薄桜鬼(短編)

□山吹(風間)
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何を好んで、敵と酒を酌み交わそうと言うのか。

戸惑う私に構う事なく、風間はある部屋の障子を開けた。


「待たせたな」

「……!」


部屋の中を見て、正直な所驚いた。

中には、美しく着飾った舞妓や芸妓が五人も居て…。風間の顔を見た途端に、歓声を上げたのだから。


「風間はん…早う…」

「待ちくたびれてたんどすえ?」

「うち、寂しゅうて…」


口々に甘える女達。
風間の後ろに立っている私など、全く目に入っていない。その勢いに、私は閉口するばかりだ。


「…なぁ、風間はん。この娘…何ですの?」

「!!」


一人の芸妓が私に気づいた。途端に女達の鋭い視線が、一斉に私へ突き刺さる。


「あ…うちは…」

「何処の娘どす?見かけない娘やわ」

「こんな乳くさい娘より、うち達と…」

「…黙れ」


風間の低い声が響き、あれ程騒がしかった女達を一蹴する。

と…突然風間の手が私の肩を引き寄せた。


「…!?」

「貴様らは帰れ。今夜はこの女だけで良い」

「……」

「……」


女達は、顔を見合わせて、どうしたものかと戸惑っている。


「聞こえぬか?帰れと言っている」

「…へ、へぇ」

「ほな…」


あまりにも冷酷な態度に、流石の彼女達も諦めた様だ。口々にぼやきながら部屋を出て行った。

風間は、全く動じる様子もなく、当たり前の様に上座へ座る。

私はと言えば、あっけに取られたまま、その場でぼうっと立ち尽くしていた。


「…おい」

「…え?」

「酌をしろ」

「…はあ?」

「拒絶する理由はない筈だ」


風間は当然だと言わんばかりに、盃を私に差し出した。
まぁ、酌くらいなら…いいか。

無言のまま、酒を注ぐ。風間も黙って盃を煽る。


「…あいつらは、煩くて敵わん」

「自分で呼んだのだろう?」

「勝手に来たのだ。金払いが良い上客だと見て、群がっただけ。…たまったものではないわ」


そういえば左之さん達が、『新選組』と聞いた途端に、芸妓達の態度が変わると話していっけ。

『薩摩』の看板を聞いて、目の色が変わる女達がここにも居るのだろう。


「千鶴はどうしている?」

「…別に、変わった事はない」

「そうか…。しかし、早く俺の元に来れば良いものを…」

「それは無理だな」

「何故だ?」

「千鶴が、お前を好いていないからだ」

「ははは…」


突然笑い出す風間。真面目に話をしているのに、何なんだ一体。


「そんな事は時間の問題だ。一緒に過ごせば、すぐに心は動く」

「……」


何の迷いもなく言ってのけた。
土方さんと、剣を交えているときも感じたけれど、この男は、どんな時でも自信満々だ。しかも、ハッタリではない。

鬼を束ねる頭領は、伊達じゃないと言うことか。


「…どうしても、千鶴でなくてはならないのか?」

「当然だ。高貴な血筋の女鬼は、そうそう居るものではない」

「…時代錯誤だな」

「何?」

「戦後時代の武家の輿入れの様だ」

「鬼の血を守ることは、俺に枷られた使命だ。だがな…」

「…!?」


それまで微動だにしなかった風間が、突然私の手を引いた。
身体がぐらりと揺れたかと思うと、事もあろうか風間の顔が自分の目の前に現れたのだ。


「な、何を…」

「血筋が大切だとは言ったが、俺には側室を持つ事も許されている」

「…何が言いたい」

「お前が気に入った。俺の女になれ」


一瞬で、顔が真っ赤になってしまった事が、自分でも分かる。しかも、胸の動悸までもが激しい。
滑稽な程、動揺している自分が、何だかやけに恥ずかしく、むきになって反論した。


「ば…馬鹿にするな!」

「俺は本気だが…」

「敵なんだぞ?それに、俺は男として生きている!」

「こんな姿で言われてもな…くくく」


否定すればする程、風間は私をからかう様に笑う。
あまりにも憎らしい態度に、私は歯噛みをするしか術がない。

と、その時だった。

バタバタと人の走る足音や、争う様な声が聞こえてきた。


「…新選組か。仲間が迎えに来た様だな」

「観念しろ、風間」

「本当に、お前達は無粋な連中だ……」

「…!!!」

「気が変わったら、いつでも来るといい」


自分に何が起こったのかが理解出来なくて、凍ったようにその場に固まってしまった。
風間は一度だけ私に振り返ると、ニヤリと笑って窓から姿を消した。


ほぼ同時に、ガラッと部屋の障子が乱暴に開け放たれ、総司君が顔を出した。


「良かった、ここに居たんだね」

「……」

「蓮ちゃん?」

「あ…総司君」

「大丈夫?何かあった?」

「うん…大丈夫」


怪訝な顔で見詰める総司君をよそに、私はさっきまで熱を感じていた唇にそっと指を触れた。


風間千影…。

傲慢で自信家な鬼。

そして、何故か心を揺さぶられる男…。




【山吹(気品)…完】


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