薄桜鬼(短編)
□紅花(不知火)
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春、桜の季節。
一君や平助達が隊を離れて半月が経った。
伊東さんをはじめ、幹部数人が出て行ってしまった事は、隊内でもかなりの動揺を生む結果となったが、時間の経過と共に落ち着きを取り戻しつつある。
今日は、一番組を率いて町の巡察に励んでいた。
本来、一番組は総司君の組。
このところ体調の思わしくない総司君。そんな時は、私が組長代理として、組を率いていくのが常だった。
「蓮太さん!」
「どうした?」
「あっちの川沿いで、花見客が揉めているらしいんです」
「分かった、俺と一緒に行こう。他の者は、そのまま巡察を続けてくれ」
「はっつ!」
正直なところ、最近、京の町の治安は思わしくなく、新選組の職務も、日々多忙を極めている。
特に今の時期は、桜の花見客が酒に酔っていざこざを起こす事件が多発していた。
「蓮太さん、あれですね」
「…暴れてるなぁ」
つい溜息が出る。
そこには、いかにも…という風体の男たちが二人、店の主人を取り囲んで脅かしていた。
浪人風情のようだが、いわゆる弱いものいじめ専門の類だ。
「お前達、何を揉めている!」
「…あぁ?こっちは正当な理由で店主と話をつけてんだ。あっちへ行ってな!!」
「そ、そんな事おまへん…。ある事ない事言うてんのは、そっちや」
「黙れ!嘘を申すな!」
「…いかなる理由があろうとも、そのように締め上げるのは如何なものか?」
「うるせぇな…。んだお前?」
「新選組一番組伍長、結城蓮太だ。とにかく、冷静に話をしろ」
『新選組』と聞いて、一瞬たじろいだ浪人達だったが、私の姿を見てすぐに笑い出した。
「あははは、随分可愛らしい壬生浪だな」
「一丁前に槍なんぞ持ってるが、本当に振れるのか?」
まぁ、こんな調子で馬鹿にされるのも慣れっこになっている。
私は、返事の変わりに素早く槍を構え、店主の胸倉を掴んでいた男の首筋近くへ、ピタリと刃先を突きたてた。
「一応、振れるのだが…」
「ぐ…」
男たちが、一斉に息を呑むのが感じられる。
「…大人しくしていれば、何もしないぞ?」
店主の胸倉を掴んでいた男は、そのままヘナヘナとその場に座り込む。が、しかし、もう一人の男が、突然踵を返すと走り出したのだ。
「俺が追う、お前はそいつを屯所に連れて行け!」
「はいっ!」
隊士にその場を任せ、逃走した男を追いかける。
町の大通りから、裏道へ…。
どうやら京の土地勘がある様子だ。
右へ左へと翻弄されながらも、必死で喰らいついていくと…。
次第に町から遠のいて、細い道へと誘われ…結局、その男を見失ってしまった。
「…ちっ」
息を整えながら、辺りを見回してみたけれど、人の気配は感じられない。
でも道は一本道だし、間違えたなんて事は考えられないんだけれど。
その時だった。
背後から酷い殺気を覚え身構えた瞬間、それよりも早く、背後から太い腕が私の首に巻きついたのだ。
「っ…!?」
「細い首だなぁ…隊士さん」
「……」
「あんた、新選組で伍長を張れるだけあるよな…。まあ、俺に取っちゃどうでもいいことだけどよ!」
男は、私が手にしていた槍と腰に付けていた小太刀を奪うと、手の届かない方へ放り投げた。
そして、他にも武器が仕込まれていないか、着物の中に手を突っ込んできたのだ。
「…!!!」
情けない事に、思わず私は息を呑んでしまう。勿論、その僅かな変化を、男は見逃さなかった。
「…お前」
「……」
背筋が凍る想いだった。
女とばれれば、最悪の事態も想定しなければならない。
単純な腕力勝負となれば、私が男に適う事は難しいし…一体どうすれば。
ゴン!!
「う…」
後頭部に鈍い痛みを覚え、ガクリと膝と付いてしまう。そして、薄れゆく視界の中…見覚えのある髪の長い男の姿が、見えた気がした。
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