ロイエド
□Happy Valentine!!
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ある日の当方司令部の一室――
「大佐、今年もアレが沢山届きましたが」
「来たか…。その辺に置いておいてくれ。どうせ返すのは来月でいいんだ」
一瞬その男の言葉に反応した優秀な副官は、しかし次の瞬間にはいつものように氷の仮面を纏う。
「…今日仕上げて頂きたい書類はこれで最後です」
そう言って差し出された数枚の書類を受け取りながら、ふと視線を横に向ける。
そこには、先程副官によって持ち込まれたものがダンボール箱に収まって並んでいた。
男はそれに妙な引っ掛かりを覚え数秒間見つめていると、どうかなされましたかと声が掛かる。
当然だろう。書類を受け取ったままの格好で固まってしまった上官を見れば。
自分の中で、小さな引っ掛かりは大きな期待に変わっていくのが分かっていた。
だがそれを悟られないように、何でもないの一言で片付け、君はもう下がっていいぞといって副官を追い出した。
そう――追い出したのだ。
そうしなければ、期待が確信に変わった瞬間の顔を見られてしまうから。
そして素早く先程手渡された書類に目を通しサインする。
――終了――
胸に期待を抱きながら椅子から立ち上がり、側にあるダンボール箱の中の『引っ掛かり』へと手を伸ばす。
ダンボール箱の中に入っているのは、如何に自分を綺麗に見せるか、如何に相手の目を惹くかを重視している綺麗にラッピングされた自己主張の強い箱ばかりで、その中で『引っ掛かり』は何の自己主張もしていない白い箱だった。
綺麗にラッピングされた箱の中に何もない白い箱が混ざっているのだ。
逆に目を引くのは当然の事で。
期待に震える手で箱を手に取り、ゆっくりと箱の蓋を開ける。
中には、少し形の歪なトリュフが2つ。
一緒に入っていたカードには、たった1行、男の名前が書いてあった。
その字に見覚えがありすぎて。
「…本当に中尉を追い出して良かった」
思わずそう呟いた男――ロイ・マスタングはにやけた口を隠そうともせず、行動を開始する。
――我が愛しのエドワード!直ぐに君を迎えに行こう!!――
「暇だなぁ…」
そう呟いたのは金髪金眼の少年だ。
名をエドワードという。
今エドワードがいるのは、当方司令部からさほど遠く無い町の宿の一室だ。
だがしかし、その部屋にいつもエドワードとくっついている弟のアルフォンスの姿は無い。
アルフォンスとは、今回部屋を分けたのだ。
『この町の図書館、凄い本が揃ってるんだって。それ宿で読みたいからこの町では部屋分けてくれる?』
『オレと同じ部屋じゃダメなのか?』
『そう言う訳じゃないけど、兄さんと同じ部屋だと兄さんの睡眠を邪魔しちゃいそうで』
アルフォンスは睡眠や食事を必要としないし、疲れる事も無い。
きっと夜も読むつもりなのだろう。
そう、エドワードは思ったのだが…
『分かったよ。お前の好きなようにすればいい。ただ、何か分かったら教えろよな』
『勿論だよ。多分一週間ぐらいかかっちゃうけど…』
『じゃあ、オレも図書館いって文献でも探すかな』
「とは言ったが…」
正直、この町の図書館は凄くも何とも無かった。
アルフォンスが必要な文献を全て持って行ったらしく、エドワードが必要とするものは全く無かった。
読む本が無い。
だがアルフォンスの邪魔をするわけにも行かないので、こうして暇を持て余しているのだ。
「大佐にチョコ届いたかなぁ…」
無意識に昨日の事を思い出す。
昨日は、下の食堂で(客室は二階で下は食堂となっているのだ)この宿の奥さんにトリュフの作り方を教えてもらっていた。
まるでグレイシアさんみたいだな、とエドワードは思う。
それ程優しい人なのだ。
出来上がったトリュフは少し形が歪んでしまったが、まあ何とかなるだろう。
ともかくそれを白い箱に入れて、当方司令部に送った。
直接なんて渡せない、恥ずかしすぎ…て、倒れる……
大佐…
たい、さ…
ロ…イ……
コンコン
「…?この部屋で間違い無いはず。アルフォンスが嘘をつくわけ無いのだが…」
コンコン
「やはり返事が無いな。出かけたのか?」
ガチャッ
「エドワード、いないのか?…ああ、眠っているのか」
そう言うとロイは柔らかく微笑んだ。
そして、その笑みのままベッドに近づく。
ロイが見つめる先には、ベッドで眠るエドワードの姿があった。
「アルフォンスには、いなかったら入って待っていて大丈夫ですと言われたんだ」
一言言い訳がましい事を呟き、ベッドサイドに椅子を引っ張ってくる。
「君が起きたときが楽しみだな」
ロイによって優しく髪を梳かれているエドワードは、まだ弟の裏切りに気づいていない。