白雪解けゆく

□第一章-遅春
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――大好きだったあの人。

生まれて初めて本気で好きだと思えた。


彼女は白く柔らかい初雪のような人で。

そんな彼女との毎日は俺を変えてくれた。


少しずつ、少しずつ……

俺は彼女の色に染められていったんだ。


終わりなんて考えもしなくて。

そんなものは"ありえない"のだ、と。



――でも、所詮は俺の自惚れだった。





『……私たち、終わりにしよう?』


今でもハッキリと覚えてるその言葉。

白雪のような彼女から紡ぎ出された冷たい音色は、消えることなく俺の中で降り続けている。


止むことなく降り積もり、やがて俺はその音色に飲み込まれる。










――俺の季節は、あの日で止まったまま。

















-切原赤也-















「――あーかやっ!」


部活の休憩時間。

大きな声で俺の名前を呼びながら背中へと抱き着いてきた人物に、俺はため息を吐く。



「……舞華。それ、やめろって言ってるだろ」

「えー、いいじゃない。好きなんだから!」


彼女は頬を膨らませながら絡みついてくる。



「お前、よくそんな恥ずかしいこと言えるよな」

「舞華は恥ずかしくなんてないもーんっ」


花園舞華――

俺は去年の12月に彼女から告白をされ、付き合っている。





「あー、分かったから……退け」


そう言って俺は彼女を引き剥がす。



「ひっどーい!舞華はもっと赤也とベタベタしたいのにい」

「だーかーら!お前はいちいち恥ずかしいんだよっ」


三年へと上がった俺はテニス部の部長を引き継いだ。

それと同時に男子テニス部のマネージャーになった彼女は、よく働いてくれていて部員からの評判も良い。


ただスキンシップが激しくて、それが少し前までの俺を見ているようで複雑な気持ちになることがある。





「あっ、そーだ!」


突然、何かを思い出したかのように声を上げた彼女。



「んあ?何なんだよ、いきなり」

「あのねー、今日の練習は幸村元部長と真田元副部長が遊びに来るって言ってたよ」


幸村部長と真田副部長。その言葉に俺は慌てだす。



「おまっ、何でもっと早くに言わねえーんだよ!」

「ごめんなさーい」


彼女は悪びれる様子もなく、再び俺の体へと引っ付いてきた。



「おい、離せ!こんなとこ部長たちに見られでもしたら――」


言いながら彼女を引き離そうとした時だ。





「……俺たちに見られたら、何なんだい?」


後ろから聞き覚えのある穏やかな声が聞こえてきたのは。


俺は急いで振り返る。



「ゆ、幸村部長!……と、真田副部長」


振り返った先には笑顔の幸村部長と、鬼のような顔をした真田副部長の姿があった。



「赤也……

貴様、部長の身でありながら練習もしないでベタベタと……。たるんどるっ!」


真田副部長の怒りが俺へと降り注いだ。


これだから見られたくなかったんだ、と項垂れる俺。

そんな俺に幸村部長が「まあまあ」と、助けを出してくれた。



「赤也だって一生懸命やっているんだ。お説教はそのくらいでいいだろう?」

「うむ……。幸村がそう言うのであれば仕方があるまい」


俺は幸村部長へと向き直り「恩に着るっス!」と、両手を合わせる。





「そう言えば、先輩たちは何しにきたんですかー?」


それまで黙って見ていた舞華が不思議そうに首を傾げながら疑問を口にした。



「ああ、今日は報告があってな」


真田副部長はそう言うと幸村部長へと視線を向ける。



「報告、っスか?」


何の報告だろうか、と俺も幸村部長へと視線を移した。



「うん。一応、赤也の耳にも入れておいた方がいいと思ってね」


幸村部長は少し気まずそうに視線を逸らし、言葉を続ける。



「明後日――



優里がこっちに戻ってくるそうだよ」

「えっ……」


優里。その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく脈打った。



優里先輩が家庭の事情で冬休みの間から海外の方で暮らしているという話を聞いたのは、三学期が始まってからすぐのこと。


先輩たちは直接聞かされていたらしく、何も知らされていなかったのは俺だけ。

そのことに軽くショックを覚えたのは記憶に新しい。



そして、その優里先輩が明後日こっちへ戻ってくる。

俺の頭の中は嬉しさとか、気まずさとかでごちゃ混ぜになった。


あの別れの後だ。

先輩に会っても上手く話せる自信なんてないし、どんな顔すればいいのかとか想像つかないけど……





それでも、会いたい。

俺は優里先輩に会いたい。


一目だけでもいいから、その姿を確認したいんだ。





先輩に会いたいという気持ちでいっぱいになっていた俺は、その後の部活のことなんてほとんど覚えていなくて。

舞華が頻りに話し掛けてきていたけれど、ずっと上の空だった。















俺の中で止むことなく降り続けるあの音色。

あの時、あの瞬間に止まってしまった季節。


離れてしまったはずの彼女の存在に未だ染められていく俺の心は、溶けることを知らない。





俺の季節を動かせるのは彼女だけだから。





〔To Be Continued...〕

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