白雪解けゆく

□第二章-夏風
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終わらせたのは私の方から。

自分から別れを告げた。彼の言葉も聞かないで。



――それが彼の為だと思ったから。


それなのに私の心は彼に会う度、元に戻りたいと叫んでいる。

彼と彼女の遣り取りに勝手にショックを受けて。


……本当に自分勝手で嫌になる。



どうしてこの気持ちを殺せないの?

どうして彼を求めてしまうの?





私じゃ彼を幸せに出来ないのに。































自宅へ帰る途中で通り掛かった中等部の正門前。

そこで偶然、目にしてしまった光景に私は思わず固まってしまう。





『あっ……』


小さく漏れ出た私の声に気付いた花園さんの視線が真っ直ぐとぶつかる。

彼女はゆっくり、と赤也から離れると今度はその腕へと抱き着いた。



「あれぇ?優里先輩じゃないですかー!」


笑顔で私へと声を掛けてきた彼女に、私は軽くパニック状態になる。



『あっ、その……偶然、通り掛かって。

――ごめんなさいっ』


気が付いた時にはそれだけを言い残し、逃げるようにその場を走り去っていた。










*

*

*










――どれくらい走った頃だろうか。

走って、走って、走って辿り着いた場所は近所にある小さな公園だった。


私はその公園にあるブランコへと近寄り、そして腰を掛ける。



そして思い出すのは先程の……赤也と花園さんのキスシーン。


付き合っている二人がキスをするということは当たり前なのかもしれないし、私と赤也はもう終わっているんだから関係ない。

……そのはずなのに、あの光景を目の当たりにした私はショックを受けていた。


彼のあんな場面は見たくなかった、とひどく悲しい気持ちになって。

――そんな私は本当に自分勝手な子。



彼に幸せになってもらいたくて自分から別れを告げたのに。

それも彼の言い分も聞かず一方的に、だ。



それなのに私は幸せにしているはずの彼らを見ると悲しくて、二人が一緒に居るところなんて見たくないと、そう思ってしまう。

本当に彼の幸せを願っているのであれば、私は二人を応援しなくちゃいけないのに。


私は……どうしても応援することが出来ずにいる。

それどころか、彼女に対して嫉妬してしまっている自分がいるの。


私はなんて勝手で、なんて嫌な子なのだろうか。

彼の幸せを願って別れを告げたはずの私が、今ではその幸せを願えずにいる。



いっそ全てを忘れてしまえれば。

そう思った時だ。










「――優里、先輩っ」


公園の入り口から聞こえてきた呼び声に、私は勢いよく顔を上げた。



『あ、かや……』


私の瞳に映ったのは赤也。

彼は私の目の前までやって来ると、真剣な表情で口を開いた。



「誤解っスから。さっきのあれは、あいつが勝手にしたことだから!」


さっきのあれ、とはきっとキスのことだろう。

だけど、どうして。どうして態々そんなことを言うのだろうか。

そんなにも必死そうな顔で、息を切らして私を追ってきた理由は?


そんなことをされたら、私は益々――





貴方の幸せを願えなくなってしまう。










「……おれ、俺は優里先輩のことが今でも好きっスよ!先輩が俺のことを嫌いだとしても、俺は先輩が好きなんです」


黙ったままでいる私に一生懸命な想いを告げた彼。

そんな彼の姿に私の心が大きくざわめく。



いつだって彼はそうだった。

いつだって私の欲しい言葉を、欲しい時に与えてくれたんだ。


だから私は言ってしまいたくなる。

「私も赤也が好き」なんだって。「本当は別れたくなかった」と、そう言ってしまいたい。



――けれど。





『そんなこと言ったらダメ、だって』


私が口にしていた言葉は違うものだった。



「どうして!どうしてダメなんスか?」

『……赤也には花園さんが居る、でしょう?』


悲痛な面持ちで私を見つめる彼。

私はそれを見ていることが出来なくて、視線を横へと逸らした。



「舞華とは……別れるって決めました。俺には優里先輩しか見れないって気が付いたから」


彼の言葉一つ一つが私の心を揺るがす。

ダメだと分かっているのに、嬉しいと感じてしまう。



――けれど、迷ってはいけない。

私はもう彼と出会った頃の私じゃないんだ。

いずれは重荷になってしまう、そんな存在。





『それでもダメだよ、もう無理だって……言ったよね?』

「ダメとか無理って……何なんスか?先輩、ちゃんと見て。俺の目をちゃんと見て理由、話して下さいよ」


小さな公園内に彼の切なげな声が響く。

弱々しい力だで掴まれた左手のその温もりに、涙が溢れ出しそうになった。



『私が……いけないの。ごめん、ね』


彼には聞こえないくらいに小さく呟き、掴まれていた手を静かに外す。

そして、彼に背を向けると私は走って公園を後にした。










抑えていたこの気持ち。

彼の幸せを願って消したはずの想い。


それは完全に消すことなど出来ず、彼の言葉を聞いて叫びだす。


お願いだからこれ以上、私に構わないで。

これ以上、私を見つめないでよ。


じゃないと私は――





この気持ちを抑えきれなくなってしまう。





〔To Be Continued...〕

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