小説

□cry down
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 国の南方に位置するここに配属された兵士は、さほど多くない。南側の隣国とは同盟を結んで久しく、それより以南の国々も、この大国の脅威ではないからだ。今では、新米兵士の教育の場所として使用されている。

 ここにいる者は、全てを取り仕切るファブル総帥を除いて、“エニグマ”と呼ばれる兵士である。
 家族を持たず、家を持たず、中には名前さえ持たない孤児たちが国に拾われ、自分の意志で兵士となった――その“エニグマ”の一人であるアンリが拾われたのは随分前だった。

 ホセが同室となったのはつい最近で、彼は元々、昨日飛び立ったあの赤い戦闘機のパイロットになるはずだった。



 息を殺す。
 木々を揺らさぬよう、一体となるように隠れる。
 体中に生い茂ってくる、活き活きとした夏草たちが、アンリが漏らしたわずかな吐息にざわめいた。

 パパパッ――

 乾いた音を立てて、弾が飛んでくる。
 先ほど自分がいた場所が、ペイントで赤く染まった。

「大丈夫か?」
「静かにしろ」

 心配してきたホセに目も遣らず、冷たい声で突き放した。
 一瞬、ちらりと後ろを振り返ったアンリは、ホセと目が合う前に向き直り、

「……心配ない」

 ホセが笑っているのが見ずとも分かった。

 彼には不思議な魅力、というか、独特の雰囲気があるなとアンリは思った。そう脳裏に浮かんだのも一瞬で、いや、違う、あの変人が、変人すぎるからで、空気も読めないし、気を使う所を間違えているし、個性的というか、人格が強烈すぎるからで――などと、巻かれた絨毯を放ってころころと転がすように、言い訳じみた言葉で埋め尽くした。

「――!」

 弾がアンリの頬をかすめた。
 素早く身を翻し、木々に身を隠す。

 飛び散る弾丸。ひゅンひゅンと風を孕み、それは辺りを赤く染めていく。
 相手には弾数に余裕があるのか、躊躇いなく撃ってくる。さて、どうしたものか――。

「右だ」
「え?」
「次、弾を入れ替える。ほら、右!」

 ホセが背後で言った言葉に戸惑いつつも頷き、青々と茂る草木の陰に、敵を探す。

 静かに移動しながら、ホセの言った所に目を遣る。影が蠢く――草木がささやいた。

 パン!
 パン!







「やっぱすげぇよな、アンリ」
「あぁ、もう早ぇ早ぇ!」

 擬似訓練を終え、皆が夕食を食べ始める中、アンリは一人、部屋に戻っていた。

 皆が、敵を多く仕留めたアンリを褒めた。
その隣で、ホセが自分のことのようにきらきらとしたあの目で微笑む姿が、頭から離れなかった。

「――あれは俺の手柄じゃないと、何で言わない? 敵の動きを捉えたのはお前の目だ」

 両手に二人分の食事を持ち、部屋の入口で佇むホセを見つめた。手柄を横取りしたやつの隣で何事もなかったかのように笑い、食事まで持ってくる彼に、尊敬さえ覚えそうだった。
 赤い瞳を澱ませるアンリに、ホセはいつものように笑った。

「そっちの反射神経が良かったからだ。こっちが撃とうとしても、きっと間に合わなかった」

 敵の動きに気づかなかったとしても、そっちなら撃ててたはずだ。

「……なんで」
「ごめん! あん時でしゃばったのは、役に立ちたかっただけでさ! 仲良くなりたくて――」

 彼が言った言葉の意味がわからなかった。

 仲良くなりたい?
 自分と?
 何のために?

 アンリの口から、嘲笑が漏れた。

「俺はなりたいと思ってない。仲良くする必要なんて、感じてない」
「……昨日のこと、怒ってるのか?」

 主人に叱られた犬のように瞳を悲しみで濡らす彼が、何だか腹立たしく思えた。もう彼の顔も、瞳も、何もかもを視界に入れたくなくて、適当に彼を追い払おう、そう思い、ため息をついた。

「昨日も何も、俺は前からお前が気に入らない」

 部屋を出た。
 青い瞳が悲しげに揺らいでいたが、構わずアンリは扉を閉めた。
 蓋をしても、それは瞼の裏から消えなかった。




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