小説

□寂しがりラジカリスト
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 普通の家庭より量が多いと思う我が食卓だが、今日はいつにも増して種類、量、共にすさまじい。
 何より、中央のケーキ――誕生日おめでとう、まりあ――が、くすぐったいほど、私の部屋でない異空間にしている。

「好きなだけ食べな」

 まりあの好きな、えびが入ったピラフをよそいながら言う。
 まりあは食卓を眺めたまま、足をぶらぶらさせている。お気に召さなかったのだろうか?

「まりあ?」
「……に」
「え?」
「キリちゃんが、ママだったら良かったのに」

 何と言ったらいいのか分からなかった。

 あいにく私は子どもが好きとは言えなくて、気持ちなんて全然分からない。

 女には二種類の人間がいて、その内の一つは一人じゃ生きられない人間、もう一つは一人でしか生きられない人間――と言ったのは誰だったか、私はその、後者だと思っている。ちなみに我が自由奔放な姉は前者だ。

 私が黙っていると、小さな犬を思わせる鼻をすんすん鳴らして、まりあが続けた。

「今日誕生日なんだよ? アタシ、アタシの! なのに、全然、ママもパパも何もしてくれない、待ってても、電話も鳴らない!!」

 アタシのこと、忘れちゃってるんだ。

 不器用に生まれた私の頭の中で、ソファに寝そべるまりあの姿が浮かんだ。握り締められた携帯。つきっぱなしのテレビ。涙を浮かべた、大きな瞳。


「……そんなことない」
「嘘! 私、捨てられちゃったんでしょ! ジャマになっちゃったんでしょ!」

 この子は、自分と家族についてどこまで知っているのだろうか。
 まさか、あの破天荒な姉は、自分の子どもに出来ちゃった結婚なのよ、とか言ったのだろうか……十分に有り得る事態に、こめかみに手をやる。

「ほら! そうなんでしょ!」

 私の行動に何を勘違いしたのか、まりあが泣き喚く。

 はぁ。

 私は食卓を片付け始めた。ラップを取り出して、まりあには目もくれてやらない。
 あいにく私は、不器用で子どもが好きじゃないのだ。

「な、なにして……」
「イヤなら食べなくて結構。さっさと宿題して、寝なさい」
「キリちゃん――!」

 無視を決め込むと、まりあは思ったより素直に引き下がった。
 去り際に見せた背中は別人のように寂しげでかわいそうだったが、声はかけなかった。






 お風呂から出て、部屋に戻ると、ベッドにはお人形が座っていた。
 栗色のふわふわした髪、足をぶらぶらさせ、いつもよりずっと大人しい彼女は、ピンクのネグリジェに身を包み、私を見つめた。

 照明を落とし、部屋がオレンジの光でぽわんと膨張したみたいになった。

「絵本でも読んで欲しくなった?」
「……ごめんなさい」

 耳に届いたのは意外な言葉だった。
 彼女の口から初めて、と言っていいほど珍しい言葉を聞いて、反応に困る。

「せっかく、キリちゃんが準備してくれたのに、私、わがまま言って、ごめんなさい。明日、ちゃんと食べるから、ごめん……ありがとう」
「……一緒に寝ようか」

 そう言うと、私の隣に寝そべった。
 小さな体から発せられる体温は少し高かった。

「言いたいことあったら、ママに言いなよ」
「……え?」
「あんたのこと、大人しくていい子だって。こんなに生意気なのにねぇ」
「……」

 まりあは目を伏せた。
 長い睫毛が少し震えた。

「言った方が得だよ。私も、言えなかったから」

 そんで、こんなんなっちゃった。
 舌を出して笑うと、まりあが複雑な表情で私を見た。小学生に同情されていると考えると二十代後半も差し掛かった、良い大人のプライドはずたぼろだ。

 それでも、良い。
 彼女には、私のようになって欲しくない。
 ほんとは、私だって、一人で生きられるほど強くない。

「おやすみ」

 彼女の言葉を遮るようにそう言い、頭を撫でた。
 まりあは素直に目を閉じ、しばらくすると寝息が聞こえて、私も目を閉じた。






「キリちゃんキリちゃん!」
 
 アレ、アラーム、こんな音にしてたっけ。

 寝ぼけながら携帯に手を伸ばすが、震えていない。バイブの設定もしてなかったっけ?
 しばらくぼーっとしていると、腕を強く引っ張られた。

「キリちゃん! 来て!」

 星を散りばめたみたいに輝いた瞳で、まりあが興奮した様子で私の体を揺する。
 小走りで駆けていく彼女の後を追う。漏れるあくびは噛み殺さず、限界まで口を開く。あー、気持ちいー。

「ほら! 見て見て!」

 玄関には、大きな客人がいた。
 冷たいフロアに腰掛ける毛むくじゃらのそれ――大きなくまのぬいぐるみは、こちらにつぶらな瞳を向けてくる。

「ママとパパから! 手紙も!」

 まりあは手紙を私に押し付けるようにしてくまの元へ走ると、自分と同じくらいの大きさのそれを抱えて根城に向かった。

「時差考えなよ、まじで」

 私にさえ言わなかったということは、私も驚かせたかったのだろう。
 その手紙は丁寧な文字が並んでいて、それを読んでいると、あのぶっ飛んだ姉の、びっくりした? と言う笑顔が浮かんできた。

「まりあ、電話しときなよ」
「もうしてますぅ〜」

 すっかりいつもの調子を取り戻した暴君は、しーっと言いたげに指を唇に当てた。耳に携帯を当てて、相手を待っているようだ。

「そりゃどうもー」


 まりあの笑い声を聞きながら、手紙に目を落とす。
 よくよく文章に目を落とすと、そこに書かれた事柄が信じられなくて、私は固まる。自由な姉を持った宿命には抗えないらしい。

 ――暴君との生活は、もうしばらく続きそうである。





End
※お題:寂しがりラジカリスト/NoaNoa.さま
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