幕末志士の恋愛事情(長編)

□約束 第三話(椎)
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-椎side-

蓮ちゃんは、耳まで真っ赤になったまま、自分の部屋へ帰ってしまった。

本当、分かりやすいんだから…。
怒らせてしまった総司君は、何が何だか分からないみたいだった。

「なんで怒ってるのかな…。ねえ椎さん、分かる?」

「さぁて、何ででしょうね」

「…何かさ、面白がってない?」

「別に…。総司君は、他人の観察はものすごーく鋭いのに、自分の事となるとからきしよね?」

「そう…かな」

「さてと。私、そろそろ戻るわね」

「え、もう?」

「一応私も若い女なのよ?遅い時間まで、荒くれ者の巣窟に居るのは良くないと思わない?」

「そりゃ、そうですけど」

「それじゃあ、また明日。おやすみなさい」

「…おやすみなさい」

総司君は、ちょっと恨めしそうに私を見つめていた。…ふふ、ちょっと意地悪しちゃったかしら。

天涯孤独の私からすると、総司君と蓮ちゃんみたいな幼馴染がすごく羨ましい。
お互いの事がよく分かってて、苦しいときには助け合えるような間柄が、素敵だなって思える。

それにしてもあの二人、本当にお似合いだと思うんだけれど、いかんせん、総司君がちょっと疎そうだから…。

「おい…おい、椎!」

「…!!」

二人の事を考えながら歩いていたら、大きな声で私を呼ぶ声が聞こえる。土方さんだ…。

「ごめんなさい、土方さん。何か?」

「柄にもなく考え事か?」

「…ちょっとね」

「やけに楽しそうじゃねぇか」

「ふふ。…で、何か御用ですか?」

「ああ。先日の一件、お前が探り当てたとおり、蔵にまずいもんを隠していた。明日、一気に御用改めになったからよ」

「そうですか。良かったです」

浪士組に、土方さんに拾われてから半年。監察方の山崎さんの下、ようやく一人でもまともな働きが出来るようになってきて、私自身もこの仕事にやりがいを感じ始めていた。

京に流れ着いたときは、今みたいな生活が出来るなんて、夢にも思っていなかったんだけれど…。

「山崎の話では、当分大きな仕事はないはずだ。今のうち、ゆっくり体を休めておけよ?」

「はい」

「っても、お前、こっちの雑用を頼まれてんのか?」

「ええ。でも、そんなのは大したこと無いです。隊士の皆さんのお世話って、結構楽しいですし」

「そりゃあ頼もしいな。頼りにしてるぜ?」

「はい。…そうだ、土方さん」

「何だ?」

「さっき総司君に聞いたんですけれど、不思議な女の子が居たんですって?」

「ああ、あの珍妙な格好をした女か」

「そうそう」

「異国の格好とでも言うのかねぇ。あんな姿をしてるのに、江戸の言葉を話しやがる。見てくれは良いが、俺は御免だね」

「へぇ…土方さんが認めるって事は、相当可愛い子なのね。そりゃぁ、蓮ちゃんがやきもち焼くはずだわ」

「蓮が…ヤキモチ?」

「さっき、その話をしてたんです。そうしたら、蓮ちゃんが急に怒り出しちゃって」

「ほう…何だ、あいつもついに色気づきやがったか?」

「だけど、総司君がね。全然蓮ちゃんの気持ちを分かってあげないから」

「だろうなぁ」

土方さんも声を上げて笑う。
けれど、すぐにいつもの冷静な表情にもどって、こんな事を言い出した。

「でも、あの女…妙にひっかかる」

「どういう事です?」

「異国と関わりのある女なら、長州や薩摩、もしくは坂本あたりが絡んでるんじゃねぇか…とも思うんだが…」

「……」

「本人にはそんな様子が一切ねぇ。嘘を言っているとは思えなかったんだ」

「不思議な子なんですね」

「ああ。もしまたこの町で出会ったなら、調べおかなきゃならねぇだろう」

「そのときは、私に声を掛けて下さいね」

「頼むぜ?」

土方さんは、そう言うとひらひらと手を振ってそのまま夜の街へ消えていった。


…頼むぜ

他愛のない言葉だけれど、自分が役に立っているんだと、自信が沸いて来る。

ここで仕事をするようになってから、私の人生は大きく変わった。

浪士組のためになら、私は何だって出来る。

そう、どんな事でも。


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