漢字一文字100題

□006〜010
2ページ/4ページ



繰り返すモノ

 深夜。突如に目を開けた。


(……っ、またかよ)


 最近繰り返しよく見る夢がある。毎日毎日同じように夢を見て、その度に目を覚ます。

(何度目だよ、コレ……)

 夢の中身は不思議なことに鮮明に覚えている。一言で言ってしまえば、不思議な夢だ。

 詳しく言えば、この国のどこかの時代をかなり遡れば見えるだろう風景の中で、自分はいわゆる『武士』の格好をしてその場所にいる。

 しばらくすると春なのか、桜吹雪がどこからか吹いてきて自分の視界を覆ってしまう。

 桜が途切れれば、見えるのはいつもと同じ。

 桜に包まれて自分の前に現れるから、桜の精霊か何かかと勘違いしてしまうことが多い。

 けれど、彼女は間違いなくひとで自分の姿を見ると嬉しそうに顔を綻ばせるのだ。

 自分も彼女を見ると嬉しくなり、駆け寄って彼女を抱きしめる。その時の感触もいやにリアルだが、不思議と厭じゃない。むしろ心地よくさえ感じる。

 視覚には鮮やかな生地に霞の天象文様があしらわれている深緋こきひの着物と真っ直ぐで癖の無い上の漆黒、嗅覚に伽羅の高価な香りとかすかながら彼女の奥深くから漂うやさしい桜の香り、そして触覚には――彼女の柔らかな体躯。

 たったそれだけで自分は彼女に酔いそうになる。

 いや、なっている。

 いつも、というわけでもないがごく稀にキスをしていると、思考が停止する。てゆうか、硬直する。――それはどうでもいいとして。


 そんな幸福しあわせを堪能した後。


 自分は血溜まりの中にいるのだ。

 足元には見覚えのある深緋の着物。着物に纏わり付く漆黒の長い糸にも見える――髪。内側に来ていた白緑の着物はその原色は留めないとばかりに紅く染まり、自分を見ては嬉しそうに歪む濃灰の瞳はもはや何も移さず輝きを喪っていた。

 極めつけは――美しく柔らかなはずであった白磁の肌は衣という衣を剥ぎ取られ、胸の真央に紅い華が咲いていた。

 震える足取りで彼女に近付き、血の中に膝を付く。ぱしゃり、という小さい音がして己の脚を穢した。彼女は何も言わない。

 ただ、生命輝きを喪った虚ろな瞳で自分を見るだけだ。そのかおが幸せそうに微笑わらう彼女と重なるのだ―――――!



 そこで夢は終わる。



 あまりの内容に目が覚めて、飛び起きる。ここ最近の習慣だ。

 ふと、掌を見る。見事に汗ばんでいて、暗闇の中でも水滴が見えそうだ。

「……なんなんだよ、これ……。意味わかんねぇし」

 あの夢のせいでこちとら寝不足なのだ。一度目が覚めてしまっては、もう一度眠る気にもならない。

 仕方なく、枕元に置いてある時計を確認するとまだ午前0時15分。十分眠れる時間だ。

(っつーか、最近寝不足だからって、今日は帰ってきてから寝たぞ)

 帰宅時間4時30分。換算して……8時間。


「…」


(……夢のせいじゃねぇかも)
 単純に十分な睡眠をとったせいかもしれない。……今日は。

 はぁ、と溜息を一つ零してベッドから出る。帰ってきてからすぐに寝てしまったせいで出来なかった宿題と予習をしようと机に向かった。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