いろいろ

□迷子の隻眼
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いろいろ注意。



ごめんね、と小さく呟いた。
その小さな声は早朝に薄くかかった霧に溶けてすぐに消えてしまった。


ごめんねごめんねごめんね。



何度も何度も繰り返す。

静かな薄暗い街は誰も居なくて、俺のザリザリとコンクリートを鳴らす足音がやけに響いた。

だが、俺の口からこぼれる謝罪の言葉は街に響かず霧に溶ける。





ふと、そこで自分が走っていたことに気がつき足を止めた。
全速力で走っていたようで息があがり、喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。
背中には冷たい汗がびっしょりと肌着をぬらしにかかっていた。
背中だけではない。
頭から、腕から、汗は全身から吹き出ていて全身を濡らし体を冷やしていた。

それを得に気にせず犬のようにみっともなく舌を出し、忘れていた呼吸をした。

吐き出した息が白かった。
飲み込んだ空気が冷たかった。

そのことにより、今の季節と自分の格好が釣り合っていないことに気がつく。

コートを着ても寒いこの時期に、薄っぺらなロングTシャツはおかしい。
ロングTシャツ。
彼が、似合うといってくれたもの。



その考えに到達した瞬間、彼のことを思い出して路上に嘔吐した。

悲しみも、怒りも、嬉しさも、そして彼の記憶さえも、そこに吐き出せれば、と願う。

いや、俺の中に住まう「あいつ」の中からだけ彼の記憶を取り出せないか。






ふらりとよろめきながらも、壁に手をつこうとしたらその手に握っていたなにかが邪魔をした。

無意識にその握っているものを確認する。




「―――ッ!」





さっきすべてのモノを吐き出したはずなのに嘔吐感がまたよみがえってきてその場に吐いた。




血だ。血が俺の手からどくどくと流れている真っ赤な血とすこし渇き黒くなった血がボタボタと俺の右手を汚していた。その血が出ている原因はこれだ。この、白くて翠な球体。彼の、彼の眼球。光かがやき、俺を見てくれた、彼の愛しい、ああ、眼球、が。


なぜこの瞳が俺の手の中でごろごろしているのだろうか。
この球体はもはや以前のように光を纏っておらず濁んだ翠が俺をじっと見つめていた。


怖くなって、落としそうになった彼の球体をきゅっと優しくにぎる。

まだ、だ。まだ、今行けば、今彼のところにいってこの球体を返さなければいけないのに。
この球体だって、彼にはまればきちんと綺麗な眼球になるはずだ。


はやく、はやく家に戻ってこれを返さなきゃ。


返す・・・。








返す?





返すって、なんだ?
これをとったのは、誰だ?

泣き叫ぶ彼、それを叩く俺。


あれ?あれ?


思い出す。

『なにすんだよ、銀時、やめろッ!』


怯えた顔を可愛いと「あいつ」は言った。


思い出す。

『俺は銀時じゃないよ。あいつの中に眠る、そうだな、夜叉だ』

そうして、「あいつ」が彼の左手に手を伸ばした。
それから起こることを俺は想定してしまい、必死に止めようとする。


思い出す。

『なぁ、銀時はお前が好きなんだよ。なのにお前はそれに気づきもしない。おまけに遠くに引っ越すなんて・・・銀時が可哀想じゃねェか?あんなにいつも熱く思っていたのに、だったら、眼球の一つくらい可哀想な銀時にやってやってもいいだろ?』

『なに・・・言って、』


やめろやめろやめろやめろ。



思い出す。

『あ、あああああああああ!』

絶叫。

『よかったな、銀時。お前の大好きだったこいつの瞳。これはお前のモノだぞ。よかったな。』

うっとりとした声。
自分の声。



よかったな。よかったな。可哀想な銀時。
これはお前のものだよ。銀時。銀時。
どうかこれを大事にもっていて。
可哀想な非力な銀時。


「・・・・・・ッ!」


『な・・・?俺は役に立つだろう?』


いかなきゃ。彼のところに。

元来た道を走った。
走った走った走った。

彼の元へと走った。

息がすごい苦しいけど、走った。
彼の熱い球体が帰りたがっている。

ああ、なんてことをしてしまったのだ。
あああ、ああ、俺は彼を傷つけたくなどなかったのに、硬く、「あいつ」を封印していたのに。



『銀時、ごめん。引っ越す事になった』



俺の小さな衝動で、「あいつ」の鎖を解いてしまった。
思わなければよかった。
俺のそばにずっと居て欲しい、などと。

いや、むしろ、俺と彼は会うべきではなかった。

彼がいるであろう場所にやっと着き、休憩する間もなくそこのドアをバンッと勢いよくあけた。

彼の白い手が見えた。
床に倒れている。
俺は高杉だかなんだか叫んで彼を抱き起こした。
彼の左目からは血が出ている。
ごめんごめんごめんごめんごめん。
俺の口から言葉が流れる。
それに混じっている「高杉」は、彼の名前だろうか。
彼は気絶している。
真っ青な顔色。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

どうしようどうしようどうしよう。

震える手がそばにあった受話器をつかんだ。
震える指がそろそろと数字を押す。





119。






数分後、家の周りにはけたたましいサイレンを鳴らす白い車が現れ彼を連れて行き、ついでに俺もつれていかれた。




























すごい昔の夢を見た。
俺が学生の頃の夢だから、10年前か。

あのあとどうなったかは、俺自信記憶が曖昧として覚えていない。
ただ覚えていることは警察に厄介になろうとしていた俺を彼が事故だから釈放してくれと願った事と、俺が彼に別れを告げた瞬間彼がその場で泣き崩れたことだけだった。

それだけで、彼の声も、顔も、名前さえ覚えていない。
「あいつ」も出てこなくなった。

なぜ彼が俺を釈放しようとしたのかわからない。そしてなぜ泣いてしまったのかも。

でも、警察に居たら俺は今働けないから、彼には感謝するべきなのか。


むくりと起き上がり、いつもどうりのクソつまらない日常を充実させるために外へでる。
今日は有給をとった。
なんだかわからないけど、休みたかった。

おきにいりのジャケットを着て、街を闊歩する。
銀髪に目線が集まるのもなれた。

そうだ。今日はおいしいと噂のアイスを食べよう。
それから、買い物して、そういえばいちご牛乳切れてたな。




そんなことを思いながら角を曲がろうとすると、急に人影がでてきてその人とぶつかった。

よろめいたが左足で踏ん張った俺とは違いぶつかった人間のほうはしりもちをついてしまったようだ。
真っ黒なダッフルコートに身を包んだ人間は、その体を起き上がらせ、パンパンとコートについた汚れをはらった。


「大丈夫ですか?すみません。余所見していました。」

「いや、問題ない。こちらこそ悪かったな。お前も大丈夫か?」


その男は(声の低さからして男)はコートの砂をすべて払ったところでやった顔を上げ、俺を見た。






その整った顔の左目には、真っ白な包帯が巻かれていた。






おわり




救急車って119でいいっけか←

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