名探偵

□さよならエデン
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日野雅治は、普通の家庭に生まれた、普通の子供だった。


普通に"幸せになる人生のはず"だった。


優しい母と、働き者の父、そして可愛がってくれる兄。


のちに生まれた妹と弟も、それはそれは愛らしく、純粋に自身を兄と慕ってくれるいい子達だった。


雅治もそんな彼らに、精一杯の愛を返していた。






















しかし、雅治が10歳になる頃、彼の人生は狂い始める。


当時、まだ小学4年生だった彼。


その日の夕方は、父がいつもより早く帰ってこれるとわざわざ自宅に連絡をいれていた。


雅治も早めに兄弟と風呂に入り、食事の用意を手伝っていた時、とある1本の電話が入る。


その電話が不幸の始まりだなんて、いったい誰が推測できただろうか。


《もしもし、日野様でお間違いないでしょうか?奥様ですか?その、旦那様と思われる方が電車で爆破に巻き込まれ、今病院に搬送されたのですがすでに息がなくーーーーー》


その電話は、父親の死を告げる、あまりに突然で無慈悲な通告だった。


1車両を爆弾でぶっ飛ばすという、女のド派手な自殺に巻き込まれ、父は死んだという。


「あなた!!!いやっ、そんな...!目を覚ましてよぉぉぉぉ...!!!!」


父の亡骸にすがり、取り乱し、ただただ泣き叫ぶ母を見たのは、それが最初で最後であった。




























それでも雅治の母親は葬儀が終わる頃には、しっかり自分をもち直していた。


子供達をこれ以上不安にさせまい、自分がしっかりしなければと気を張っていた。


家族の収入源がいなくなり、兄は高校進学を諦めて近くの工事現場に勤め始めた。


母親もスーパーでパートをしたり、お酒を注ぎ客の話を静かに聞くような夜の仕事も始めた。


母親は、自分が働くからお前は高校に行きなさいと兄を諭したが、兄は断固として譲らなかった。


「俺の代わりに、雅治や、チビたちを大学まで行かせてやりたいんだ」


そういって笑う兄の顔の、なんと生き生きしていることか。


こっそりと聞き耳を立てていた雅治の心に湧き上がったのは、感謝と尊敬の気持ちだった。


それからというもの雅治は一層中学で勉強に励み、朝と夜は妹や弟たちの面倒を見ながら家事までこなした。


妹と弟も、わがまま1つ言わずに、ずっと良い子でいてくれていた。


全員が多忙で、必死ではあったが、また"幸せな人生"の軌道に戻り始めていた。




























そして迎えた雅治の高校入学式の日。


参列してくれるはずの兄はーーーーーーーーいつまで経っても来なかった。


代わりに、末弟の小学校入学式にでているはずの母親が血相を変えて、彼の元へやってきた。


「お兄ちゃんが...!殺されたって...!警察から連絡が...!」


兄は、当時付き合っていた彼女に、首を絞められて相手の自宅で死んだ。


優しくて、とても穏やかで、兄のことを大好きだと言ってくれていた彼女がなぜ、どうして、と雅治はグルグル考えたが結局理由は分からずじまいだった。


警察に自首しに来た彼女は、ただひたすら"ある言葉"を繰り返すだけだった。


「わ、わたし、やったわ、つぎはどうすればいい?ねぇ?どうすればいいの?つぎ、つぎはなにをしたらいい?」


端から見ても、彼女は狂ってしまっていた。


母親の涙にも、雅治の睨みつけるような視線にも反応せず、うわ言を呟きながら収監された。


そして、そのまま刑務所の中で、自ら命を絶ったそうだ。


タオルで首を吊ってしまっていた、すまない、と刑事の言葉が雅治の中で反芻されていた。




























その後、雅治は高校に行きながら、バイトで家計を手助けしていたが結局中退することとなった。


母親が、心労から倒れてしまったのだ。


医者によると昼夜働きづめで、しかも家族を亡くしてしまったことにより、心身ともに疲労が溜まってしまっているという。


雅治は病院のベッドで横になる母親に優しく微笑んで言った。


『俺の代わりに、チビすけたちを大学まで行かせてやりたいんだ』


母親はごめんね、とありがとうを繰り返し、雅治の胸に顔を埋めて泣いた。


妹と弟も、まだ小学生だというのに、雅治に抱きつきながらありがとう、おにいちゃんと繰り返した。


兄がしてくれたように、自分が今度は家族を守る、雅治はそう心に誓った。


母親には退院後、家で休養してもらうことになった。


掃除や洗濯や買い物などの家事は、雅治が帰宅してからだったり休日にまとめて片付けたりしておいた。


ただ、食事の用意だけは母親にお願いした。


母親には、まだ幼いのに苦労をかけてしまっている妹と弟と、一瞬でも穏やかな日々を過ごして欲しかった。


雅治の願いはただそれだけだった。



























母親は1年ほど自宅で穏やかに過ごすうちに回復した。


今度は家族に迷惑をかけないよう、昼間だけで十分に安定した収入を得られる仕事を始めた。


雅治は若干気がかりだったものの、大企業の事務職で、福利厚生などもしっかりしている、ということだったので首を縦に振った。



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