薄桜鬼(短編)

□紅花(不知火)
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…揺れている?

自分の意思とは関係なく、体が揺れている感覚がする。

確か、浪人風情の男を追いかけて、捕まってしまって…。

「……」

「お、やっと起きたか」

「え…」

「今回に限っては、俺に感謝しろよ。操を守ってやったんだからな…はは」

「し、不知火…?」

「あ、あいつ?適当にボコボコにしてやったから、反省でもすんじゃねえの?」

目の前に…ありえない人物、不知火がいた。
しかも、私を軽々と抱きかかえ、当たり前のように歩いている。

次第に状況を把握するにつれ、私の顔は火が吹き出ているのではと思うほど、熱く真っ赤に染まっていく。

「あ、あの…」

「…お前、顔が赤いぞ?」

「お、お、降ろせ…」

そう告げるのが精一杯だった。
男に、よりによって敵である不知火に抱えられるなど、全く持ってあり得ない!!

「歩けるのか?」

「も、勿論…痛ッ…!」

叫んだ途端、後頭部に痛みが走る。多分、あの男が私を殴ったせいだろう。

「ばーか、無理すんじゃねぇよ。とりあえず、あっちに小川が流れてる。そこで冷やせ」

「で、でも…」

「時には素直に他人の親切に甘えるもんだ」

不知火は、私が何を言おうと気にせず歩いていく。

一体、何がどうなって…。兎に角、私の頭の中には疑問ばかりが渦巻いていたが、何をどう聞けば良いものか…。そんな状態ゆえ、私はただ黙って不知火に身を任せるしかなかった。

不知火が言っていた通り、道の先に小川が流れている。
近くにあった大きな石の上に私を降ろすと、不知火は軽快な足取りで小川に向かい、持っていた手ぬぐいを浸しすぐに持ってきてくれた。

「ほらよ」

「…いや」

「俺の手ぬぐいは嫌だってか?」

「…そういう訳では」

「…ここか?」

「ひゃ!」

突然冷たい感覚が後頭部に感じられ、思わず変な声を出してしまった。

「…染みたか?」

「お前がいきなり冷やすからだ!」

「くくく…そりゃあ悪かったな」

不知火は、何だか楽しそうに笑っている…。
気恥ずかしくて、ギロッと睨んでやったけれど、当の本人は全く意に介さない様子だ。

「あいつ、相当力込めやがったなぁ。痣になってるぜ」

「え…」

「まぁ、冷やせば何とかなるだろう」

「そ、そうか…」

改めて、不知火が私の後頭部に手ぬぐいを当ててくれた。
程よい冷たさが、痛みをやわらげてくれるのが分かる。

…それにしても、何故私は不知火に助けられたのか。いや、そもそも敵である私を何故助けようと思ったのか。色々な気持ちが湧いてきたけれど、率直にそれを聞くのが憚られ、口を噤んでしまった。

でも…礼くらいはちゃんと言ったほうが良いよな。そう思って、不知火に声を掛けたのだけれど。

「不知火、あの…」

「ん?」

「…!」

うっかり忘れていたけれど、不知火は私のすぐ隣に膝を突いてしゃがんでいる為に、振り向いた顔は、思いの他私に近くて…不覚にも、また顔が赤面して俯いてしまう。

「お前、やっぱり熱が出てるんじゃねぇのか?」

「いや、ち、違う」

「あ?じゃあ、何だよ」

「何故、俺を助けたんだ」

「へ?」

「敵なのに」

「ああ。本当は放っておこうと思ったんだがけどよ…。あいつ、卑怯だったから」

「卑怯…」

「お前が女と分かった途端に、豹変しやがって」

「……」

「そう言うの、俺は許せねぇ性質でよ」

「案外…真っ当な事を言うのだな」

私の言葉に、不知火はがくっと頭を垂れて、はぁとため息をついた。

「…お前、俺たちのこと何だと思ってんだよ」

「千鶴を奪うためになら、手段を選ばない…何と言うか…」

「あっそ。まぁ、そんな程度だろうよ」

「す、すまん。でも、今回の事は感謝している。本当に助かった、ありがとう」

「…おう」

素直に礼を言った私に、不知火の口許がゆるむ。戦いのときに見た不敵なものではなく、ごく自然に生まれた微笑は、張り詰めていた私の心を少しだけ緩めてくれた。
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