小説
□死床の射手
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国王はフローラの用意した椅子に座ると、改めてアンリと向き合った。
冷徹そうな雰囲気が彼の周りに漂っていたが、彼はやわらかく笑ってアンリの言葉を待っていた。
アンリは困惑していた。
無礼な言葉を吐いた自分の話を尚も聞こうというのか。しかも、話しづらいだろうからと他の人間を追い出そうとまでして。
流石にそれはだめだと側近らしいあの壮年の男に止められ、彼も部屋に留まることになったが。
「気になるか?」
鎖骨のあたりまで届きそうな銀髪を指さして王は笑った。肯定も否定も出来なくて、アンリは曖昧に首を動かした。
王は少し笑った。
「戦争で敵の攻撃にあってね。相手も魔術(マジア)が使えたらしい。目も悪くなった」
マジアというのは、この世界で使える者が限られる不思議な力だ。何もないところから炎を出してみたり、傷を癒したり。
あまり知識はないが、自分のような人間とは縁の無い話だということだけは確かだ。
「……それで、君はこれからどうする?」
王は真剣な眼差しでアンリにそう問いかけた。
これから、どうするか……。
「ここで兵士になる者もいる、王都で働く者もいる、学舎へ行く者もいる」
国王は様々な未来を並べた。
アンリは考えた。
そして、ふと窓の外に目をやった。
太陽の方角へ真っ直ぐに伸びる道。それが滑走路なのだと気付いたのは、一機の戦闘機が目に入ったからだった。
真っ赤な体。砂塵を舞い上げ、草花を揺らす。
ゆっくりと加速していき、滑走路を進んでいく。砂が混じる風が立ちこめ、蜃気楼で揺らぐ様は、戦闘機が海上に浮かんでいるような錯覚を見せた。
やがてそれは空中にふわりと浮いた。
赤い体は陽光を返しながら空を舞う。くるりと一回転してみせたかと思うと、煙を吐いて遠い空の彼方へ消えた。
「俺でも、空は飛べるか?」
アンリは思わずそう言っていた。
王の方へ向き直ると、その瞳を見据えた。
「俺でも、あの戦闘機のパイロットになれるか?」
少年の問いに王は口を閉ざした。
言葉を懸命に探す彼の眼差しを見て、アンリは静かに笑った。
「……嘘はつけない、しかし、本当のことも言えない。あんたは優しいな」
分かっていた。
自分にはもう、一縷の可能性もないことを。
沈黙が降りた。
それを破ったのは王の甘やかな声だった。
「……君が望むのなら、普通の学舎へ通う手続きも出来る。もちろん、他で働きたいというのならそれの手続きも。どこへ行ったとしても、医療面、経済面、その他の保障は充分に行う」
「――俺は、闘いたい」
ベッドに座り半身を起こした少年は拳を力強く握り締めて言った。
「俺は、闘っていたい。復讐を考えているわけじゃない。ただ、思ったんだ。生きていたい――闘っていたい、って」
彼の言葉に驚いたような表情を見せていたが、やがて、王は微笑みながら彼の手を取って言った。
「……君は、強いな、アンリ」
「……!」
「だが、少々頭が固いようだ。もう少し肩の力を抜いた方が良い。……エニグマ(ここ)で私の手足になってくれるというのなら」
アンリは戸惑いながらも頷いた。
王は満足したように――といっても冷静そうな表情は崩さず――微笑んだ。
* * *
「良いのですか。あの者は、もう……」
「先が長くないことくらい、自分がよく知っているだろうな」
少年の部屋を辞した二人は途端に険しい表情になった。
総帥やその部下が申し出たが、見送りを断り、廊下を静かに歩いていた。
城内では出来ない話は多い。しかし、ここはグランの創設した、いわば彼の手中にある組織。異分子は城内よりはるかに少ない。
「漫然と生きながらえる無能よりは、随分立派だと、俺は思うが」
「……陛下、口を慎まれた方がよろしいかと」
城内に暗躍する影。それが誰とも知れぬ今、攻撃的な言葉は刃となって闇から返される――老臣は、それを恐れた。
的を射た言葉にグランは口を閉ざした。
「そなたはまだ青い。それはさらなる成熟の可能性を意味するが、その前に摘み取られる可能性をも意味する。……グラン、親父のことで気が立っているのは分かるが、そろそろ自分の立場を考えろ」
「……分かっている」
ブーツが冷たい廊下を叩く音がこだまする。
前を行く王の表情は見えないままだが、老臣は尚も彼に言葉を投げかけ続けた。
「グラン……いつまでも、お前のそばにはいてやれんぞ」
老臣が弱く言葉を吐くと、グランは仄かに笑った。諦念か、悲壮か、一瞬ではうかがい知ることの出来ない表情で。
若き王は立ち止まる。
明瞭な景色を見ることも叶わぬ白い瞳を翳らせ、唇を歪めた。
「……分かっている」
グランは先程の少年の顔を思い浮かべた。
彼にだって失ったものは数多くあるはずだ。それでも、彼は闘うことを選んだ……生きることを、選んだ。
「……本当に強いな、君は」
次の式典の時にまた会えるといいなとぼんやり思いながら、王は基地を後にした。
End.
→言い訳ページ
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