薄桜鬼(短編)

□女郎花(平助)
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初めての京の夏は、地元の者が「今年はとびきり暑い」とこぼす程、酷暑の年だったようだ。


江戸から来た私達にはこの暑さが本当に応え、体調を崩す者が続出している。
既に長月(9月)に入ったというのに、連日うだるような暑さが続いているのだ。

強い日差しの中の巡察も辛いところだが、頓所の中も結構大変だったりする。

人数が徐々に増え、そうでなくても手狭になっていたのに、この暑さだ。

今まで男所帯の中で暮らしてきて、辛いと思った事は無かったと思う。

けれど、今年の夏違っていた。
そうでなくても手狭な屯所内に、図体のデカい男たちがひしめき合っているのだから。

暑い、狭い、臭い(汗で)・・・。

隊士の中には、暑さに耐えかねて下帯一つで過ごす輩も出てくる始末。
男所帯って、すごいよな・・・。

あきれる気持ちもあるけれど、本音で言えば男が羨ましい。
私なんて、脱ぎたくても脱げる訳がないんだからさ…。

それにこの所、頓所は人が更に増えてむさ苦しさに拍車がかかっている。
こう暑くては堪らないよ…。

そこで、少しでも気休めになればと、隊務の合間に鴨川までやって来た。

川の水音を楽しみながら、河原に植わっている木の木陰で涼をとるなんて…何だか粋かなと思ったんだよね。



河原には、子供達が水浴びに来ていて賑やかな歓声が上がっている。

私も子供の頃は、総司君や兄上とよく川遊びをしたよな。
泳いだり、魚やサワガニを捕まえたり、いくら遊んでも飽きることが無かったっけ。


「あー!すげー!」

「兄ちゃん、そっちや!」

「任せッろって!!」


ん…???

突然、聞き覚えのある声が耳に飛び込んで、私は辺りを見回した。

良く見れば、水際で子供達と一緒になってはしゃぐ、髪の長い男がいるではないか。
しかも、子供たちと同じく、下帯一丁の恰好で…。

あれはどうみても…。


「へ、平助!?」

「ん?おぉー!!何やってんだ、蓮!」

「お前こそ何やってんだよ!」

「見りゃあわかるだろ?水遊び!」


平助は、そう答えるとすぐにまた子供達と水遊びに興じ始めた。


わぁ…一緒に遊んでいる子供たちより、めちゃくちゃ楽しんでる。

こりゃガキ大将だね。

左之さんや新八さんが見たら、絶対餓鬼だからってからかわれるな。

でも、平助らしい…。

思わず笑いがこぼれた。

そう、いつだって平助は元気いっぱいで、私たちをはじめ隊士達の気持ちを盛り立ててくれる。
この笑顔に、私も何度救われたことか…。

総司君とは対照的な平助。

私たちは、歳の近い事もあって兄弟のような関係だった。


木陰を出て、平助たちの傍に行ってみると、気付いた子供たちが声を掛けてきた。


「兄ちゃんの知り合いか?ほな手伝ってんか?」

「え?」

「小鮒捕まえよ思うて」

「へえ、いるんだ?」

「おい、蓮!お前もやらないか?楽しいし、すっげー水が気持ち良いぜ!」

「え、けど…」

「大丈夫だよ、この辺こんなに浅いし。ちょっと袴をめくれば平気だろ?」


確かに平助の居る場所は、深くても膝より浅いくらいの水深に見える。
これくらいなら、溺れることも無いし大丈夫かな…。万一の時だって、この天気じゃすぐに乾くだろう。

連日の暑さに参っていた私は、水の冷たさが恋しくて、素直に頷くことにした。


「よし、手伝うよ」

「おーしチビ共!新入りにご挨拶だー!」

「え、えぇ〜〜!?」


平助の声をきっかけに、容赦無く水しぶきが私を襲う。
小鮒を捕まえるって話は何処に行ったんだよ!!


「うわっつ!やめろって!」

「あははは、気持ちええやろ?」

「お返ししてもええよ!」


普段なら、そんなにはしゃぐことも無いんだけれど、今日は何だか妙に楽しくて子供たちの挑発を、あえて受けて立つことにした。


「言ったな?容赦しないよ〜!!」

「きゃーーー」

「にいちゃん、怒りはった〜♪」


本当に、小鮒なんてどこへやら。
単純な水浴び状態になってしまった・・・。
それも、かなり本格的な。

気が付けば、私は全身ずぶ濡れ状態に陥っていた。
確かに涼しいけれど、流石にこのまま屯所に帰るわけにはいかない。


「ち、ちょっと、休憩させてくれって!」

「えー、もっと遊んでよ」

「お前らは裸同然でも、俺は着物を着てるんだって。このままじゃ帰れないだろ?」

「ええー!」

「まぁまぁ、俺がもう少し遊んでやるから、この兄ちゃんは解放してやってくれよ」

「…仕方ないなぁ」


平助の仲裁で、漸く子供たちは引き下がってくれた。


「兄ちゃん。だったら、そこの小屋の横にある物干しを使うとええよ」


言われて振り向くと、確かに小さな藁葺の小屋があって、そこに物干しの様なものが見えた。

本当にずぶ濡れだったので、少しでも着物を乾かしたいところだ。


「分かった。じゃ、ちょっと行ってくる」

「おう。あ、俺の手拭い、貸してやるよ」

「ありがと」


放られた手拭いを受け取ると、私は小屋へ向かった。

それにしても、重い。
髪はおろか、着物も袴もぐっしょりだ。

少しでも絞って干したいけれど、ここで脱ぐわけにはいかないし…。

仕方ない、だめでもともとだ。
思い切って小屋の戸に手を掛けてみると…入り口は思いがけずあっさりと開いた。


「うわ、不用心だな…」


思わず口についてしまったけど、今の私には幸運だ。
平助が子供たちと遊んでいるうちに、着物を絞っておかないと…。

小屋の中は簡素な作りで、地元の漁師たちの物置小屋になっているらしい。
投網やらざるや籠などが雑多に積まれてたが、服を脱ぐくらいの場所はあった。

それにしても…

濡れてしまったせいで、紐が固くて解けない!
そんなにきつく結んだつもりは、なかったんだけれどなぁ…。

四苦八苦の上、何とか袴と着物を脱いで絞っていると、案の定たっぷりと水が零れる。
これをまた着なければならないかと思うと、少々憂鬱だ。


「ちょっと、羽目を外し過ぎたかな…」

我ながらやってしまったかと、思わず苦笑し独りごちる。

そのほんの一瞬。
つい、気を緩めてしまった事で、私は周りの気配を察することを怠ってしまった。




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