薄桜鬼(短編)

□山吹(風間)
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「それにしても…はぁ〜、蓮さん、えらい似合おうとりますえ。別嬪さんやわぁ」

「…ありがとう…ございます」

「ほんまに、うちの店でお世話させて欲しい位やわ…」


角屋の女将は、私の姿をまじまじと見つめ、感心した様に頷いている。

自分ではよく分からないが、念入りに化粧をし、華やかで豪華な着物を身につけているのだから、それなりに見えるのだろうか…。


ここは島原の花街。


私は今、舞妓の姿で潜入調査に向かうところなのだ。

事の始まりは、三日前の会議でのこと。


「潜入調査!?」


私は思わず声を上げてしまった。
正直な所、あまり好きな仕事ではない。

だって、私が呼ばれる調査と言うと、どうしても自分が女に変装して…という事が多く、気が進まない。


「露骨に嫌な顔すんじゃねぇよ」

「僕は楽しみだなぁ…蓮ちゃんの可愛い姿」

「…総司君」


自分が関わらないせいか、総司君は楽しそうに話に加わってくる。…他人事だと思って。


「あの…私では駄目ですか?」


それまで黙って聞いていた千鶴が、おずおずと口を開いた。


これには、幹部連中全員が驚いて、一瞬、言葉に詰まってしまう。


「雪村君、本気…なのかね?」

「はい。私は腕が達つ訳では有りませんし、出来る事といえば限られてきます。潜入調査で皆さんのお手伝いが出来るなら、嬉しいです」


近藤さんに尋ねられた千鶴は、健気に微笑んだ。その表情には、迷いはなく…真剣な様子が伺える。

そんな姿を見た面々は、一斉に、私に責めるような目線を向けた。

…そんなに見なくても。

確かに、千鶴みたいな可愛らしい子なら、潜入調査にうってつけだけれど…。素人が行くなんて事は、危険過ぎる。何しろ今回の調査対象は、店に来る武士や浪人なんだから。


「…千鶴が行く位なら、俺が行きます…」

「蓮ちゃん…」

「潜入するだけなら、千鶴でも十分可能だと思うけれど、相手が悪い。いざって時に自己防衛も出来ないんじゃ、危険過ぎる。…ですよね、土方さん」

「よく分かってんじゃねぇか」


土方さんは、ニヤッと笑う。

…何だか、思う壺?


「蓮行ってくれるか?助かるよ」

「はい」


そう、近藤さんに褒められるのも…悪い気はしないしね。


「決行日は明日から一週間。…心してかかれよ?」

「承知」


そんな訳で、私は潜入調査に向かったのだ。




「…蓮はん、お疲れと違います?」


三つ目のお座敷を勤めている時だった。近くに
居た小扇姉さんが、小さな声で私を気遣ってくれる。

彼女は島原で一、二を争う人気芸妓。

唄、舞の腕も一流で、器量も気立ても良い、非の打ち所の無い芸妓だった。
土方さんが贔屓にするのも、分かる気がする。女の私でも、見惚れてしまう位だもの。


「このお座敷、問題おへんのやろ?先に戻っても宜しおすえ」

「ありがとうございます」


長々と座敷に居ても、ぼろが出るだけだ。
そう考えた私は、彼女の指示に素直に従い座敷を後にした。


…風が心地よい。

付き合いで飲まされた酒のせいで、体が少し火照っている様だ。
控え室に向かう前に、廊下の手すりに寄りかかり、ぼんやりと夜風に身を任せてみた。


「…酔い醒ましか?」


背後から低い声が聞こえ、一気に現実に引き戻される。驚いて振り返ると、あからさまに浪人と思しき、かなり体格の良い男が立っていた。


「へ…へぇ。けど、ご心配あらしまへん。ほな…」


にわか作りの舞妓だ。なるべくなら誰とも関わりたくない。
ありったけの愛想笑いを浮かべて、支度部屋へ戻ろうと踵を返したけれど…。


「…待て」

「っ!!」


がっちりと、片方の手首を掴まれてしまった。


「良く顔を見せろ。初めて見る顔だな…」

「いややわ…恥ずかしい」


何とかして逃れようと試みたけれど、びくともしない。
どうしよう…。こんな所で騒ぎは起こしたくないし。


「気の強い、良い瞳をしておるな…。今宵はお前と一夜を明かしたい」

「うち達は、そう言った事は出来まへんのどす。そう言う事どしたら、違うお店に行っとくれやす」


この浪人、勘違いしている。京の舞妓、芸妓は芸は売っても身体は売らないはず。女郎と勘違いしてないか?

やんわりと断ったのに、その浪人は酔っている事もあって、素直に引き下がってくれない。
しつこい男は嫌われるって事、知らないんだろつか…。



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