白雪解けゆく

□第一章-遅春
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人に心配されることを嫌う君。


そんな君が俺に話してくれたのは、夏もまだ始まりの頃のことだった。

次第に弱ってゆく君の姿に、俺はただ奇跡を信じて願い続けるだけ。



そして、そんな俺の願いは届いた――





はずだったのに。

















-幸村精市-















『あのね、幸村くん』


彼女からそれを告げられたのは、あのバーガーショップへと寄った帰りの道でのこと。



『実は私――』


彼女の口から紡がれた言葉はあまりにも衝撃的で、そして悲しいものだった。










「……優里。泣いているのかい?」


昼休みも終わりに近づいた頃。

誰もいないテニスコートの片隅で蹲る女子生徒――優里の姿を見つけた。


彼女は遠くから見ていても分かる程に肩を震わせていて、俺は直ぐに彼女の元へと駆け寄ったんだ。





『ゆ、きむらくん』


俺の問い掛けに驚いた様子で顔を上げた彼女。

その瞳からは大粒の涙が流れ落ち、地面を濡らしていた。



俺は何も言わずに彼女の隣へと腰を下ろす。

すると彼女も無言で俺を受け入れてくれた。










――しばらくの沈黙の後。

今まで黙っていた優里がそっと口を開いた。



『……今ね、赤也と会ったんだ』


俺は「うん」と、静かに相槌を打つ。



『それで、赤也に言われた。私のこと……嫌いになれないんだ、って』


彼女はそう言うと空を見上げ、更に言葉を続ける。



『私はあの時、赤也に酷いこと言って別れた。それなのに、そんな私を赤也は責めなかった。嫌いになれないって言った。

……それじゃあ、ダメなのにね』


困ったように笑いながら俯いた彼女。

乾ききっていない涙がぽたり、と零れ落ちる。



「それは本当にダメ、なのか?」


疑問を投げかけた俺に彼女は力なく首を縦に振った。



『うん、ダメなの。だって、赤也にはもう彼女が居る。それに私は……』

「――左目が見えないから?」


俺の言葉に彼女は何も答えない。

答えないこと、きっとそれが肯定の意味なのだろう。





『実は私――



左目がね、あまり見えていないの』



悲しげな笑いと共に告げられた言葉。



「治療は成功したんじゃ……っ」


驚く俺に彼女は全てを話してくれた。



視力低下――その進行は思った以上に早く、フランスへ治療に行った時には既にギリギリの状態だったらしい。

特に左目は失明寸前だったらしく、奇跡的にもなんとか間に合った、と。


だから今は殆ど右目しか見えておらず、左には光さえもあまり入ってこないのだと、そう言っていた。

けれど彼女は「それでも失わずに済んだんだから喜ばないとね」と、笑ったんだ。



そんな彼女の姿に、俺は何も言うことが出来なかった。










「――それでも。それでも、赤也ならきっと気にしないよ」


俯き続ける彼女に、俺はいつかと同じような言葉を口にする。



『でも、もう終わったことだから』


顔を上げることなくそう言った彼女を、俺は静かに見つめた。





あの時とは確かに違う言葉。

それは二人の距離が離れたことを示す。



手を伸ばせば届くはずだったその距離は、次第に遠ざかって行く。


まだ届くはずのその手を掴み取ろうとしないのは、背負ってしまった物の重みと、拒絶されることへの恐怖から。

それが互いの枷となり、それが互いの距離となった。



そんな二人に俺が出来ることは、ただ二人の幸せを願うことだけ。

俺はなんて――





無力なんだろうか。










その一歩を縮められない二人と、見ていることしか出来ない俺。





〔To Be Continued...〕

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