小説
□寂しがりラジカリスト
2ページ/3ページ
普通の家庭より量が多いと思う我が食卓だが、今日はいつにも増して種類、量、共にすさまじい。
何より、中央のケーキ――誕生日おめでとう、まりあ――が、くすぐったいほど、私の部屋でない異空間にしている。
「好きなだけ食べな」
まりあの好きな、えびが入ったピラフをよそいながら言う。
まりあは食卓を眺めたまま、足をぶらぶらさせている。お気に召さなかったのだろうか?
「まりあ?」
「……に」
「え?」
「キリちゃんが、ママだったら良かったのに」
何と言ったらいいのか分からなかった。
あいにく私は子どもが好きとは言えなくて、気持ちなんて全然分からない。
女には二種類の人間がいて、その内の一つは一人じゃ生きられない人間、もう一つは一人でしか生きられない人間――と言ったのは誰だったか、私はその、後者だと思っている。ちなみに我が自由奔放な姉は前者だ。
私が黙っていると、小さな犬を思わせる鼻をすんすん鳴らして、まりあが続けた。
「今日誕生日なんだよ? アタシ、アタシの! なのに、全然、ママもパパも何もしてくれない、待ってても、電話も鳴らない!!」
アタシのこと、忘れちゃってるんだ。
不器用に生まれた私の頭の中で、ソファに寝そべるまりあの姿が浮かんだ。握り締められた携帯。つきっぱなしのテレビ。涙を浮かべた、大きな瞳。
「……そんなことない」
「嘘! 私、捨てられちゃったんでしょ! ジャマになっちゃったんでしょ!」
この子は、自分と家族についてどこまで知っているのだろうか。
まさか、あの破天荒な姉は、自分の子どもに出来ちゃった結婚なのよ、とか言ったのだろうか……十分に有り得る事態に、こめかみに手をやる。
「ほら! そうなんでしょ!」
私の行動に何を勘違いしたのか、まりあが泣き喚く。
はぁ。
私は食卓を片付け始めた。ラップを取り出して、まりあには目もくれてやらない。
あいにく私は、不器用で子どもが好きじゃないのだ。
「な、なにして……」
「イヤなら食べなくて結構。さっさと宿題して、寝なさい」
「キリちゃん――!」
無視を決め込むと、まりあは思ったより素直に引き下がった。
去り際に見せた背中は別人のように寂しげでかわいそうだったが、声はかけなかった。
お風呂から出て、部屋に戻ると、ベッドにはお人形が座っていた。
栗色のふわふわした髪、足をぶらぶらさせ、いつもよりずっと大人しい彼女は、ピンクのネグリジェに身を包み、私を見つめた。
照明を落とし、部屋がオレンジの光でぽわんと膨張したみたいになった。
「絵本でも読んで欲しくなった?」
「……ごめんなさい」
耳に届いたのは意外な言葉だった。
彼女の口から初めて、と言っていいほど珍しい言葉を聞いて、反応に困る。
「せっかく、キリちゃんが準備してくれたのに、私、わがまま言って、ごめんなさい。明日、ちゃんと食べるから、ごめん……ありがとう」
「……一緒に寝ようか」
そう言うと、私の隣に寝そべった。
小さな体から発せられる体温は少し高かった。
「言いたいことあったら、ママに言いなよ」
「……え?」
「あんたのこと、大人しくていい子だって。こんなに生意気なのにねぇ」
「……」
まりあは目を伏せた。
長い睫毛が少し震えた。
「言った方が得だよ。私も、言えなかったから」
そんで、こんなんなっちゃった。
舌を出して笑うと、まりあが複雑な表情で私を見た。小学生に同情されていると考えると二十代後半も差し掛かった、良い大人のプライドはずたぼろだ。
それでも、良い。
彼女には、私のようになって欲しくない。
ほんとは、私だって、一人で生きられるほど強くない。
「おやすみ」
彼女の言葉を遮るようにそう言い、頭を撫でた。
まりあは素直に目を閉じ、しばらくすると寝息が聞こえて、私も目を閉じた。
「キリちゃんキリちゃん!」
アレ、アラーム、こんな音にしてたっけ。
寝ぼけながら携帯に手を伸ばすが、震えていない。バイブの設定もしてなかったっけ?
しばらくぼーっとしていると、腕を強く引っ張られた。
「キリちゃん! 来て!」
星を散りばめたみたいに輝いた瞳で、まりあが興奮した様子で私の体を揺する。
小走りで駆けていく彼女の後を追う。漏れるあくびは噛み殺さず、限界まで口を開く。あー、気持ちいー。
「ほら! 見て見て!」
玄関には、大きな客人がいた。
冷たいフロアに腰掛ける毛むくじゃらのそれ――大きなくまのぬいぐるみは、こちらにつぶらな瞳を向けてくる。
「ママとパパから! 手紙も!」
まりあは手紙を私に押し付けるようにしてくまの元へ走ると、自分と同じくらいの大きさのそれを抱えて根城に向かった。
「時差考えなよ、まじで」
私にさえ言わなかったということは、私も驚かせたかったのだろう。
その手紙は丁寧な文字が並んでいて、それを読んでいると、あのぶっ飛んだ姉の、びっくりした? と言う笑顔が浮かんできた。
「まりあ、電話しときなよ」
「もうしてますぅ〜」
すっかりいつもの調子を取り戻した暴君は、しーっと言いたげに指を唇に当てた。耳に携帯を当てて、相手を待っているようだ。
「そりゃどうもー」
まりあの笑い声を聞きながら、手紙に目を落とす。
よくよく文章に目を落とすと、そこに書かれた事柄が信じられなくて、私は固まる。自由な姉を持った宿命には抗えないらしい。
――暴君との生活は、もうしばらく続きそうである。
End
※お題:寂しがりラジカリスト/NoaNoa.さま
.