薄桜鬼(短編)
□梔子(永倉)
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寒い…もう6月だって言うのに、どうしてこんなに寒いんだろう。
今朝起きた時から肌寒さを感じて、普段より一枚余計に肌着を重ね着したのに…。昼になってもゾクゾクとした寒気が、一向に収まらないなんて。
けれど、今日は休む訳にはいかない。
気持ちを引き締めて、私は幹部の打ち合わせ場所である広間へ向かった。
「では、始めましょうか」
山南さんを中心に、会合が始まる。
本来なら居るはずの、近藤さん、土方さんの姿は無い。会津藩からの命で、二人は大阪へ出向いていた。
その付き添いに総司君が同行し、伊東さんと平助君は、江戸で新人隊士の募集の任を受け、出払っている…。
つまり、今の新選組は完全に人員不足。風邪で休んでいる余裕など、無いに等しいって訳だ。
「…おや、蓮。体調が優れないのかい?」
「え?いえ。大丈夫です」
「済まないね。今日は何分人手が足りていなくて…。でも、無理は禁物。辛いときは、言いなさい。後々大変だから」
「はい、ありがとうございます」
心配そうに声を掛けてくれたのは、源さんだ。
私にとって父のような存在で、言葉の端々には優しさが伝わってくる。
「今日は通常の巡察以外、大きな仕事はありません。ですが、何時何が起こるかは予測不可能です。くれぐれも、気を引き締めて隊務に励んで下さい」
山南さんの言葉に全員が頷いた。
「斎藤君。今日の当番は、何組でしょうか」
「昼は、一番、二番組。夜は三番、十番組です。」
「雪村君は、巡察に同行しますか?」
「出来れば、お願いしたいです」
「ならば一番組で預かっては?。今日は四条近くの、人が多い場所を担当するはずです」
「そうですね。では、そのように。結城君、頼みましたよ?」
「承知」
程なく打ち合わせが終わり、それぞれが自分の持ち場へと向かう。
私は千鶴を連れて、一番組の平隊士と共に玄関へ向かおうとしたんだけれど。
「おい、蓮」
新八さんが、手招きして私を呼んでいる。
「…何?」
「お前、風邪引いてんだろ?大丈夫なのかよ…」
大雑把に見えて、新八さんは優しいところがある。だけど、照れくさいからこっそり私を呼んだのだろう。
「うん、大丈夫。自分の事は自分が一番分かるから」
「けど、お前は我慢しすぎるトコがあるからよ」
「もう、心配しすぎだよ。子供じゃないんだからね」
「…そうか?」
私の言葉に、新八さんはちょっと困ったような顔をしていたけれど、すぐに笑顔になって私の肩をぽーんと叩いてくれる。
「おし、じゃあ今日も頑張って行こうぜ!」
「ああ」
「二番組、行くぜ!一番組に負けんじゃねぇぞ?」
「おおっ!」
新八さんを筆頭に、意気揚々と隊務に向かった。私も負けていられない。
「一番組、行こう!総司君が居ないからって、気を緩めるなよ!」
「はっ!」
「千鶴、行こうか」
「うん」
今日の巡察は、一番組が主に大通りと鴨川沿いを、二番組は反対側の川向こうを巡る予定になっていた。
四条の辻で二番組と別れ、ここからは一番組単独での見回りとなる。
月が変われば祇園祭。時期柄、ぐっと人通りも増えていて、町はかなり賑やかだ。
私達は、いつもの道を巡りつつ、気になる商家へ顔を出しては、綱道さんの情報を尋ねていく。
正直な所、最近では、綱道さんの話が出てくる事は殆ど無く、空振りするが多かった。
だが、今日に限っては、予想外の収穫もあった。
久しぶりに寄った薬問屋の主人が、近々江戸に向うらしく、その際に繋がりのある医師達に綱道さんの行方について尋ねてくれると約束してくれたのだ。
「良かったな、千鶴…」
「うん。蓮ちゃんも、ありがとう」
「いや?俺は別に」
「ううん。面倒がらずに巡察に連れて行って貰える事、いつも感謝してるの」
「…千鶴は、謙虚だよな」
「え?」
「千鶴こそ、人知れず雑用をとこなしてくれているのに、それをおくびにも、出さないじゃないか…」
「そんなこと…」
「本当に…」
「蓮…ちゃん?」
「…ご、ごめん」
突然ふらっと目眩を感じ、体勢を崩してしまった。
今まで気にしていなかったけれど、顔が火を噴く様に熱く、額に汗まで浮かんできて、息をする事も容易ではない。
「もしかして、熱があるの?…大丈夫?」
「この位…大したことないよ」
「けど…このままじゃ」
「大丈夫だから…」
千鶴を心配させたくなくて、やせ我慢してみたけれど…頭はぼうっとしてくるし、体もフラフラで、情けないけれど辛い。
どうやら、自分で考えているよりも、かなり体調が悪いのかもしれない。
そんな事をアレコレと考えているうちに、私はへなへなと座り込んでしまった…。
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