薄桜鬼(短編)

□桜彩(土方×千鶴)
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元治二年、春。

早いもので、私が新選組のお世話になって一年が過ぎていた。

初めは、まさに軟禁状態であった私の待遇もすっかり変化して、かなり自由に過ごさせて頂いている。

流石に頓所外へは、誰かと行動を共にすることになっているけれど、頓所内での移動や雑用に関しては何の制限もされていない。
気を使う事と言えば、事情を知らない隊士の方々との会話くらいだ。

けれど“土方さんの小姓”という肩書程、威力のあるものはない。
詮索された時にも“土方さん”のお名前を出せば、大抵引き下がって下さるのだから。


「土方さん、お茶をお持ちしました」

「…入れ」

「失礼します」


朝食後、いつものようにお茶をお持ちした。

特にご用事が無い限り、お昼までは自室で細々とした書類を纏めるのが、土方さんの日課となっている。

部屋に入ると、既に土方さんは机に向かい、もくもくと仕事に勤しんでいた。
傍らには書類が山積みになっていて、私の目で見てもかなりの量に見える。


「今日は、特に量が多くありませんか?」

「ん?ああ、重要な会議が控えているからな…」


質問には答えてくれたけれど、余裕がないのかそれ以上は何も仰ってくれない。

もともと多くの仕事を抱えてきた土方さんだけれど、頓所を西本願寺に移した頃から、更に忙しさに拍車が掛かったと、私は感じていた。

夜は、早くても丑の刻(深夜二時前後)まで行燈の明かりが点いているし、朝だって明け六つ(午前6時ごろ)には既に目覚めていらっしゃる。
つまりは、日々眠る時間を削ってお仕事をされている訳で…。

こと、最近は、顔色の優れない日も度々あるようだし、お食事もろくに召し上がってらっしゃらない。

鬼なんて仇名を付けられているけれど、土方さんだって人。こんな生活を続けていては、いつか倒れてしまう事くらい、私にだってわかる。

私は、まがりなりにも“土方さんの小姓”という仕事を賜っている。
だったら、やるべきことはただ一つ。
土方さんのご負担を、軽くして差し上げる事だ。

分不相応だと分かってはいるけれど、どうしてもお力になりたくて、土方さんにお願いを申し出た。


「あの…土方さん。お手伝いをさせて頂けませんか?」

「あぁ?」


眉間にしわを寄せたまま、土方さんは私の方を見る。

かなり…恐いかも。

流石『鬼の副長』…すごい迫力だわ。

けれど、私はそれに怯む事無く言葉を続けた。
ここで引き下がったら、いつまでたっても土方さんのお力になれないもの。


「私、読み書きは父に習いましたので、書類の整理とか簡単な書簡なら書けます」

「……」

「お疑いになる前に、一度手伝わせて下さい。それでお役にたてなければ、以後こんなお願いは申しません」

「……」

「駄目でしょうか?」


土方さんは少しの間、私をじっと見つめていたけれど、突然ぷいっと背を向けて、再び書類に目を通し始めた。

…む、無視?

ううん、怯んじゃ駄目よ。負けちゃ駄目!!


「土方さん、あの…」

「…硯と筆、持って来い」

「え?」

「手伝うんじゃねぇのか?」

「は、はい!」


飛び上ってしまいたい位、私は喜びを感じていた。
だって、今まで何度お願いをしても、『余計な事はしなくていい』と仰って、一度も手伝わせて貰えなかったのに…。

大急ぎで私室へ戻り、押入れの中にある行李を引っ張り出した。
確かここにしまっておいたはず…。


「あった」


手にしたのは、美しい細工のしてある矢立(携帯用筆入れ)。父さまが、京土産だと言って送って下さったものだ。
想いでの矢立を手に、私は大急ぎで土方さんの部屋を訪れた。


「土方さん、失礼します」

「入れ…」

「お待たせしました。何をお手伝いしましょうか?」

「お前…」

「はい?」

「何か楽しい事でもあったか?」

「…いえ、別に」

「けど、顔が緩んでるぜ」

「へ!?」


思わず両手で押さえる。

私、そんなにニヤニヤしてたかな?
土方さんが、私にお仕事を振って下さること自体が初めてだったから、確かに嬉しかったけれど…。


「まあいい。けどお前、下手くそな文字を書いてみろ、容赦しねぇからな?」

「は、はい!」

「じゃあ手始めに、これをまるっきり同じように写してみろ」


突きつけられたのは一枚の紙。

新選組から、近隣の藩邸へ向けた手紙のようだ。
それ程難しい漢字は無いみたいだから、私でも何とかなるかもしれない。


「承知しました」

「……ん」


よし。

俄然やる気が出てくる。
こんな機会は、滅多にあるわけ無いんだから、しっかり務めなくちゃ…。


土方さんから少し離れた畳の上で、丁寧に文書を清書していく。
決して早くは無いと思うけれど、文字の美しさには少しだけ自信があったりする。

一枚書き終えてお見せしたら、ちらりと私を一瞥したのと同時に、土方さんは…微笑んでくれた…気のせいかしら…。


「……」

「…想像以上の出来栄えだ。そのままあと五十枚、頼んだぜ?」

「はい!」


久しぶりの感覚に、私は高揚していた。
池田屋で伝令を務めた時にも、同じような気持ちを覚えた気がする。

私、お役に立てたんだよね?
ああ、嬉しすぎて口元がにやけてしまいそう。

それに、土方さんのあの笑顔。
本当に素敵で………

って、そんな浮かれている場合じゃない!
お仕事のご負担を減らすためにも、出来る事をしっかりやらなくちゃ。




そんな事があって、土方さんは以後、時々私に仕事を振って下さるようになった。

今迄、何度か手伝いを申し出ても、無下に断られてばかりだっただけに、私にとって大きな一歩。
本当に、“土方さんの小姓”になれた様に思えて、すごく嬉しかった。



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