いろいろ

□誇らしげな満月は闇を嘲笑う
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 どろりと重い瞼を開ける。どれくらい寝ていたのだろうか、頭がぼうっとする。目を開けると、見知らぬ天井が目に入った。あれ、ここ、俺の家じゃねェ。そう思った後、昨日の事を思い出した。頭の中を記憶が走馬灯のように駆け巡る。そうだ、昨日銀時に…フられて、その場の勢いで団地解約して、歌舞伎町で酒飲んで…それで、どうしたんだっけ?どうも、飲みすぎたようだ。頭が痛いし、昨日の記憶が途切れている。

 しかし、冷静になってみると、昨日の俺もずいぶん思い切った行動をとったものだ。勢いで住んでたところを解約するなんて、ただの馬鹿だ。
 これからどうしようか。まずは住む場所を探さなくては。……そうだ、京都の実家にでも帰って、ひとまずゆっくりしよう。ああ、その前に大学を中退しなければ。いや、その前にやっぱり実家に帰るか。少し、休みたい。身も心も、つかれた。頭も痛い。

 ふーと息をつき、天井を見直し、やっと自分の置かれた状況に驚いた。いや、大学うんぬんより、まずここは何処だ? それが一番重要だろうが。
 慌ててむくりと起き上がると、下腹部にずきり、と鈍い痛みが走った。

「いってェ…」

 なんだ、コレ。

 寝ていたベットの上で腹を守るように丸くなる。意味がわからない。助けを求めるように辺りを見回すと、誰かが椅子へ座り俺のいるベットへ上半身を預けてすぴょすぴょと寝息を立てていることに気がついた。

「…ッ?」

 金色の頭。天然パーマ。馴染みのある、顔。

 俺が蹲ったことによりベットが動いたのかその寝ていた人物がなにやら眠そうな声を上げながら覚醒した。どくん、どくん、と心臓がなる。そうだ、思い出した、コイツ、確か、昨日の。

 そいつはふわぁ、と大きな欠伸をした後俺を見た後、目を丸くしてなにやら慌てだした。そいつが椅子から立つ。椅子がガタンと音をたてた。

「えッ、あッ、起きた!? うわわ、ナースコールナースコール! …あッ、ナースさん!? あの、えっと、起きました起きました!」

 俺のベットの横にある機械でナースコールをしたらしいそいつに、俺は今自分が病院に居ることを知った。しかも、患者として。 …そうか、昨日倒れた原因の腹の痛みは病院に運ばれるほどだったのか。

 一人納得していると、金色があいつに良く似た顔でへにゃりと笑った。

「……あ、えと、お前、昨日のこと覚えてる?」

 その銀時に似た顔に、じくりと心臓が痛む。
 昨日のこと。たしか、こいつに名乗られた。銀時にそっくりな名前。坂田、金時。

「……覚えてる。お前、金時だろ?」

「うんッ! そう! そうです! 名前覚えててくれてたんだありがとう! ……じゃなくて! 俺は昨日お前が倒れたことを言ってるんです!」

 どこか漫才のようなその言動にふきだしてしまう。先ほど痛んだ心臓付近が暖かくなる気がした。こいつは銀時じゃない。他人の空似だ。銀時は、こんなふうに高いテンションで話すことはしなかった。

