薄桜鬼(短編)
□山吹(風間)
1ページ/3ページ
「それにしても…はぁ〜、蓮さん、えらい似合おうとりますえ。別嬪さんやわぁ」
「…ありがとう…ございます」
「ほんまに、うちの店でお世話させて欲しい位やわ…」
角屋の女将は、私の姿をまじまじと見つめ、感心した様に頷いている。
自分ではよく分からないが、念入りに化粧をし、華やかで豪華な着物を身につけているのだから、それなりに見えるのだろうか…。
ここは島原の花街。
私は今、舞妓の姿で潜入調査に向かうところなのだ。
事の始まりは、三日前の会議でのこと。
「潜入調査!?」
私は思わず声を上げてしまった。
正直な所、あまり好きな仕事ではない。
だって、私が呼ばれる調査と言うと、どうしても自分が女に変装して…という事が多く、気が進まない。
「露骨に嫌な顔すんじゃねぇよ」
「僕は楽しみだなぁ…蓮ちゃんの可愛い姿」
「…総司君」
自分が関わらないせいか、総司君は楽しそうに話に加わってくる。…他人事だと思って。
「あの…私では駄目ですか?」
それまで黙って聞いていた千鶴が、おずおずと口を開いた。
これには、幹部連中全員が驚いて、一瞬、言葉に詰まってしまう。
「雪村君、本気…なのかね?」
「はい。私は腕が達つ訳では有りませんし、出来る事といえば限られてきます。潜入調査で皆さんのお手伝いが出来るなら、嬉しいです」
近藤さんに尋ねられた千鶴は、健気に微笑んだ。その表情には、迷いはなく…真剣な様子が伺える。
そんな姿を見た面々は、一斉に、私に責めるような目線を向けた。
…そんなに見なくても。
確かに、千鶴みたいな可愛らしい子なら、潜入調査にうってつけだけれど…。素人が行くなんて事は、危険過ぎる。何しろ今回の調査対象は、店に来る武士や浪人なんだから。
「…千鶴が行く位なら、俺が行きます…」
「蓮ちゃん…」
「潜入するだけなら、千鶴でも十分可能だと思うけれど、相手が悪い。いざって時に自己防衛も出来ないんじゃ、危険過ぎる。…ですよね、土方さん」
「よく分かってんじゃねぇか」
土方さんは、ニヤッと笑う。
…何だか、思う壺?
「蓮行ってくれるか?助かるよ」
「はい」
そう、近藤さんに褒められるのも…悪い気はしないしね。
「決行日は明日から一週間。…心してかかれよ?」
「承知」
そんな訳で、私は潜入調査に向かったのだ。
「…蓮はん、お疲れと違います?」
三つ目のお座敷を勤めている時だった。近くに
居た小扇姉さんが、小さな声で私を気遣ってくれる。
彼女は島原で一、二を争う人気芸妓。
唄、舞の腕も一流で、器量も気立ても良い、非の打ち所の無い芸妓だった。
土方さんが贔屓にするのも、分かる気がする。女の私でも、見惚れてしまう位だもの。
「このお座敷、問題おへんのやろ?先に戻っても宜しおすえ」
「ありがとうございます」
長々と座敷に居ても、ぼろが出るだけだ。
そう考えた私は、彼女の指示に素直に従い座敷を後にした。
…風が心地よい。
付き合いで飲まされた酒のせいで、体が少し火照っている様だ。
控え室に向かう前に、廊下の手すりに寄りかかり、ぼんやりと夜風に身を任せてみた。
「…酔い醒ましか?」
背後から低い声が聞こえ、一気に現実に引き戻される。驚いて振り返ると、あからさまに浪人と思しき、かなり体格の良い男が立っていた。
「へ…へぇ。けど、ご心配あらしまへん。ほな…」
にわか作りの舞妓だ。なるべくなら誰とも関わりたくない。
ありったけの愛想笑いを浮かべて、支度部屋へ戻ろうと踵を返したけれど…。
「…待て」
「っ!!」
がっちりと、片方の手首を掴まれてしまった。
「良く顔を見せろ。初めて見る顔だな…」
「いややわ…恥ずかしい」
何とかして逃れようと試みたけれど、びくともしない。
どうしよう…。こんな所で騒ぎは起こしたくないし。
「気の強い、良い瞳をしておるな…。今宵はお前と一夜を明かしたい」
「うち達は、そう言った事は出来まへんのどす。そう言う事どしたら、違うお店に行っとくれやす」
この浪人、勘違いしている。京の舞妓、芸妓は芸は売っても身体は売らないはず。女郎と勘違いしてないか?
やんわりと断ったのに、その浪人は酔っている事もあって、素直に引き下がってくれない。
しつこい男は嫌われるって事、知らないんだろつか…。
.