ロイエド


□桜声
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何時か、何処かで。


一本の桜は、ただ誰かを待っていた―――。








桜声









「まだ…咲いていないのか」


男、ロイ・マスタングは桜の下で呟いた。
企業の比較的重要な地位に就いているロイは、本来ならば、今は仕事の真っ只中。
しかしこの男、少々、いやかなりサボリ癖があり、よく部下の目を盗んでオフィスを抜け出していた。

最近のお気に入りはこの桜。
4月になったのに、一本だけ咲かない木。
花は愚か、蕾すら付いていない。



「仕方がない、そろそろ帰るか…」

ロイは暫く花のない桜を見た後、諦めたように木に背を向ける。
しかし、足が動き出す事は無かった。

『そんなに見たい?』

何故なら……声が、聞こえたから。
ロイの聴覚が正しく音を拾ったならば。

「…何だ?」

『そんなに見たい?』?
この桜をか?

「あぁ、この桜が満開の所を見てみたいな」

知らず、ロイは声に返答していた。
それはロイの本心。
この桜はまだ若いが、もう何年も咲いていない。
ロイは、オフィスからでも見えるこの桜が何年も咲いていないのは知っていたから。

そうして暫く、あの声が何かしら返事をするのではと待ってい
たが、半ば予想はしていたものの何の反応も無く、ロイは今度こそ帰ろうと思い振り向いた。



―――其処には、いつの間にか少年が。



「桜、見たいんだろ?満開の花」

そして少年の発した声は、間違いなくあの時の声で。

「…あぁ」

一点の疑いもなく、ロイは少年に返事をしていた。
先ほどの声だ、と。

「じゃあさ、後ろ。見てみろよ」
「何を…」

言っているんだ、と返答しかけた時。



サァー……



一陣の風が。

「なっ……」

ロイが振り向いた、其処には。
満開の、桜。

「な?咲いてるだろ?」

先ほどまで蕾すら付いていなかったはずの桜は、この辺りのどの桜よりも見事に咲き誇っていた。

「これは…どういう……?」

ロイは訳が分からず、先ほどの少年に訳を尋ねようと三度振り向き。
そこで、地面に両膝をつき苦しそうに息を切らした少年を発見した。

「なっ…!君、大丈夫かね!?」

慌てて少年に駆け寄ったロイは。


「……腹減った」


少年の衝撃的な一言を聞いたのだった。
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