 金時は俺が笑ったことに安心したのだろうか、ほっとした表情を見せると、少しえんりょがちに口を開いた。

「そういえば、えっと、名前、なんていうの?」

「……高杉晋助」

「晋助? 晋ちゃんって呼んでいい?」

「し、晋ちゃん!?」

 し、晋ちゃんって、晋ちゃんって、なんだよ。

「だってそのほうが可愛いじゃん」

 さらっと言われる。可愛い、なんて言葉久しぶりに貰った。顔に熱が集る。

「駄目?」

「駄目、じゃ、ねェけど」

 なんだか恥ずかしくなって下を向く。俺の男みたいな名前は誇りでもあり裏をつけばコンプレックスでもあった。だから、そんな風に呼ばれると、少し恥ずかしい。

「…ところで、なんでお前は此処に居るんだ? 此処、病院だろ?」

 ごまかすように話を変える。

「救急車呼んだのが俺だからです」

 えへん、と胸をはって言われても。

「いや、それはいいとして、救急車呼んだとしてもお前、俺とはなんの関係もねェじゃねェか。なのに、なんで」

「それは俺が…」

 金時が言いかけたところで、ガラリと部屋の扉が引かれた。驚いてそちらを見ると白衣を着た医者が深刻な顔で部屋に入ってきて、さきほど金時が座っていた椅子に座った。







 椅子に座った医者は開口一番こう言った。


「貴方は、ご自分が妊娠していたことを知っていましたか?」


 ざわり、と体中を気持ち悪い何かが撫でたような気がした。え、と呟く自分の声も、掠れて聞こえない。


「……知りませんでしたか。まぁ、妊娠初期でしたので無理もありません」


 俺は、妊娠していたらしい。

 相手なんて、一人しかいない。
 銀時だ。

 しかし、考えてみれば当たり前だ。あんなに毎晩愛し合ったのだから。
 でも、ああ、銀時は、土方と……。ショックを受ける俺に、さらに医者は重く低い声で俺に追い討ちをかける。



「…非常に言いにくいことですが、貴方の中にもう命はありません。昨日、死んでしまいました」



 流産した。


 原因は、過度のストレスと、無理な飲酒と、寒い中歩き回って体が冷えたかららしい。


 がらり、と世界が崩れる音がした。目の前が真っ暗になる。

 ぼろり、と涙がこぼれる。

 そんな俺の姿に医者は気を使ったのか、すぐに俺の病室から出て行った。金時がどうしているかなど、気にする余地も無かった。



 俺の、俺の銀時との赤ちゃん。殺してしまった。俺の所為だ。俺の所為で、俺と、銀時の、赤ちゃんが、俺の所為、俺が殺した。俺が、殺してしまった、銀時との、赤ちゃんが。

 
 俺の所為だ。


「うッ、ああああ、あッ、あああッ、うああああああッ!」


 決壊した。

「いや、いやだ、もういやだ、なんで、俺、なんで、どうして。死にたい。この世界から、消えてなくなりたい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやいやいや」

 ベットに蹲って、ただただ、泣き叫ぶ。

 俺を抱きしめて名前を呼ぶ声がしたけど、それが誰だかわからなかった。ただ、その声は銀時によく似ていて、俺はその声にごめんなさいと何度も謝った。

 ごめんなさい。ころしてしまってごめんなさい。まだ、すきでいてごめんなさい。

 それから、また記憶が途切れる。









 あの後俺は泣きつかれてそのままベットで寝てしまったらしい。蹲った体勢のまま目が覚めた。ぐぅ、と腹が空腹を訴えるが、食欲などなかった。寧ろ、このまま餓死してしまいたいとさえ思った。

 ふくらみの無い腹を撫でる。ここに、銀時と愛し合った証拠がいた。可哀想な赤ちゃんは、俺の所為で死んでしまった。

 ひゅ、と息を吸い込む。吸っても吸っても足りなかった。いつしかそれは荒い呼吸になって、何度も何度も布団にもぐったまま呼吸を繰り返す。それがなんだかわからなくて混乱した。死んでしまいそうなほど苦しくて、でも俺はなにもしなかった。このまま死ねたらいいと思った。

「…ッ!? ちょ、大丈夫!?」

 なのに。

 布団ががばりとはがされる。俺を気遣う声はあいつにそっくりだ。なのに、別人で、ああ、もう、わからない。

「うわわわ、これ過呼吸じゃん! 袋、袋、って、あるか、んなもん!」

 慌てたような声が聞こえる。俺を助けようとしてるらしい声に、俺はやめろと言いたかった。死にたいから、と。声の主を見る。目があった。銀色を期待したけど、違かった。そして、銀色を一瞬でも期待した自分に腹がたった。あいつが戻ってくるはずないのに。そこにあったのはきらめく金色で。

 声の主の金時は、なぜか自分のほうが苦しそうな表情を見せて、俺に手を伸ばした。

「〜ッ! 落ち着いてッ!」

 がばり。

 金時の手に引き寄せられたかと思うと、次の瞬間には俺はそいつの硬い胸板に押し付けられていた。香水の香りがする。くらくらするような、大人っぽい匂い。銀時は香水なんてつけていなかった。いつも、汗ばんだ男くさい匂いと、メンズのシャンプーの匂いがしていた。やっぱり、別人なんだ。ひゅう、ひゅう、息が苦しい。

「落ち着いて、落ち着いて、大丈夫だよ。ゆっくり息を吸って、呼吸して。大丈夫、大丈夫。高杉さんはなにも悪くないよ」

 嘘だ。俺が、すべて悪いんだ。

「高杉さんは悪くない」

 とん、とん、と大きな手が俺の背中を一定のリズムで叩く。赤ちゃんをあやすような動作に、また泣きたくなった。呼吸が落ち着いていく。暖かい手だ。そういえば、銀時の手は冷え性とかで、何時も冷たかった。それを指摘すると「心があったかいんだよばか」と照れくさそうに言っていたのを思い出した。目が熱くなって、涙があふれる。銀時はもう俺の隣にはいない。

