白雪解けゆく
□第二章-夏風
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確かに私は手に入れた。
でもそれは形だけのモノ。
本当に欲しかった彼の心は私の手元にはなくて。
それでも私は嬉しかったから、偽りの愛にしがみ付いていたの。
でも、私だって分かってる。
そこまでバカでも、子供でもないもの。
こんな恋愛ごっこには――
必ず終わりがやってくるって。
白雪解けゆく
-花園舞華-
「――話ってなに?」
その日の夜。突然、鳴り響いた着信音。
それは赤也からのもので。
話したいことがあるから会いたい、とそう言った彼に私は頷いた。
「その、さ。……さっきは悪かった」
彼が言っているのはきっと夕方のことだろう。
正門の前で私の手を払いのけ、彼はあの女を追いかけたから。
「謝んなくてもいいよ。舞華、気にしてないし!」
そう笑顔を見せた私に彼は申し訳なさそうな表情で俯いた。
――罪悪感。
彼は今、私に罪悪感を感じているのだろう。
夕方の出来事に、これから彼自身が言う言葉に対して。
「……舞華」
顔を上げて私へと視線を合わせた彼。
「うん、なに?」
「俺はもう……舞華と一緒には居られない。勝手なこと言って、ごめん!」
勢いよく頭を下げて謝る彼を、私はただ静かに見守る。
いつだって私は思っていた。
赤也は私のモノで、誰にも渡さないんだって。
神様が私に与えてくれたこのチャンスを逃したくなかった。
私のことを見ていなくても、肩書きだけの彼女でも、それでもいいと思える程に私は彼を愛していたから。
初めて彼を見かけたその瞬間から、私の中には彼しかいなかった。
「それは――」
一度、間を置いてからはっきり、とした口調で問う。
「それは舞華のことを捨てて、あの人と元に戻るってこと?」
私の問いに彼は下げていた頭を上げ、困ったように笑った。
「戻る、かどうかは分からない。無理かもしれない。
でも、俺はもう舞華と付き合ってはいけない。これ以上……俺の自分勝手な考えにお前を振り回したくはないから」
私の意地悪い問い掛けにも彼は真面目に、真っ直ぐに答えてくれた。
「……赤也はズルいね」
そんな風に言われたら、真っ直ぐに見つめられたら、私はもう何も言えないじゃない。
「ごめんっ……本当にごめん、な」
「もういいってば。
だって、謝らなきゃいけないのは舞華の方なんだから」
本当に謝らなくてはいけないのは、きっと私の方。
真実を知りながらそれを彼に黙っていたんだから。
「舞華ね、知ってるの」
――あの初雪の日。
一目でもいいから彼の姿が見たくて、こっそり訪れたテニス部の部室。
そこで偶然、耳にしてしまった二人の別れ話。
部室から出てきた彼女は涙を流しながら空を見上げ、小さな震える声で確かにこう呟いたの。
――ごめん、ね
それだけで私には分かってしまった。
ああ、本当はこの人まだ赤也のこと好きなんだな……って。
だけど、私はそれを彼には話さなかった。
だって私も彼のことがずっと、好きだったから。
「知ってるって何をだよ?」
彼は不思議そうに聞き返した。
「……赤也の願いは叶うってこと、かな」
そう言って小さく笑ってみせれば、彼は少し驚いたような様子で目を見開く。
「どうかした?」
「いや……そんな顔も出来るんだな、って思ってさ。
いつもそうやって笑ってれば可愛いんじゃねーかなって」
からかうように笑う彼のそんな言葉に、涙が溢れ出しそうになる。
「な、なにそれー?舞華はいつだって可愛いんだからね!」
涙なんて見せたくないから私はいつもの調子でそう言って、顔を背けた。
そんな私の言葉に「そうだな」なんて言って笑うから、私も笑って「そうだよ」って言い返して彼に背を向けた。
「……それじゃあ、もう話は終わりだね」
彼は最後までズルい人だ。
こんな私を可愛い、だなんて言うんだから。
今頃になってそんなこと言わないでよ。
もっと早くに言ってくれればよかったのに。
……でも。
それも赤也の優しさ、なんでしょう?
「ねえ、赤也?」
私は彼みたいに優しくなんてないし、なれない。
だから彼らを応援する事なんて出来ないけれど、真実を教えてあげることくらいならしてもいいよ。
「優里先輩ね――」
彼を好きになったこと、後悔はしていない。
彼は私を見ていなくて、独り善がりの恋だったけれど。
それでも楽しかった。
彼と過ごした短い時間はきっと、良い思い出に変わる。
だからって私は認めた訳じゃないよ?
もしも、また二人が離れるのなら……その時は私が奪っちゃうから。
だから精々、長続きさせることね。
私が入り込む隙なんて与えないくらいに。
I am wishing for your happiness.
Please become fortunate.
I'm sorry so far.
And thank you
――貴方が好きだったこの気持ちに、偽りはなかった。
〔To Be Continued...〕