白雪解けゆく
□第二章-夏風
1ページ/1ページ
――あの日、聞かされた言葉。
それはあまりにも衝撃的なものだった。
そして、その事実を話してくれなかった……黙っていられたことが悲しくて。
もっと頼って欲しかったのに、俺は迷惑だなんて思わないのに、お前の助けになりたいのに、とそんな気持ちでいっぱいになった。
お前はもっと周りを頼るべきなんだ。
白雪解けゆく
-丸井ブン太-
真夏の日差しが容赦なく照りつけるテニスコート。
俺たちは今日も部活に勤しんでいる。
――優里が治療を終え戻ってきてから数ヶ月。
気付けば季節は夏へと変わっていた。
「部長がそろそろ休憩入れていいってよ」
「おう!」
コートへと入って来たジャッカルに返事を返し、俺はベンチへと向かう。
そして気が付く。
「……げっ。タオル、教室に忘れてきた」
俺は幸村くんに一言告げ、タオルを取りに教室へと走った。
*
*
*
放課後の誰もいない廊下は静かで、涼しい。
俺は走るのを止めると、ゆっくり歩き出す。
そして教室の前まで来た時だ。
中から聞こえてきた話し声に、俺はその足を止めた。
「――神崎。右目だけで何か不自由なことはないか?」
『大丈夫ですよ、先生。体育とかは無理ですけど……他の授業なら問題はないです』
「そうか。それなら先生は何も言わないが、困ったことがあれば遠慮なく言うんだぞ?」
聞こえてきた内容に俺は息を呑んだ。
右目だけで?
体育は無理だけど?
彼女から発せられたその単語に、嫌な汗が首筋を伝う。
「それじゃあ、神崎!気を付けて帰るんだぞ」
教室の前で固まっていた俺は扉が開く気配を感じ、慌てて隣の教室へと駆け込む。
『はい、ありがとうございました』
教室の扉を僅かに開き、そっと廊下を覗く。
するとそこにあったのは担任の後姿だけで、優里の姿はどこにも見当たらなかった。
きっとまだ教室に残っている。
そう思った俺は担任が居なくなったのを確認すると、急いで彼女が残っている教室の扉へと手を掛けた。
「――優里!」
乱暴に扉を開いて彼女の名を叫ぶ。
『ブ、ブン太……?』
窓際に立ち、外の景色を眺めていた彼女が驚いた様子でこちらへと振り向いた。
そして「ビックリした。どうしたの?」と、微笑む。
そんな彼女に俺は何の前置きもなく口を開いた。
「見えない……のか」
『えっ?』
不思議そうに首を傾げる彼女に俺はもう一度、問い質すように発する。
「お前……左目が見えて、ないのか?」
俺の中に浮かんだ一つの答え。
間違いであってほしい。そう思うけれど、きっと俺の考えは当たっているのだろう。
――その証拠に、目の前に居る彼女は気まずそうに俯いているんだから。
『さっきの、聞いちゃったんだね。
……ブン太の言う通りだよ。殆ど見えてないんだ』
「なんでっ、何で話してくれなかったんだよ!」
俯く彼女に俺は思わず声を荒げる。
『話せば……みんなに迷惑を掛けると思って』
迷惑を掛ける――またそれだ。
俺はそんなこと思わないのに、どうして彼女は分かってくれないのか。
「俺にとっては優里がそうやって話してくれなかったことの方が迷惑なんだよっ」
怒りをぶつけるように俺はその言葉を投げつける。
『そう、だね。ブン太はそうだったんだよね。
……ごめん』
今にでも泣き出してしまうんじゃないかって程に悲しげな顔で呟く彼女。
その姿に俺は慌てる。
「あ、いや!俺も大声なんか出したりして悪かった、な」
『ううん!いいの。ブン太の気持はちゃんと伝わったから。嬉しかった、から』
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
俺はそんな彼女を真っ直ぐと見つめると、思いを口にした。
「俺のこと、もっと頼って欲しい。俺は優里の助けになりたいから……
だからさ、これからは俺にも話してくれよ」
ちゃんと話して欲しいんだ。
彼女の意思で、ちゃんと俺に。
『……うん。分かった。これからはブン太も話すから、聞いてね?』
「おう!サンキューな」
彼女の言葉に俺は笑顔で返事を返す。
すると彼女も嬉しそうに「ありがとう」と、笑った。
今まで言いたくても言えなかった言葉。
言えなかったのは、それが俺の役目じゃなかったから。
言わないこと――
それが俺からお前へと出来る唯一のことだった。
だけど今は違う。
もうそんなことは関係ないんだ。
だって……
あいつはお前の隣に居ないんだから。
――なあ、赤也。
早く戻ってこないと俺が奪っちまうぞ。
〔To Be Continued...〕