 
 呼吸が収まっても、金時の胸で俺はまた泣いた。

 涙は、枯れることがないのを知った。






 金時が持ってきた水を飲んで、少し落ち着いた。こいつには迷惑をかけた。見ず知らずの他人なのに、面倒事につき合わせちまって。

「ねぇ、高杉」

 散々泣いて、目を真っ赤にした俺に、金時が話しかけてきた。

「……。なんだ」

 腫れた目を見られるのがいやでなんとなく目を擦ったら、「だめだよ、可愛いのによけい腫れちゃう」と言って止めてきた。

「お前、可愛いとか言うなよ…」

「ほんとのことだよ。って、そうじゃなくてさ、」

 そこで金時が言葉を切って、一呼吸おいた。変な間があく。


「…俺、高杉のこと、好きなんだ」

「……は?」

 金時が俺のほうに向き直る。その表情は、どことなく真面目だ。銀時のように、目が死んでなどいない。でも、銀時とそっくりの顔だ。金時の茶色の瞳の中に、目を見開く俺がいる。

「昨日歌舞伎町の中で高杉を見つけたとき、俺の中がびびっと来たんだ。今までこんなことなかったのに。これって運命だよね」

「………??」

「今は信じなくてもいいよ。…そうだなぁ、じゃあ、高杉が入院してる間、俺が高杉を振り向かせてみせるから。そしたら、高杉、俺と付き合ってね。」

 じゃあ、と言って金時が立ち上がる。俺はというと、回らない頭でぼーっとベットに座っているだけだ。俺のいる病室から出て行った金時の顔は、ほのかに赤かった。


「……え?」


 もしかして、俺、今、告白されたのか?










 あれから金時は毎日俺の病室にきて、花やら菓子やらを持ってきて、許されている面会時間までずーっと俺と話している。いつも眠そうにして、時折椅子に座ったまま寝てしまうこともあるが。

 そういえばコイツは何の仕事をしているのだろう。平日の昼間から私服で俺と話をしていていいのか。もしかして、無職か?自宅警備員か? とも疑ったが、金時の腕からチラリと見えた腕時計がとても高価な物だったので、金には困っていないのだろうと思った。株でもやってるのだろうか。

 今日も今日とで金時は飽きもせず俺のところへ来る。

「はい、今日はねぇ、ガーベラのフラワーアレンジだよ。綺麗でしょ。」

「ああ、そうだな」

「花言葉はね、熱愛、だよ」

「!?」

「あははー、顔赤いー」

 こいつは、本当に、なんというか、銀時とは間逆のタイプだった。本気か遊びかは知らないが、毎日毎日こうして俺に愛をささやいて、俺が驚くといたずらが成功した子供のように笑う。その顔が、とても明るくて、綺麗で、心が奪われそうになった。そして、銀時の赤ちゃんを殺したくせにほかの男にときめく自分を殺したくなった。

「あとね、ガーベラって、告白とかプロポーズとかに使われやすい花なんだよ」

「そうなのか? 俺はそういう意図の花って、薔薇な気がするけど」

「うん。薔薇もいいね。けど薔薇って内気な恥ずかしさっていう意味もあっから。俺はどっちかっつーと内気よりガンガン攻めるほうがいいもん。晋ちゃんは薔薇がよかった?」

「は? なんで俺に聞くんだ?」

「…なんでって」

 金時が、ここで一度言葉を区切った。こいつは大事な事を言うとき呼吸する癖があるらしい。なんともいえない沈黙が二人の間を流れる。自然と緊張する俺に、金時もさきほどのへにゃへにゃした表情から一転、真面目な表情に切り替わり、少し大きく深呼吸をして、俺の目を真正面から見据えてきた。真剣な表情に、どきりとする。


「俺、高杉にプロポーズしてんだけど」


 時が止まったかと思った。金時の言葉を処理するまでに、うんと長い時間がかかった気がする。

 顔が熱い。金時の顔が少し赤い気がした。心臓が大きく鳴って、金時に聞こえていないか心配した。





 ごめんなさい。銀時の赤ちゃん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。




 俺は、弱いときに優しくされるとコロリと落ちてしまうタイプらしい。






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