薄桜鬼(短編)

□山吹(風間)
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「…客の言うことを聞けぬと申すのか。」

「ッ!?」


浪人は、強引に私を引き寄せた。体格が良いだけに、私の抵抗なんて意にも介さない。


「や、やめとくれやす…」

「ふふ…嫌がらずとも良い。じきに、俺に夢中にさせてやる」


浪人は、嫌らしい目つきで私に迫る。必死に抵抗したけれど、びくともしない。


「…う!?」

「はは…暴れるな。観念して、今宵は存分に楽しませてくれよ?」

「きゃ…ッ!」


思わず悲鳴を上げてしまう。
渾身の力で振り上げた私の右手は、あっさりと男に封じられ、そればかりでなく、軽々と私を肩に担いでしまったのだ。

得も言われぬ恐怖が湧き出して、私は男の背中を叩きまくった。しかし、その男は全く涼しい顔のまま…。


「…だ、誰か!!」

このままでは、大変な事になる…。私は必死になって、助けを呼んだ。

「待て…」


突然投げ掛けられた声に、浪人が驚いて振り返る。
男が向かっていた先には、ぼんやりと人影が見えた。


「誰だ…」

「無粋だな。嫌がるものを、無理矢理連れ去るとは…」


月明かりに照らされて、その人物の姿が鮮やかに映し出される。

…山吹色の美しい髪に、燃える様な紅い瞳。
そして、黒い羽織に白の着流しという派手な出で立ち…。

風間千影だった…。

予想外の人物の登場に、言葉を失う私。
当の風間は、そんな私をを尻目に、悠々とこんな事を言ったのだ。


「…その女は、俺の贔屓でな。今夜も約束を交わしている」

「…何だと?」


訝し気に私を見る浪人。不本意ではあったけど、騒ぎを起こさず、この窮地をやり過ごす為には仕方がない。私は必死に頷いた。
だが浪人は、私を担いだまま動こうとしない。


「ふざけるな。やすやすと渡す訳には………」

「……」


刹那、ゾクリと得も言われぬ気配が私を襲う。同時に、浪人の身体がピクリと反応したのが分かる。
私同様に、異様な気配を感じとったらしい。


「…わ、分かった。もう何も言うまい」

「賢明だ…」


浪人は、慌てて私を肩から降ろすと、逃げるかのようにその場を去って行った。


「……」

「……」


私の正体がばれているのかは分からない。が、今ここで一緒に居ることが、得策でない事くらいは理解できる。


「お…おおきに…。ほな、失礼させて…」

「待て…」


何とか勇気を振り絞り、その場を去ろうとした私の手首を、風間ががっちりと掴んで離さない。

ひんやりとしたその感覚が、より緊張を煽る。


「…よく顔を見せろ」

「や…」


手首を強引に引かれ、その力に抗えぬまま風間の腕の中に納まってしまう。
切れ長の美しい瞳が、意地悪く私の顔を見つめている。恥かしさと、正体を知られたくない気持ちが、自然と顔を背けさせた。すると、もう一方の手が、私の顎に触れ無理やり顔を正面へ向けさせたのだ。


「…ふん…生意気な瞳だ」

「……」


目が離せない。

風間の紅い瞳は、吸い込まれそうな程美しく、迂闊にも胸の鼓動が激しくなってしまった。


「何故ここに居る?」

「え…」

「新選組一番組、結城蓮と言ったか」


風間は、私の反応を楽しむかのように微笑んでいる。

予想外の出来事に、私は言葉を失った。
けれど、それを見透かされる訳にはいかない。
無言のまま、私は風間を睨みつけた。


「……」

「ふふ…それが答えか」


風間はますます楽しげに笑うと、すぐに私を解放した。


「…あの浪人から助けてくれた事には、礼を言う。しかし、お前の全てを許した訳ではない」

「素直に礼を言えんのか?可愛いげのない…」

「俺は男として生きている。可愛い気が無くても問題はない!」

「…可愛いげが無いと困るのだが」

「は…!?」


耳を疑った。

反論される事は予想していたが、何故そんな事を言うのか…理解できない。


「行くぞ…」

「な…何をする!?」

「助けた貸しを、今返して貰おう」

「え…ええ!?」


戸惑う私など意に介さず、風間は私の手を引き歩きだした。

意表を突かれたのと、普段着ることのない、簪やら立派な着物などの重みで、どうにもならない。

私は風間の意のままに、ある座敷の前へと連れて来られてしまったのだ。



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