とはちょっと違う気もするけど、まぁそゆことにしときましょう。だって、こんなにも眠いんだ。


 高杉の隣に入っていって高杉を腕の中に閉じ込めて眠る。電気は消したし、珈琲飲んじゃったけどその前に歯磨きしたし、まぁ大丈夫でしょ。


 高杉が居るだけで、すごく安心できる。

 今のところ、それが愛でいいんじゃないのかな。



おわり
作業用BGM「ソク/ラ/ティ/ッ/クラ/ブ」この歌の真意とこの小説はちょっと違うけど。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