薄桜鬼(短編)
□片栗(沖田)
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文久三年一月。
浪士組み結成まであとわずかというこの時期。総司と蓮は、近藤の依頼でと上総の国へ出稽古を依頼され、その帰路についていた。
この時期の出稽古は、日の短さと寒さとの戦いで、かなり辛い。総司は蓮を気遣いながら、家路を急いだ。
しかしこの日は、朝から冷たい雪が降った為に、もう少しで江戸という所で日が暮れてしまった。近藤から万一の場合を言われていたので、二人は宿に泊まることにした。
「お寒かったでしょう?火鉢、置いておきますね?」
「助かります」
「じゃ、お夕飯お運びしますね」
そう言って、女中は部屋を出て行った。
蓮は、火鉢に手をかざして暖を取る
冷え切った身体を、じんわりとやわらかいぬくもりが包む。
「はー、生き返るなぁ」
暖かいお茶を飲みながらの火鉢。極楽である。
「いいお湯だったよ〜」
障子がガラリと開いて、総司が入ってきた。
湯上りでほてっているのか、冬なのに少し胸元をはだけて気崩している。
「総司君、湯冷めするよ?」
「大丈夫、大丈夫!ご飯のときにお酒飲めば、更に身体があったまるし」
「もう…」
「蓮ちゃんは、お風呂行かないの?」
「私は遅い時間に行くよ。この姿で女湯は、はばかられる」
「あ、それもそうだね」
「お食事をお持ちしました〜」
障子の外から声がする。先ほどの女中が、膳を持ってきたらしい。
「はいはい〜」
総司が障子を開けてやると、女中は手馴れた様子で、膳を二つと酒を徳利で二本用意すると、忙しそうに帰っていった。
「よーし、じゃあ、頂きますか!」
「うん。総司君、まずは一杯?」
「今日はうるさい人がいないからね!いつもより飲んじゃおうかな〜」
「二日酔いは止めてよ?」
「大丈夫だって」
向かい合わせで座った二人は、酒をちびちび味わいつつ、夕飯にも舌鼓を打った。
「総司君、結構飲むんだね?」
「何だかんだ言って、毎晩付きあわされてるからね」
「そうか、土方さん以外は、みーんな飲めるもんねぇ」
「蓮ちゃんってさ、結構飲める口なの?」
「どうなんだろ…。けど、これからお風呂なんだから、あんまり呑ませないでね」
「そだね。酔っておぼれたら大変」
「新八さんなら、やりそうだよね?」
「ぷっ、確かに…」
総司はクスクスと笑ったが、ふと真顔になって呟いた。
「…こんなにゆっくりと酒を飲めるのは、暫くないのかな?」
「来月には浪士組が召集されるようだし、そのまますぐに京へ上るらしいよね」
「京か…どんな所なんだろう」
「華やかだって噂は聞くよね。綺麗な人が多いって聞くし…」
「永倉さんたちは、楽しみにしてるんだろうね」
「ありうる…あはは」
「僕は、澄ました京美人より、ちゃきちゃきの江戸の女の人のほうが好きだけどね?」
「おミツさんみたいな?」
「…蓮ちゃん、斬られたいの?」
「ふふふ」
沖田にとって、姉のミツは頭の上がらない相手だ。渋い表情のまま酒をあおって、一呼吸ついた。
「蓮ちゃんさ…これからは、やっぱり『男』として生きる訳?」
「うん。近藤さんや土方さんとも話をしたけど、その方がいいだろうって」
「まぁ、血気盛んな男達が、わっさわっさいるんだもんね。その中に放り込まれたら、何されるかわかんないか…」
「もう、覚悟はできてる」
「本当に、いいの?」
「うん?」
「女の幸せとか、考えないのかなと思って」
「私は既に傷物だし、そういうのはとっくにあきらめちゃった」
『傷物』…。沖田は数年前に起きた事件を思い返していた。蓮の家族を襲った不幸。刺客に襲撃された際、彼女は背中に傷を負った。その事を言っているらしい。
「そんな事より、総司君、私聞いちゃったよ?」
「ん?何を」
「お手伝いの、おこうちゃんの事」
総司はあからさまに嫌な顔をする。
「誰に聞いたの?」
「本人から…」
「…だって本当の事だからさ」
試衛館では、お手伝いに来てくれている女性が複数いるのだが、その中の『こう』と呼ばれる女性が、総司に告白をしたところきっぱりと断られたのだ。
「おこうちゃん、いい子なのに」
「僕は剣の道に生きるんだって!それに…」
「何?」
「僕にも選ぶ権利はあるでしょ?」
「……あ、そ」
「蓮ちゃんだったら、断らないよ?」
「それはありがとうございます」
沖田らしい軽口に、蓮は笑って答える。当の本人は、少々違う思惑があった様だが、蓮は知る由もなかった。