薄桜鬼(短編)

□零れ桜(土方)
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春……新選組屯所、西本願寺。

暖かい日差しが降り注ぐ縁側で、私は一人、日向ぼっこ楽しんでいた。

昨夜の夜回りのせいか、気を緩めれば、すぐにでも眠ってしまいそうな程に心地良い…。

「随分と、気持ち良さそうだな」

「…!!」

声に驚いて振り返ると、腕組みをし…口元に笑みを浮かべた土方さんが立っていた。

「もう…驚かさないでよ」

「お前が余りにも、呆けた顔をしてたからよ」

「呆け…失礼だな!」

相変わらず容赦の無い言葉に、わざとむくれてみたけれど、土方さんは全く意に介さない。

「…今日は非番か?」

「そうだけど」

「なら、暇だよな」

「…まぁね」

「少し、付き合え」

そう言って、土方さんはくるりと踵を返し、玄関へ向かった。

「あ、ちょっと…」

呼びかけた所で、土方さんの歩みは止まらない。

こちらの意思を抜きにして、行動を起こす。土方さんはそう言う人だ。
まぁ、そんな事は試衛館に居る頃からの慣れっこなので、今更どうという事は無いのだけれど。

「ねぇ、何処に行くんだ?」

「来れば分かる」

これも土方さんの常套手段。
こういう時は、必ず何か企んでいるんだよね…何だろう。


屯所を出て、幾つか角を曲がり、大きな通りを抜けて行く。
このまま真っ直ぐ進めば、鴨川に当たるはずだ。

「ほら、そこだ」

土方さんが、こちらを振り向いて指を差す。素直に視線を向けてみると、明るく開けた空間が見えてきた。
歩を進めるたびに、近づいてくる景色を目を凝らしてみると…。

「うわ…」

その風景に、思わず息を呑んだ。

鴨川沿いに続く、淡い紅色の美しい風景。

満開の桜並木だった。

「…すごい!」

「だろ?さっき、近藤さんの使いで出たときに気付いてな」

「もう、桜の時期なんだね」


…私にとって、桜は特別な花。
家族との思い出に欠かすことの出来ない…大切な花なのだ。

「江戸も、もう咲いてるんだろうか」

「多分な」

「そっか…咲いてるか…」

「…思い出しちまうか?ご両親や兄さんを」

土方さんが、少し遠慮がちに尋ねてくる。

「少しね。けど、昔みたいに辛いって事はないよ。時が経ったせいかな。それに…」

「ん…?」

「土方さん、それに皆が居てくれたから」

「……」

土方さんは、少し照れ臭そうに笑って、再び桜を見上げた。

はらはらと天から舞い落ちる花びらは、まるで土方さんを飾るかのように美しい。私には、その姿がとても眩しく映る。

…それは土方さんが新選組一の色男と呼ばれている事実だけではなく、私が、特別な感情を持ってしまったせいなのかもしれない。

そう…。

私は、いつの頃からか土方さんに憧れていた。

最初は兄の様な存在でしかなかったが、いつの間にか…特別な存在へと変っていったのだ。

けれど…その思いは、ずっと胸の中に仕舞い込んでいる。
そして、これからも表に出すこともないし、ずっと秘めたままで終わるのだと思う。

…いや、絶対に知られてはいけないんだ。



「蓮!」

「…何?」

突然名前を呼ばれて、ついドキリと胸が高鳴る。
もちろん、そんな気持ちを悟られない様に、ごく普通に答えたけれど。

「ちっと、後ろ向いてみな」

「え?」

「いいから…」

「???」

何が何だか訳の分からないまま、素直に背中を向けてみると、何故か土方さんは私の髪に触れだした。

「なッ…何?」

「動くなって…」

動くなって言われても、突然の行動に緊張してしまって…普通になんか出来ないよ。

「よし…。こっち、向いてみな」

「え…?」

ますます訳が分からない。
恐る恐る振り向くと、なぜだか満足げな表情で、土方さんが微笑んでいる。

「…何なんだ?」

「髷の所、触ってみな?」

「髷?」

そっと自分の髪に触れてみると、そこには柔らかい感触。

もしかして…。

「桜?」

「当たり。…やっぱり、どんな女でも花は似合うよな」

「ど、どんなって何だよ!」

と憎まれ口を叩きながら、顔は真っ赤になってしまって…自分ではどうにもならない。

本当に、どれだけ私の心を弄べば気が済むのか…。しかも、それが無意識なのが、狡い。



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