長編、シリーズ用ブック

□残刻堂(ダイジェスト版)
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一、始まり

 開明の折に生まれし二つの魂は、鏡で映した瓜二つ。まさに異形でございました。
 双子は不吉、異形、異形、と疎まれながらも愛情深き両親は可愛い我が子を腕に、喜悦至極でございました。

 しかし、世間の風当たりは強まるばかり。全ては可愛い我が子を守るため、両親は二人の一方を養子に出し、一家のことを誰も知らぬ土地へ居を移すことに決めたのでございます。

一家の跡継ぎは男子と決まっておりましたので、兄の陽一は両親のもとで、妹の景は、母の実父、つまり祖父のもとで、それぞれ別の地に暮らすこととなったのでございました。幼い兄妹は、久遠の離別を余議なくされたのでございます。

 玄雲たちこめる天空から粉雪がこぼれおちる冬のことでございました。



二、双子の兄、陽一
 さて、景が家を去ってからというもの、度重なる不幸でついに母が病に倒れ、父も心労が積もり積もり、ついに、陽一も他人のもとで暮らすこととなったのでございました。
 とはいえ、もとより親類も少なく、異形、異形と言われ続けて参りましたので、宛がございません。

 ようやっと見つけたのは、父の教え子で、現在は世に認められ始めた小説家、青野和久の住まう、残刻堂。
 父が国語教師ということもあって、かなりの読書家であった陽一には、小説家の側にいられることも、残刻堂という古本屋にいられることも、願ってもない幸福でございました。

 世間の目は冷たく張り詰め、それ故に、少年を冷徹で淡白な人間に育ててしまったのでございます。

 嗚呼、然して、彼は帝國軍人として生きていくことで、自らの存在が無駄では無いことを、自らの生命(いのち)をもって知らしめようとしていたのでございました。

 宛(さなが)ら、周囲に当て付けるが如く。




三、双子の妹、景
 景を引き取ったのは優秀な町医者、三國英樹でございました。齢すでにたけなわ、顰めた眉が厳つい、しかし、人徳溢るる博学な人物でございました。

 遠く離れた見知らぬ地、孤独に涙する少女はその険しい表情の男を我が親と思うようになったのでございます。

 温かな手に引かれ、月日は穏やかに流るる水のごとく過ぎて行ったのでございました。
 しかし、そのような幸福は、ある大雪の日、融けることのない氷雪に凍てついてしまうのでございました。景が十五になる年、心底実父と慕っていた英樹が他界してしまったのでございます。再び訪れた孤独に、少女は涙を流すばかりでございました。

 そこに、一人の青年が現れたのでございます。彼は、自分の余命を悟った英樹が自分にもしものことがあった時に全てを任せた唯一の弟子でございました。

 彼の名は神野史郎。若くしてその手腕を謳われ、類い稀なる美貌も相まって、巷では有名な医師だったのでございます。
 皆の憧憬の的であった彼でございますが、景には全くもってそのような気は皆無でございました。それも偏(ひとえ)に、「厭なものは厭だ」という、理由にならない理由があったゆえ。

 何れ程厭えど景はまだ世間的に幼く、誰かの保護無くして生きてゆくことなど到底不可能でございましたので、冷たい表情を更に凍らせて、二人、生活してゆくこととなったのでございました。


四、再会
 しばしの歳月が流れ、双子が十七になる年、別れを告げてから丁度十年目のこと。
 人生とは巧妙に仕組まれたものではないかと思わせる出来事が起こるのでございます。

 陽一と景、二人の里親となった青年らは、互いに旧知の間柄。奇しくも、史郎と和久は、共に新たな商売をしようと示し合わせていたのでございました。

 そしてやって来た再会の日。
 その日は、出会いを祝福する、花々が舞う春の日でございました。

 過去と、現在とを照らし合わせ、鏡で映した瓜二つ、互いに手を合わせ、半身の存在を認め、涙を流したのでございました。



――と、ここで物語が幕を閉じれば、目出度し目出度し、といった所ではございますが、運命は彼らに非情な微笑みを見せるのでございます。

 彼らの行く末が、果たしてどのような色彩に染まるのか、それを篤(とく)とご覧になって戴きたく思い、語り手である私は、しばし幕の外に消えることと致しましょう。


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