いろいろ

□月下美人
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月下美人
学名:Epiphyllum oxypetalum
科・属名:サボテン科クジャクサボテン属
花言葉:儚い美、儚い恋、繊細、快楽

月下美人とは、夜に花を咲かせ、一晩しか花を咲かせない。花が大きく、色は純白色。香りが強い、その名の通り美人の花である。





事後の高杉というのは、いつも布団の上で何を考えているのかわからない顔つきで煙管を燻らせていたり、疲れきって寝ているかのどちらかだ。俺はというもの、賢者タイムに入っていたり、シャワーを浴びていたり、または寝ていたりと、各々自由な時を過ごしており、俺達の間にピロートークなるものは一切存在しない。まぁ、話しかけてみてもうるせェ、黙れ、と可愛げのないことを言われるだけだ。俺自身、まぁ若い頃はそんな高杉に不満をもってもいたが、今は別段気にせず、まぁそれがコイツなんだよなと思うだけにしている。コイツとの会話は一つ一つ命取りで、機嫌を損ねたら半年こちらに来てくれないというだけで済むのなら良いほうで、時によっては本気で殺されかけたこともある。だから、黙れ、という高杉なりの黄色信号にわざわざ突っ込むような真似はしない。俺も自分が可愛いのだ。

だが、その日の高杉はいつもと違った。

事後はいつも気だるそうに開かれてる目を今はまるで子供のようにぱちりと開き、そしてその瞳には光がくるくると灯っていた。
光りのある高杉の目は久しぶりに見た。俺はそのことに少し興味を覚えながらも、無言で高杉と同じ布団にごそごそと入った。そして高杉を見る。

高杉は月を見ていた。

開いた窓から覗く月を、くるくると光る薄い黄金色の光(俺には黄金色に見えた)を纏った瞳で、じっ、と、月だけを目に映していた。高杉の整った顔は、月光の元に晒され、いつもより明るく見えた。嗚呼、と、言葉の無力さを思い知る。この高杉の美しい顔、瞳、すべて、人間の言葉では表現できそうもない。

そして俺はここで、とある錯覚を見る。高杉の失われた左目が、まるで当たり前のようにそこに在ったのだ。俺は言葉を失い、混乱する頭で漸く出てきた高杉、という言葉に高杉が俺を見ると、もうその左目は消えてしまっていて、そこに在るのは、可哀想に、酷い刀傷がついた左目だけであった。

「なんだ、銀時」

「・・・いや、何でもねェ。それより、なに見てるんだ」

俺は何を聞いているのだろう。なにを見ているかなど一目瞭然のはずなのに。なにか、会話を繋ごうとして出てきた言葉がこれだった。だが高杉は気にした風もなく、月、とそっけなく返した。どうやらそれ以上言うつもりはないらしく、俺はそう、と返事をして、高杉と同じように月を見上げた。

ところで、俺は月の色は黄色ではないと思う。だからと言って、金色やオレンジ色では到底無い。俺は自然のものに対し、その色は人間は表現できない魅惑の色だと思うことが多かった。青空にしてもそうだし、夕日も、あの色は表現できない。どんな凄い絵師が描いたものも、この色ではないと思ってしまうものだった。

そう物思いに耽るのも少しの間で、しばらく月を見ていると、俺はうまそうだなぁ、とか食ってみてぇなぁ、とか思ってしまうものだった。

月がとうとう餡子がたっぷりつまった饅頭に見えてきたとき、高杉が急に口を開いた。



「俺がかぐや姫のように月の世界の住人だったとして」

「・・・うん」

高杉の突拍子もない言葉には慣れている。それがどんなに中2くさいことだったとしても、俺は動じずに返事できる。

「ある日突然月に帰る日がやってきて、そのとき銀時、お前は俺をさぬきのみやつこのように俺を月へ返すまいと奮闘するか」

「さぬき・・・?」

「松陽先生から習ったろう。・・・竹取の翁、と言えばわかるか」

「竹取・・・ああ、かぐや姫のおじいさんのことね」

高杉は俺の言葉に少し顔をしかめたものの、それでいい、と言った。今夜はどうも機嫌がいいらしい。

「それでいいから質問に答えろ、銀時。お前は、俺を守るか、否か。」

俺を試すような色が、高杉の瞳に宿った。
月を見ていた瞳は、今は俺だけに向けられていた。さて、困った。俺はなんと答えればいいのだろう。まずそもそも月にかぐや姫などいない?・・・否、それは高杉の求めている回答ではない。高杉はそんなことはとうの昔に知っている。それでも、考えずにはいられない。求めずにはいられない?さぁ、一体、なにを。誰を。俺を?

「・・・かぐや姫はさ、月に帰りたかったのかな?」

考えて、求めた答えにたどり着く。

「・・・さぁ、地球には恋人がいたし、翁に別れを告ぐとき泣いていたらしいから、帰りたくなかったんじゃねェのか?」

らしい、とまるでその人物が実際に居たかのように話す。
いや、実際に居るのだ。今、俺の目の前に。
だって、高杉は今かぐや姫なのだから。

「帰りたくないのであれば、俺は絶対返さない。抱きしめて、閉じ込めてでも絶対に、連れて行かせない」

時がくれば、絶対にこいつは帰らなければならない。その重い肩書きを背おり、テロリズムを起こす為、また暗い世界に戻ってしまう。
夜の月の前でしか、花を咲かせられない、夜の俺の前でしか、本当の自分を見せられない、月下美人のような。
まぁ、自分のことを月というには些か恥ずかしさというものが在ったが、高杉が言いたかったのはそんなところだろう。

白梅香・・・香油の香りだとか、いつもより派手なまるで遊女のような赤い着物だとか、自分を精一杯着飾って、月の前にだけ姿を見せる。そして、一晩の快楽に、酔う。なんて儚い美、儚い恋、繊細な人間なのだろう。
なんて、美しい。


「・・・。」

高杉は黙りこくる。
さぁ、タネは十分にまいてやった。意味が解らないほど馬鹿じゃないだろう。俺はお前の一言を待っている。お前がたった一言、帰りたくない、といえば、俺はお前をさらってやる。月下美人の花のようなかぐや姫と駆け落ちしてやる。


「・・・そうか」


でも、勇気のないお前はありもしない可能性に怯え、また花を閉じる。


嗚呼、夜が明けてきた。



「帰る。」



一晩の快楽に思いを寄せて。



でも、ただ、一つだけ。



「月下美人って、日が昇っても咲くことあるんだぜ?」

「ハァ?いつから月下美人の話しになったんだよ。」

「別にぃ」

「意味わかんねェ」



あ、わらった。







終わり。

月下美人の花言葉が高杉そのものみたいな気がして。
かぐや姫のように帰らなければならない自分をさらって欲しいけど、それをいえない。そんな弱虫な高杉の話。

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