薄桜鬼(短編)
□白椿(山崎)
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それは、年も明けて寒さが一段と厳しさを増してきた頃…。
平隊士から、土方さんが呼んでいるとの伝言を受け、私は部屋に向かっていた。
総司君ならいざ知らず、何で自分が呼ばれたのか、全く見当がつかない。
小間使いなら、小姓の千鶴がいるしなぁ…。
「土方さん、蓮です」
「おう、入んな」
障子の向こうからは、別段いつもと変わらぬ土方さんの声がする。
…叱られる訳じゃないのかな。
少しホッとして、カラリと障子を開けて中に入ると、既に先客…山崎君がいた。
「……」
無言で軽く会釈してくれる山崎君。
「もしかして、話って監察がらみ?」
「…まあな。とりあえず、茶でも飲もうや」
「はい…」
部屋の真ん中には、火鉢が置いてある。
隣には茶道具が置いてあったので、火鉢に乗っていた鉄瓶の湯を使って、早速茶を煎れた。
「今日は格別寒いな…。お前らも、遠慮しねぇであたれ」
その言葉を素直に聞いて、私は火鉢に近寄ったけど、山崎君は微動だにしない。
「山崎君もおいでよ。お茶も、暖かいうちに頂こう?」
私は見かねて声をかけた。
一瞬困った表情を浮かべた山崎君だったけど、土方さんが無言で頷くのを見て、「では、遠慮なく…」と、ようやく、私の隣にやって来る。
本当、律儀と言うか、固いと言うか…。
総司君と、犬猿の仲だと言うのがよくわかる。一君と、凄く気が合いそうだよね。
「さて、んじゃあ早速本題といくか…」
「はい」
土方さんの声に、私は姿勢を正した。
「実は、監察方の調べで、長州の奴らが密会で使っている店を突き止めてな。そこを偵察するのが、今回の役目だ」
「なるほど…」
「本来なら、監察方で事足りるんだが…今回は、ちっと特殊でな…」
「特殊?」
土方さんの口調が、一気に重くなる。
ふうと溜息をつき、ぽりぽりと頭を掻き出して…何だか、とても言いにくそうだ。
「あの…特殊って、どう言う?」
「…まぁ、何だ。その店ってのが、鴨川沿いにある茶屋でな」
…鴨川沿いの茶屋。
あの辺りなら、巡査で何度も廻っている場所だ。
頭を巡らせて、あの近辺の店構えを、ぼんやり思い出してみる。
「あ…」
思わず声が出た。
あの辺りって、確か…。
「そ、出会い茶屋なんだ、その店ってのが」
「あんな場所で…」
「まさか…と思う場所だからこそ、長州が目を付けたのだと思われます」
山崎君の言うことは尤もだろう。
けれど、男女の密会に使う場所で会合とは…長州もよくやるよ。
…だけど、ちょっと待てよ。もしかして私がそこに偵察に行けって話なのか?
「あの…土方さん。俺が呼ばれたのって…」
「そういう事だ」
「いや、だけど、一人で行く所じゃないんだろう、そこは?」
「誰も、一人で行けなんて言ってねぇだろうが!」
「じゃあ、どうすんのさ?」
「だから、山崎と一緒に行って欲しいんだよ」
「はあ?」
思わず山崎君に振り返ると、普段の冷静な表情とは違い、真っ赤な顔で口を真一文字に結んで硬くなっていた。
「…協力…願いたい」
「き、協力って言ったって、俺、何をすれば?」
「君には女になってもらって、その…俺と、一緒に店に潜入して貰いたいんだ」
「えええ!?」
「店ぐるみで長州と繋がっているだけに、店の者が新選組と悟られないようにしなくてはいけないんだ」
「そんなの俺じゃなくたって…誰か、他に居ないのかよ?」
「居ねぇからお前を呼んだんだよ!部外者の千鶴にそんな事やらせる訳にはいかねぇし、他の隊士に女装させても汚ねぇだけだろうが!」
「汚ねぇって…」
「結城君、すまない。こんな無茶は二度とさせないから、今回だけは…この通り!!」
土方さんは、有無を言わせぬ迫力で私に迫ってくるし、山崎君は土下座をして頭を下げてくる。
「ここで奴らを一網打尽に出来れば、俺達、新選組の株が一気に上がるんだよ。な?」
確かに新選組にとって、今実績を上げることは、京で名を上げる事になって、お上や町の人達の信頼を得ることにもなるだろう。
それに、大の男にこうも頭を下げられては、断れるはずもなく…。
根負けした私は、しぶしぶ首を縦に振った。
「…分かったよ」
「ありがとう、結城君!」
「だけど、俺、女の着物なんて持ってないよ?」
「その変は俺にまかせろ。知り合いにちゃんと頼んであるからよ」
「あ…そ…」
流石に用意周到で…。
そんな訳で、私はそのまま土方さんに連れられて、疑惑の店の潜入調査へと向かった。
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